永守重信会長は「こんな落ち込みは46年間経営して初めて」と語った(撮影:今井康一)

あの日本電産が下方修正を出すなんてーー。

1月17日、ある国内証券の電子部品担当アナリストはモーター大手・日本電産のリリースを見て驚愕した。

会社は2019年3月期の業績予想を下方修正。売上高1兆4500億円、営業利益1450億円と、これまでの会社予想からそれぞれ1500億円、500億円引き下げる大幅下方修正となっていたからだ。

「想定外」の業績下方修正

このアナリストに限らず、大方の市場関係者にとって日本電産の下方修正は「想定外」だった。

永守重信会長の経営手腕に対する信頼は厚く、同社の業績予想は保守的で上振れて着地することが当たり前だった。東洋経済の「会社四季報」予想を含め、アナリストのコンセンサス予想は会社予想を上回っていた。

昨年の中間決算時期には米中貿易摩擦の激化による中国需要の落ち込みへの懸念は高まっていたものの、「どんなときも目標を達成するイメージがあり、強気に予想することに慣れてしまった」と冒頭のアナリストは唇をかむ。

17日の会見で永守会長は、米中貿易摩擦の影響で中国を中心に世界的に需要が後退し、2018年11月と12月には自動車や家電など幅広い分野で受注が前年同月比で約30%落ち込んだと説明した。

「11月、12月にガタンガターンと世界的にすべてのセグメントで大きな変化が起きた」、「リーマン(ショック)の時は全体に落ちたが、月単位でこんなドンドンと落ちたのはおそらく46年間経営して初めて」と繰り返し、強烈な危機感を表した。

カリスマ経営者・永守会長の警鐘によって、投資家は貿易戦争の脅威を再認識させられた。当の日本電産はもちろん、ほかの電子部品メーカーや中国関連銘柄を中心に株式市場への影響が懸念された。しかし、翌18日の日経平均株価は前日の1.29%高の2万0666円07銭で取引を終えた。日本電産の株価は一時8%安となったが終値は1%安にとどまった。翌週21日には下方修正発表前の水準を上回っている。

広がる不思議な楽観ムード

日本電産は23日に2018年4〜12月期の決算を発表。10〜12月期は直前の7〜9月期と比較して39.7%の営業減益になった。永守会長は「(米中貿易戦争の影響は今年の)5月くらいにくると思っていたが、意外と早くきた」と、事業環境の不透明さを改めて強調した。

ただ、「停滞は絶好のチャンスで、これまでも市場が回復したときにしっかりと需要を獲得して成長させてきた」と先行きに自信も示した。研究開発や設備投資は従来の計画通りに進めるという。

市場関係者の多くは再び強気に傾いている。「下方修正後の業績予想は保守的なものだと判断している」(冒頭のアナリスト)。永守氏は下方修正した予想について「下げるときはね、一番悪い数字を持っていくのがいい」と発言していたこともあり、25日時点のコンセンサス予想は修正後の会社予想を約2割上回る。

不思議な楽観ムードが漂うのは、世界的な経済の減速が鮮明になれば、必ず対策が取られるはずだという考えもあるようだ。

1月18日、アメリカのウォール・ストリート・ジャーナルが「ムニューシン米財務長官が対中国関税の取り下げを提案した」という観測記事を載せた。この報道について、トランプ政権は否定する声明を出したが、中国経済が失速すればアメリカ経済も傷を負うため、トランプ政権が強硬姿勢を後退させるという見方がある。

中国当局の経済テコ入れ策への期待も強い。2018年の中国のGDP成長率は6.6%と28年ぶりの低水準となった。リーマンショック時に中国政府はいち早く景気刺激策を打った。今回も、減税や追加のインフラ投資などの対策をとり始めている。

中長期的には自動車の電装・電動化の流れは変わらず、省人化需要によるロボット向けのモーターの伸びも見込めるといったように、同社の事業の先行きをポジティブに見る向きが多い。

電子部品の下方修正ラッシュは不可避

ある大手電子部品メーカー首脳は「おかげで決算発表をしやすくなった」と打ち明ける。別の電子部品メーカー幹部も「気が楽になった」と明かす。

ほかの電子部品メーカーもこの先は業績予想の下方修正は避けられそうになく、株式市場で「日本電産ショック」が起こらなかったことで、自社の決算も出しやすくなったと考えているようだ。

とはいえ、いつまでも楽観ムードが続くと考えるのは危険かもしれない。そもそも日本電産はリーマンショックの直後の2009年3月期に3割の営業減益ながら黒字を維持。2010年3月期には5割の営業増益でカムバックしてみせたように、楽観論はやはり実績に裏打ちされている。ほかの企業が下方修正した時にも株価が底堅く推移するとは限らないからだ。

また、永守会長は「経済の原理原則ならわかるが、政治要因は読めない」とも話している。リーマンショックは経済問題だったが、今回は貿易戦争という政治要因が引き金になっているだけに、各社の業績や株価の先行きはより不透明といえるのではないか。