センサリールームとは、発達障害を持つ方々が安心して観戦できるようにスタジアムに設置された部屋です。適切な照度で、大きな音や声などの大音量を遮る防音ガラスが施され、人混みや周囲の視線を避けられます。

2021年1月に行なわれた「天皇杯 JFA 第100回全日本サッカー選手権大会 決勝」で、日本サッカー協会(以下、JFA)がこのセンサリールームを設置しました。川崎フロンターレが実施したことを起点に、Jリーグのルヴァンカップ決勝でも取り入れられるなど、広がりを見せています。

障がい者に特化したスタジアム観戦に注目したきっかけは何だったのでしょうか。今回の取り組みに至った背景や狙い、JFAがSDGsに取り組む理由を、JFA専務理事である須原清貴(すはら・きよたか)氏にお伺いしました。

※SDGs:持続可能な開発目標。2015年の国連サミットで採択され、国連加盟国が2030年までに達成を目指す国際目標。17のゴールと169のターゲットから構成される。

(参照:外務省 ホームページ

 

(取材日:2021年2月26日 聞き手:竹中玲央奈)

 

インパクトは自ら作っていく。新たな障がい者の観戦サポート

ー今回、センサリールームを実施した経緯を教えてください。

昨今の流れに沿って、JFA内でもSDGsへの気運が高まりました。部署を横断して構成されたSDGsのプロジェクトチームも立ち上がり、現在も組織内で勉強会や研修会を主催してくれています。ある研修会でデフサッカーの選手やロービジョンフットサルの選手でもある職員が講師を務めて、ハンディキャップを持つ人たちの立場から、「する」・「見る」サッカーについて共有してくれたんです。

JFAは、日本障がい者サッカー連盟(JIFF)とも活動していますし、様々な側面から障がい者の「する」サッカーについてはサポートしてきていました。でも、「見る」ことについての認識や活動は十分なのか、と。研修会を通じて、職員にそういった意識が芽生えました。

 

ー障がい者がスタジアムでのサッカー観戦についてどう感じているのか知ったことが、きっかけだったのですね。

はい。すでにほとんどのスタジアムでは、ハンディキャップを持った方々が行動しやすいようなユニバーサルデザインは取り入れられています。一方で、彼ら彼女らにいかに観戦を楽しんでいただくかといった、ハンディキャップを持った方々の「見る」サッカーについてはあまり考えたことがありませんでした。

そこで、何かひとつ挑戦してみようと始まったのが、今回のセンサリールームの取り組みです。

センサリールームに招待された家族を外苑前までスタッフがお出迎え

 

ー初めての取り組みということもあり、難しかった部分もあったかと思います。

いざやろうとしてみると、多くのリスクを乗り越える必要がありました。「来てくれた方に万が一のことが起きてしまったらどうしよう」「医療体制はどうするのか」「責任の所在はどうなるのか」などと。

幸いにも、川崎フロンターレさんが先にセンサリールームの取り組みを始めておられていたので、連携して知見をいただきつつ、JFA独自に医学関係者の助言も取り入れながら進めていくことができました。フロンターレさんの経験のおかげで、われわれも短期間でプロジェクトを実行できたので、とても感謝しています。

 

ー元川崎フロンターレの中村憲剛選手も、自身のブログでセンサリールームについて発信されていましたよね。

そうですね。センサリールームの取り組みは、フロンターレさんが日本初でした。サッカーだけでなくクラブ経営という幅広い視点で見ても、とてもレベルの高いクラブだと思っています。中村憲剛選手が加入した時は、横浜F・マリノスや東京ヴェルディといったビッグクラブに囲まれて、まだJ2にいました。そこから20年間かけて、地域に徹底的に寄り添い成長されてきました。

今回も、ありとあらゆるところで地域に寄り添う、フロンターレさんの精神がよく現れた取り組みに感じます。失敗やリスクを恐れず、前例のないことにもチャレンジして、地域や社会に貢献したい思いが伝わってきます。われわれも、勉強させていただくことが多いです。

当日は川崎フロンターレのマスコット「ふろん太」がセンサリールームに駆けつけた

 

ー一方で、素晴らしい取り組みにも関わらず、まだまだ報道も少なく知られていないように感じます。

もっと取り上げていただきたい、見ていただきたいという思いはもちろんあります。でも、なぜ取り上げてもらえないのかというと、「インパクトが少ない」からだと思っています。

ならば、インパクトを出せるところまで、われわれが育てていく必要があると思っています。やっていることに自信はあるので、地道に継続し育てて、取り上げていただける取り組みにしていきたいですね。

 

社会貢献こそが、リターンを生むきっかけ

ー今回の取り組みを経て、組織として得られたものはあったのでしょうか?

一番大きかったのは、リスクをとってでも挑戦してみようという気持ちが職員に根づいたことです。

今回は、企画として大成功に終わり、来てくださった方々もとても喜んでくださいました。そういった外向きの結果に加えて、「やってみた、よしもう一度やってみよう」「次はこんなチャレンジをしてみよう」と失敗を恐れない雰囲気がJFA内で醸成されたと感じています。今後、職員自ら様々な提案をしてくれそうで、楽しみです。

天皇杯決勝で設置されたSDGsブースには、元日本代表の播戸竜二氏も訪れた

 

ーそもそも社会貢献の重要性は、どういったところに感じておられるのでしょうか?

全ての組織は、何らかの形で社会に対して貢献するから、利益やリターンを得ることができます。われわれの場合そのリターンが、サッカーを始めていただいたり、日本代表戦を見にきていただいたりすることです。なので、あらゆる形で社会に貢献することは、われわれの活動において欠かせません。

あとは、まずはJFAがやることで、他のところでもやってみようと思ってもらえるかもしれません。JFAからの波及効果も、大切なところだと思います。

 

ー今後SDGsに取り組んでいくにあたって、大切にしたいことを教えてください。

物事を多角的に捉えて、「誰一人取り残さない」ということを徹底していきたいです。

実はJFAでは、SDGsの17項目全てに対して、取り組んできた経験があるんです。障がい者サッカーの推進、JFAこころのプロジェクト、アジアでのサッカー普及貢献事業、エコキャップ活動など、多岐に及びます。「海の豊かさを守ろう」という項目など本当に実施しているのかと声がありそうですが、ビーチサッカーの大会後の清掃活動がここに当たるんですよね。いつも選手たち自ら協力してくれています。

これからも、ターゲットや目的は明確にしながら、この17項目全てを忘れずに取り組んでいきたいです。

須原専務理事のインタビューはオンラインで実施

 

ー今後具体的に取り組んでいきたいことを教えてください。

障がい者スポーツについて自ずと社会の意識が高まってくるパラリンピックは大きなチャンスだと考えています。タイミングを合わせてしっかり取り組み、情報を発信していくことに、今年は力を入れたいです。

 

ー日常生活において様々なハードルを抱えている方は、たくさんいらっしゃいます。今回の取り組みは社会に向けてのアプローチのひとつだと思いますが、ハンディキャップを持つ方々への支援として、協会としてどういうことができる、あるいはしていきたいとお考えでしょうか?

健常者の方々が、障がいを持った方々に寄り添うように社会が設計されていくことがひとつの方向性だと考えています。その中でJFAが直接できることとしては、金銭的にもリソースの面でも限界があります。ただ、こういった社会の課題に目を向けて、考えることの大切さや気づきを提供していくことはできると考えています。

サッカーは、ハンディキャップを持った方々も健常者と一緒になって楽しめます。まさにサッカーの素晴らしいところですよね。たくさんの苦労をしてハンディを乗り越えている彼ら彼女らも、サッカーを「する」「見る」上では同じ仲間なんだというメッセージを、われわれが積極的に発信していきたいです。

今回のセンサリールームがそうであるように、サッカーというスポーツを通じて、今後も社会について考えるきっかけを作っていければと思っています。

 

<なでしこジャパン(日本女子代表)国際親善試合でもセンサリールームを実施予定!>

パナマ女子代表となでしこジャパンの対戦は初となります!

日時:2021年4月11日(日)13:30キックオフ(予定)
会場:東京/国立競技場
対戦カード:なでしこジャパン 対 パナマ女子代表

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