国内初、アプリの保険適用! 「禁煙治療アプリ」の開発者に直撃インタビュー
2020年11月、治療用アプリとして日本初の保険適用が決定した「CureApp SC ニコチン依存症治療アプリ及びCOチェッカー(以下、「CureApp SC」)」。禁煙治療に限れば、世界初となるそうです。病気の治療といえば薬剤や手術が思い浮かびますが、アプリで治療とは、どのようにおこなわれるのでしょうか? 本当に効果があるのでしょうか? 開発した医療スタートアップ企業である「CureApp(キュア・アップ)」代表の佐竹晃太氏に詳しくお伺いしました。
監修医師:
佐竹 晃太(呼吸器内科医/株式会社CureApp代表取締役CEO)
慶應義塾大学医学部卒業。日本赤十字社医療センター呼吸器内科などを経て、2012年より中国や米国の医療・経営を学び、MBAや公衆衛生学修士号などを取得。2014年に株式会社CureAppを創業。同社開発のニコチン依存症の治療アプリ「CureApp SC」を開発し、2020年11月に治療アプリとして日本初の保険適用を受けた。日本遠隔医療学会デジタル療法分科会長、日本禁煙学会評議員。
株式会社CureApp
https://cureapp.co.jp/
「家にいる時間」に介入できる
編集部
このたび保険適用された禁煙治療のアプリとは、どのようなものでしょうか?
佐竹さん
禁煙治療、つまりニコチン依存症を治療するためのアプリで、「CureApp SC」という名称で2020年8月に薬事承認、11月に保険適用され、12月1日より処方が開始されました。
編集部
禁煙治療といえば薬品のイメージですが、アプリでどのように治療効果を出すのでしょう? アプリだけで医薬品は一切使わない、併用しないのでしょうか?
佐竹さん
現在の禁煙治療は禁煙補助薬がベースとなっているので、治療アプリはそれに追加で使用されるのが考えやすいと思います。従来の禁煙治療は、ニコチンパッチや経口薬などの医薬品によって喫煙欲求を抑えたり、禁断症状を和らげたりするという手法だったのですが、このアプリは薬理学的な作用とは別に、行動変容によるアプローチで治療効果を出すというものになります。
編集部
アプリでは、具体的にどのような治療を行うのでしょうか?
佐竹さん
禁煙指導や認知行動療法といった患者さまの生活に対してアプローチする治療を、医師や看護師ではなくアプリが実施するというのがこの治療用アプリのアプローチになっています。医師がやっている仕事をアプリが代替するということではなく、月1回の医師による診察はしっかりと継続しつつ、そこだけではカバーできていない、患者さまが家にいる時間に対して介入できるというのが特徴です。
「食後につい一服」の染みついた喫煙習慣にアプローチ
編集部
「家にいる時間に対して介入」とはどういうことでしょうか?
佐竹さん
禁煙外来に通う患者さまは、何と日々戦うかというと、やはりニコチンに対する依存症との戦いなんですね。その戦いになかなか勝ちきれないから、今まで自力で禁煙をやってもなかなかうまくいかないという現実がありました。
編集部
一人になると、「1本くらいいいだろう」と意思が緩みがち、ということですね。
佐竹さん
ニコチン依存には大きく2つのタイプがあります。1つは身体的依存といって、たばこをやめた直後にくるイライラや、たばこを吸いたいという喫煙欲求です。身体的依存に対しては、禁煙補助薬が効きます。もう1つは心理的依存です。朝起きたらつい1本、ごはんを食べたあとについ1本、休憩がてらについ1本吸ってしまうなど、長年たばこを吸っていた生活によって染みついた喫煙習慣です。この心理的依存に対しては薬が効きませんから、なかなか患者さまは自分の意思だけでは治しきれない、変えきれないという課題がありました。この喫煙習慣に対してアプローチできるという部分が、治療用アプリの最大の強みなのです。心理的な部分を治療アプリが日々細かくケアしていくことによって、患者さまの苦しみをサポートします。
編集部
具体的にどういうケアをするのでしょうか。朝起きた直後に通知が入るといったイメージですか?
佐竹さん
2つぐらい具体例を申し上げますと、よくあるのは、食事をした直後に吸いたくなってしまうという習慣。そういった方に関しては、例えばランチを食べ終わったころ、いつも一服するくらいのタイミングでプッシュ通知が来て、食べたらすぐ席を立ちましょうと。もう1つは、どうしてもたばこを吸いたと思ってしまったとき、アプリの中のナースコールボタンを押すと、そのときの状況によって吸いたい気持ちを和らげる具体的な施策をアプリが教えてくれたりします。例えばガムを噛みましょうとか、外を散歩しましょうとか、そういったアドバイスがアプリから出てきます。
従来法との違いは
編集部
2020年12月から処方が開始されていますが、実際に現場ではどれくらい使われているのでしょうか。
佐竹さん
すでに多くの病院からの問い合わせをいただいており、想定より多くの医療機関ですでに導入が進んでいます。また導入された病院においても処方がされる事例も多く出ています。
編集部
処方が始まったばかりでまだ実績は少ないと思いますが、臨床試験ではどのような結果が出たのでしょうか?
佐竹さん
6年前より臨床試験をおこなっており、累計50近くの病院に実際使っていただきました。これまで4つの臨床試験を実施したのですが、その中の一番大事な臨床試験で、第8546相臨床試験という試験があります。これは全国30の医療機関で行って、600名弱の患者さまのうち、半分は治療用アプリを使い、半分はコントロール用アプリといって、いわゆるプラセボ効果のあるアプリを使ってもらった試験です。その結果、具体的に禁煙治療を受ける患者さまの中で、アプリを使ったほうが半年間における禁煙の継続率が13.4%優位であるというデータが出ました。
編集部
13.4%というのは、どれくらい良い数字なのでしょう?
佐竹さん
どれくらいというのはなかなか難しいのですが、今も禁煙治療で行われている薬の中にバレニクリンという飲み薬があります。バレニクリンは10年ぐらい前に国内で治験が行われたのですが、プラセボ薬との差は10%弱でした。もちろん試験が違うので単純には比較できませんが、少なくとも薬に遜色ない治療効果が、治療用アプリの治験で証明されたということになります。
編集部
治療期間や費用面について教えてください。薬による治療と比較してどうでしょうか?
佐竹さん
治療期間は最大6か月で、保険が適用され、3割負担の場合で7620円になります。従来の禁煙治療は、同じく3割負担の場合で最も処方されている禁煙補助薬であるバレニクリンが12000円前後とされています。
編集部
ありがとうございました。最後に、読者にメッセージはございますでしょうか。
佐竹さん
治療用アプリは、既存の医薬品と遜色ない治療効果が期待できつつ、ほとんど副作用など考えなくていい、ソフトウェアを活用した新しい治療手法です。ご興味のある方は、是非一度ご活用ください。
編集部まとめ
薬や医療機器ではなく、ソフトウェアで病気を治療するという新しい発想。従来の医療では自分の意思にのみ委ねられていた「つい1本」の気持ちにアプローチできるというのはアプリならではの強みといえそうです。また、CureApp社は禁煙治療アプリと並行して高血圧、NASH(非アルコール性脂肪肝炎)、アルコール依存症などの治療用アプリの開発も進めているそうです。生活習慣病のような、治療において行動変容が不可欠な疾患は治療アプリと相性が良く、標準治療の一つになっていくのかもしれません。