値上げが止まらない、たばこ。2020年10月1日、たばこ税が増税されたことは記憶に新しい。

筆者は21年1月時点、一箱540円(税込み、以下同)のメビウスを吸っている。

初めてメビウスを吸ったのは、2016年。その時は、一箱430円だった(16年4月の値上げ前)。昭和生まれの先輩記者に話を聞けば「昔は、もっと安かった」と口を揃えて言うのだから、なんとも羨ましい。


たばこは「安かった」(たばこと塩の博物館で、編集部撮影)

昔って、どれくらいたばこが「安かった」のだろうか。気になった筆者は、「たばこ」の歴史と文化をテーマとする「たばこと塩の博物館」(東京都・墨田区)へと向かい、たばこの歴史を調べてみることにした。

メビウス(マイルドセブン)は発売当初「150円」

「たばこと塩の博物館」は東京スカイツリーから歩いて10分ほどの場所にある。


たばこと塩の博物館。外観

館内の常設展示室では、たばこの起源や世界中に伝播した経緯、日本への伝来など、現代にいたるまでの歴史を、喫煙具などの資料とともに紹介している。

その一角にあるのが、明治から現代までの日本のたばこ産業史を紹介する「たばこメディアウォール」だ。壁一面に当時のたばこのパッケージや広告が張り出されている。


たばこメディアウォール

筆者が吸っているメビウスは、発売当時いくらだったのだろうか。

「メビウス」という名前の銘柄が登場したのは、2013年2月。1977年に発売された「マイルドセブン」の名称が変更された形だ。なので、発売当初のマイルドセブンの価格を調べてみると、なんと150円。

現在の価格は、当時の3.6倍というわけだ。

また筆者の友人が吸うセブンスターは、1969年の発売当初は、100円。現在は、560円で販売されているため、約50年で価格は5.6倍に...。

――なぜ、昔はこんなにもたばこが安かったのだろうか。

同館学芸部長で日本近代史やたばこ産業史を専門とする鎮目良文(しずめよしふみ)さんが、筆者の疑問に答えてくれた。

鎮目さんは、

「それは1904年から1985年まで、国がたばこを製造して販売していたからです」

と説明する。

「いわゆる国が1社で売っているようなものなので、一般企業では、なかなかできない効率化ができていました。
製造コストをなるべく低めにし、安く沢山売って、その収益を税収としていたのです」(鎮目さん、以下同)

江戸時代に日本に伝来した、たばこ。明治時代から続くというその課税の歴史を遡ってみよう。

専売制から民間へ


江戸時代のたばこ屋を再現

明治時代になり、近代国家を目指し始めた日本。当時の政府の主な収入源は、「地租」(個人の土地に課した税)だったが、国民からは不満の声が高まっていた。そこで、政府が目をつけたのが、たばこからの税徴収だった。

1876(明治9)年に、「煙草税則」が施行され、煙草の卸売りや小売り業者にかけられる「営業税」や、商品に貼付した印紙から税を取る「印紙税」で税を徴収。ただこの「印紙」が脱税の元になってしまい、政府が目標とする税収を得ることはできなかったという。

「なんとかせねば...」と考えた末、1898(明治31)年に、「葉煙草専売法」が施行され、さらに1904(明治37)年に施行されたのが、たばこの製造から販売までを国が管理するという「煙草専売法」だ。

「究極の税金の取り方は、やはり専売制だろうと。たばこを国で製造して販売した方が、脱税っていうのはないんですよね。
また専売制を施行した理由は、当時の諸外国の動きにもあります。
アメリカやイギリスはすでに大企業がたばこを製造して、国際的に流通が広がっていた一方で、フランスやオーストリアなどでは、専売制を敷いていました。
明治政府は、海外から色んなことを学んでいたので、たばこに関しては専売制という選択肢もあるね、と。さらに、アメリカやイギリスの会社が日本の市場に進出してきたので、国内のたばこ製造業者を守る意味も込めています」

そんなわけで、大蔵省専売局がたばこの専売事業を行うようになった。その時はひと箱4〜7銭だったそう。その後、戦争を経て、その事業は1949年に発足した「日本専売公社」が引き継ぐごとになる。

とはいえ、安さの秘訣である「国による専売制度」があることに変わりはないので、たばこはまだまだ、安いままだ。

この、国による専売制度が廃止されたのが、1985(昭和60)年。

同年4月1日に「日本専売公社」は民営化し、たばこの製造を独占する「日本たばこ産業」(JT)が発足する。その理由の一つには、「アメリカからの圧力もあります」と鎮目さん。

当時の日本経済の成長により、対アメリカの貿易黒字が過去最高になり、貿易摩擦が生まれていたのだ。


日本経済の成長により、貿易摩擦が...(画像はイメージ)

日本は大きなたばこ市場を持っているにもかかわらず、専売制度があったためその市場は閉鎖的だった。そこで、アメリカから貿易赤字の解消のために市場開放の要請が強まっていたようだ。

日本をとりまく社会情勢が、専売から民間会社への移行を促したカタチに。牛肉やオレンジだけでなく、たばこも、日米貿易摩擦の影響を受けたのだ。

消費税や特別税が導入され...

とはいえ専売制がなくなってすぐ、たばこが一気に高くなった、というわけではない。

筆者が吸っているメビウス(マイルドセブン)の、詳しい価格の変動を見てみよう。

「たばこと塩の博物館」が監修している「たばこパッケージクロニクル」(2008年発行)という書籍には、各銘柄の価格がどのように変遷してきたかがわかる「戦後たばこの価格一覧表」が資料として掲載されている。

77年...150円
80年...180円
83年...200円
86年...220円
97年...230円
98年...250円
03年...270円
06年...300円
10年10月...410円
14年4月...430円
16年4月...440円
18年10月...480円
19年10月...490円
20年10月...540円
(08年発行の資料のため、それ以降の価格は筆者が調査)

83年までは、専売制の時代。86年以降の価格がJTで販売されている価格だ。

少しずつ値段が上がって行っているのがわかるだろう。(10年はいささか急に値上がりしているが...。)

この値上げに関係するのが、税金だ。現在、たばこの価格には、次の4つの税が含まれている。

(1)国たばこ税
(2)地方たばこ税
(3)たばこ特別税
(4)消費税

上の3つが、いわゆる「たばこ税」だ。

(1)と(2)は、専売制の廃止に伴って85年に定められた、国や地方に還元される税。

そして(3)のたばこ特別税 に関しては、98年に創設されたもので、「旧国鉄事業団の債務処理」で、いわば旧国鉄時代の借金返済に充てられている。

鎮目さんによると、「バブル崩壊後のツケを払っている」そうだ。

これらのたばこ税が03年、06年、10年、18年、20年のそれぞれ7月に増税。

また、(4)の消費税は89年に3%の税率で導入されて以来、97年に5%、14年に8%、19年には10%まで上がった。

これらの増税が、たばこの値上がりにつながっているのだ。


煙草は安かった(画像はイメージ)

この結果として、たばこの価格のうちかなりの部分が税金になっている。

JTの公式ウェブサイトにあるたばこ税の仕組みのページによると 1箱540円のたばこは、そのうちの61.8%にあたる333.97円が税金。

ちなみに、ビールは価格の48.5%、ウイスキーは28.6%が税金で、同じ嗜好品であっても、たばこの価格における税金の割合はかなり大きくなっている。

昔は、たばこが安かった。ただ様々な社会事情によって、たばこ産業はあおりを受けている...、そんなことを思いながら今日もたばこを吸う筆者であった。