身長193センチと球界きっての大型投手で、その投球をひと目見れば、プロ2年間で未勝利なのが信じられない。昨年の日本シリーズでも登板したソフトバンクの杉山一樹は、間違いなくお化け級のポテンシャルの持ち主である。


最速157キロを誇るソフトバンク・杉山一樹

 巨人との頂上決戦では京セラドームでの第2戦、ソフトバンクが11対2と大量リードした8回裏に5番手で登板機会が巡ってきた。

 1人目の打者・松原聖弥に対しては、初めての大舞台で自分の持ち味を発揮するようにストレートだけを投げ込んだ。154キロ、156キロ、154キロ、154キロ。あまりの迫力に、大声を上げることのできない客席がうごめくようにどよめいた。

 続く坂本勇人には四球を与えたが、初球に自己最速タイの157キロをマークした。そして、一死一塁から岡本和真は高めの154キロ直球で空振り三振を奪い、丸佳浩も真っ直ぐ勝負でセンターフライに打ち取った。1回無失点の日本シリーズデビューである。

 普段セ・リーグ党のプロ野球ファンは相当たまげたに違いない。「これが、大差のついた試合終盤に出てくるリリーフ投手なのか......」と。

 しかし何度も言うが、まだプロ0勝の投手である。

 1年目は一軍登板2試合で、投球回数は4イニングのみ。防御率は9.00だった。即戦力として期待もされていたが、春季キャンプの終盤にバント処理練習で右足首を捻挫して出遅れたことが大きく影響した。

 2年目は一軍登板11試合、投球回数16.2回で防御率2.16と向上した。だが、契約更改で球団から提示をされたのは100万円ダウンの年俸1100万円。評価はそれほど高くなかった。

 杉山が一躍注目を集めたのが昨年1月のこと。志願してともに自主トレを行なった千賀滉大から「群を抜いていた。僕も越された。本当にすごかった」と大絶賛されたのだ。球界トップクラスの選手の発言に、メディアも大きく報じた。

 その後、新型コロナウイルス感染拡大の影響で開幕延期となり1カ月以上に及んだ自主練習期間には、投球フォームにさらにメスを加えた。1月に覚えたのは千賀を参考にした投げ方だったが、習得したのはメジャーリーガーを模したものだった。

「ドジャースのウォーカー・ビューラーを参考にしているんです」

 ビューラーは細身ながら100マイル(約161キロ)のストレートを投げ込み、2019年シーズンに14勝4敗の成績を残した26歳の右腕だ。コロナ禍により試合のない期間をどのように過ごすかを考えた杉山は、とにかく体を徹底的に鍛え上げることにした。その結果、体重は自己最重量となる106キロまで増えた。

 プロ入り時からもともとストレートは速かったが、もう一段階ギアが上がったのはこのタイミングだった。

 二軍では格の違いを見せつけ、シーズン開幕から1カ月も経たない7月8日に一軍昇格。ただ、この時はわずか1週間で二軍へ逆戻りとなった。工藤公康監督から「変化球のコントロールに難あり」と指摘を受けたためだ。

 苦労したが、その改善に取り組み、9月29日に一軍再昇格。そのまま、シーズン終了まで一軍に帯同し、日本シリーズでもベンチ入りを果たした。

 そんな投手がなぜいまだに勝てないのか。また、勝ちのつく場面での登板が少なかったのか。それは、杉山の投げるストレートに欠陥があるからだった。

 先述した日本シリーズの登板でもそれは明らかだった。なかでも最初の対決となった松原への投球である。松原はシーズン3本塁打を放っているが、身長173センチの小兵に154キロのストレートをライトフェンス際まで運ばれた。ライトを守る上林誠知がジャンピングキャッチして事なきを得たが、杉山は肝を冷やしたに違いない。

 このシーンは偶然ではなく、レギュラーシーズン中も何度かあった。それどころか、二軍の試合ですら珍しいことではなかった。

 もちろん、超一流のポテンシャルから放たれるボールは毎回とらえられるわけではなく、昨季一軍で防御率2点台が示すように、ハマれば千賀をもしのぐ投球を見せるのだが、なかなか安定しないのである。

 そのあたりは、杉山自身も自覚している。昨年の開幕前、こんなことを口にしていた。

「今の投げ方は、肩やヒジで投げていない感覚です。6回で100球投げてもなんともない。そんな感覚は今までありませんでした。だけど、ピッチング(フォーム)に"間"がないので、もしかしたらタイミングが取りやすのかもしれないですね」

 その時は「それ以上に、ボールに力を伝えることを最優先にやっています」と話していたが、対する打者もまた歴戦を乗り越えたプロだ。やはり甘い世界ではなかった。

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 勝負の3年目に向けて、このオフは再び投球フォームとじっくり向き合う予定だ。今年も千賀に志願して、ともにトレーニングすることも考えたが、あえて独り立ちを決めた。

「千賀さんについていくのもいいけど、どうしても大人数になればアドバイスをいただける時間も少なくなるし、練習内容も変わってきます。千賀さんを通じて知り合った地元静岡のトレーナーさんにお願いして、マンツーマンでとことん向き合いたいと考えたからです。ただ、チームの先輩である泉(圭輔)さんも一緒にやることになりましたが......」

 自分の意思をはっきりと口にする。正直、そのようなタイプではないと思っていたので、少し驚いた。千賀は普段の杉山についてこう語る。

「見てのとおり、モノ(才能)はすごい。ただ、普段はホワーンとしていて......野球はマジメですけど(笑)」

 杉山には天然キャラエピソードがいくつもある。入団発表時、「パ・リーグで対戦したい打者は?」と問われると、「(当時DeNAの)筒香(嘉智/現・レイズ)さんです」と即答した。そこで後日、「パ・リーグの6球団は?」と聞くと、いの一番に「巨人!」と答えてきた。

 また、入団時のプロフィールに「自分大好き」と書き記し、その理由を尋ねると笑顔でこう説明してきた。

「きつい練習をしている時、『みんなより追い込んでいるな』とか、試合で何連投もしている時に『ヤベェ、オレ』みたいな......。頑張って乗り越えようとしている自分が好きなんです」

 さらに、グラブの刺繍も話題になった。社会人時代(三菱重工広島)は「牛一頭」。これは元広島の選手でもあった監督(当時)の町田公二郎氏から「牛一頭くらい食え」とハッパをかけられたことに由来していた。

 一昨年オフに完成したグラブには「世界遺産になりたい」と目標が縫い込まれていた。本人曰く、誰にも負けたくない意気込みを表現したかったらしい。そして今オフの最新作は、ずばり「男は鶏胸肉」----。

「よく見るボディービルのYouTuberの方が、『男はどれだけ鶏胸肉を食べたかで決まる』と言っていて」

 昨年末に球団の寮を出てひとり暮らしを始めた。契約更改時に聞くと「鶏胸肉、ちゃんと買ってきて茹でて食べています」と胸を張った。早くも着ているスーツがパツパツではち切れそうだった。

「真っすぐを生かすためにやらないといけないことがある。新しい課題と向き合って、今年は長く一軍にいられるようにしたい」

 ひと冬を越えて、ただ大きかっただけの一本の樹にたくさんの実がなるだろう。杉山一樹が真のモンスターとして、今季のプロ野球を席巻するはずだ。