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第11週「家族のうた」55回〈6月12日 (金) 放送 作・嶋田うれ葉 演出・松園武大〉


55回はこんな話

三郎は浩二を喪主にすると言って亡くなった。裕一は茂兵衛のところへ挨拶に行き夫婦茶碗をもらう。

「どんな家族でも割を食うやつがいる」

珍しくオープニングがなく、重たい劇伴背景に三郎が「おめえに承諾してもらいてえことがあるんだ」と裕一に話し始め……。
「エール」とタイトルが出たあとは浩二のターンに。

養蚕農家の畠山(マキタスポーツ)のもとに再び訪れた浩二。浩二は彼にリンゴ農家に転向することを勧めている。
音楽の才能にあふれた兄と比べてなんの才能もない浩二は、父から喜多一を任されて嬉しかったが、結局店をたたむことになって立つ瀬がなかったという身の上話を畠山にすると、「どんな家族でも割を食うやつがいる」と畠山は当たり前のように返す。虫が嫌いなのに養蚕業をやっているのだと。
人はやれることをやるしかない。

54回では気難しいおじさんに見えた畠山は「よく調べてあるし、いっちょやってみるか」と浩二に好意的になる。虫が嫌いなのに要産業をやるしかなかった畠山だから、養蚕業が下火ならやれることをやるしかないと気持ちを切り替えたのだろう。
「船頭可愛や」のレコードをもらって気を変えたわけではないはず。たぶん浩二は意地でも持ってこないと思う。

親父や兄貴、いや世の中を見返したいと負のエネルギーを燃やしていた浩二は、誰かに自分を認めてほしかったのだろう。浩二がリンゴ栽培について真面目に考えていることが畠山に伝わったことで、なんとなく表情が明るくなる。
喜多一では活かされなかった浩二の先を見通す能力がやっとここで生かされたのである。

三郎が昏睡状態に

浩二が帰宅するとお父さんが昏睡状態になっていた。
裕一は音にハーモニカを買ってきてもらったが、それを聞かせることもできないままに。

動揺するまさと浩二に裕一は、三郎は自分の病気を知っていたと明かす。痛みがでるたびに腕を噛んで我慢していたと痛ましい噛み跡を見せる。ここだけやけにリアル。私はこういう人を実際見て驚いたことがある。その人は大病を患っているわけではなかったが、体調が悪いなか仕事を続けないといけないとき、そっとひとりで腕を噛んでいた。いつもおどけている人ってこんな感じで意外とハードボイルドなのである。

三郎はその後、3日間、意識がなかったが、裕一が少年時代からの思い出を反芻している(そのとき、三郎の声は出ず、映像だけ)と目を覚まし、今度は「浩二とふたりきりにしてほしい」と言う。54回では裕一とふたりきりになりたいと外出した。

浩二が裕一と音楽の話ばかりして羨ましかったというと、「あいつは音楽しか脳がねえんだから」「音楽があったからあいづと話ができたんだ」「浩二とは何がなくても言いたいことを言い合ってきたべ」と言う。ものは言いようである。

裕一は吃音もあって内向的だったから、音楽を通してコミュニケーションをとっていた。店を継ぐ才能はないとふんだのでそれ以外で裕一の存在意義を見出そうとした三郎。浩二には彼のやりたいことに反対し三郎の本音をぶつけることができた。ふたりの子供の性格に合わせて接し方を変えていたとも言えるし、三郎の娯楽好きな面を裕一に、喜多一を守らないといけない責任感と頑固な性分を浩二に出していたってことでもある。それは一長一短だと思うが、結局三郎は不器用ながら一所懸命生きてきただけなのだと思う。

喪主問題

「おれが死んだら喪主はおめえだ」

家も土地も全部浩二に譲ると決めていた三郎。
それを言われて、もちろんだよと承諾する裕一。ひねた見方をすると、裕一はいま十分お金持ちで家も土地も要らない。
これでまた確執が生まれることもない。なぜ、こんなもってまわった言い方をしているのかと思うと、この当時は、長男として家と土地を継ぐことが世間的には大事だったからであろう。

裕一は、浩二と三郎の語り合いを縁側で聞きながら、ハーモニカを吹く。
片膝を立てた裕一はオトナに見える。もう体育座りの少年じゃない。


夫婦茶碗

三郎が亡くなり、浩二が無事、喪主をつとめて葬式も終わったのか。裕一たちが帰る日、雪が降り出す。そして椿のアップ。NHKの演出家はこういうシックな場面がすごくうまい。おそらくこういう撮影のノウハウの蓄積があるのだろう。

茂兵衛は「死んだら会える」と減らず口で葬式に出なかったようで、陶芸に勤しんでいる。
「好きなことだけで飯食えるやつなんか一握りだ」と、本当はこういうことがずっとしたかったようだ。資産家の権藤家の長男に生まれ、あとを継がないといけなくなって、大事な奥さんに子供が出来ないから養子をとるか離婚するかと二択を迫られていた茂兵衛。いま、ようやく陶芸をやって心落ち着く日々なのであろう。

裕一以外、ほぼ全員、諦めて折り合いをつけて生きていることを何度も何度も繰り返し描く「エール」。音楽の才能を認められお金もある裕一と比べると割を食った人生のように思うが、彼らが裕一のようにならないことで逆に彼らの生き方を肯定しているのかなとも思う。“好きなことだけで飯食える”人生だけが良いことと思う価値観に引きずられることこそ用心しないといけない。

茂兵衛は、裕一と音に夫婦茶碗を贈る。

音「どっちがどっちですか」
茂兵衛「見ればわかっぺ」
音「ハハハ」

この場面で、赤ちゃんが茂兵衛と音を交互に見る表情がいいアクセントになっていた。

夫婦茶碗といえば、大小違っていたり、色が違っていたりするものだが、茂兵衛は先進的な人なのだろう。大きさや色で男女差別をしていない。共に歩んでいくという裕一と音にふさわしい茶碗ではないか。

死んだらどんな人もみな髑髏になるのだから人間はみんな同じ という考え方がある。広い目で見たらきっと、裕一も音も浩二も同じ茶碗(人間)なのであろう。
(木俣冬)

東京編の主な登場人物

古山裕一…幼少期 石田星空/成長後 窪田正孝 主人公。天才的な才能のある作曲家。モデルは古関裕而。
関内音→古山音 …幼少期 清水香帆/成長後 二階堂ふみ 裕一の妻。モデルは小山金子。

●福島の人々
藤堂清晴…森山直太朗 裕一の担任。音楽教育に熱心で、裕一の音楽の才能を「たぐいまれなる」と評価する。一時、教師を辞めて実家に戻ろうと悩んでいたが、まだ教師を続けている。

古山三郎…唐沢寿明 裕一の父。福島の呉服屋・喜多一の三男坊。兄ふたりが亡くなったので店を継いだ。商売がうまくなく借金で喜多一が窮地になり、そのかたに裕一をまきの実家の養子に出す。

古山まさ…菊池桃子 裕一の母。実家がお金持ち。三郎や兄の茂兵衛の言うままで主体性がない。

古山浩二…佐久本宝 古山家の次男。裕一の2歳下。喜多一を継いだことで割りを食い、兄ばかりがやりたいことをしていると不満を募らせる。喜多一をたたんだのち、役場で働く。

落合吾郎…相島一之 権藤家が経営している川俣銀行の支店長だったが転職。自暴自棄な裕一に優しく接する。独身。
菊池昌子→藤堂昌子…堀内敬子 川俣銀行事務員だった。バツ3だったが藤堂と結婚。妊娠中。
鈴木康平…松尾諭 川俣銀行行員だったが転職。ダンスホールで出会った女性と結婚したが離婚。
松坂寛太…望月歩 川俣銀行若手行員だったが転職。かつて、裕一の情報を茂兵衛に報告していた。

大河原隆彦…菅原大吉 喜多一の番頭。実直な人物。

楠田史郎…大津尋葵 小学校で裕一を虐めていたが、福島ハーモニカ倶楽部で裕一と仲良くなる。

佐藤久志… 山崎育三郎 裕一の小学校に転校してきた。県会議員の息子。東京で裕一と再会する。

村野鉄男… 中村蒼 魚屋・魚治の息子。父の都合で夜逃げ。川俣で新聞記者になっているとき裕一と再会。「福島行進曲」の作詞をして東京に出てくる。

権藤茂兵衛…風間杜夫 まさの兄。資産家。妻が病弱で跡継ぎが生まれないことが悩みの種。


番組情報

連続テレビ小説「エール」 
◯NHK総合 月〜土 朝8時〜、再放送 午後0時45分〜
◯BSプレミアム 月〜土 あさ7時30分〜、再放送 午後11時〜
◯土曜は一週間の振り返り

原案:林宏司
脚本:清水友佳子 嶋田うれ葉 吉田照幸
演出:吉田照幸ほか
音楽:瀬川英二
キャスト: 窪田正孝 二階堂ふみ 唐沢寿明 菊池桃子 ほか
語り: 津田健次郎
主題歌:GReeeeN「星影のエール」
制作統括:土屋勝裕 尾崎裕和