「歴史の救急車」を自称する歴史学者、磯田道史が斬新で面白い理由とは
磯田道史 様
今回、私が勝手に表彰するのは、歴史学者の磯田道史先生である。
磯田先生といえば、映画化された『武士の家計簿』や『殿、利息でござる!』の原作者で、とにかく話が興味深い。
その源流は「歴史は未来を良くするためのもの」というところにある。
生で磯田先生を見たのは、昨年末に放送された『古舘トーキングヒストリー忠臣蔵、吉良邸討ち入り完全実況』(テレビ朝日系)の収録だった。
この番組は、日本人にはお馴染みの『忠臣蔵』ではなく『吉良邸襲撃事件』として捉え、その一部始終を古舘伊知郎が実況するという企画で、四十七士がどうやって討ち入りを成功させたかを史実を元に描いた。
時代劇『忠臣蔵』と違うのは、四十七士は堂々と行軍していなかったり、吉良邸の前で陣太鼓など打ち鳴らさない。あくまでもバレないようにやる。そんな解釈で作ったVTRを磯田先生が興奮気味で解説してくれた。
「赤穂浪士が吉良邸でまずしたことは、用心棒の長屋を閂(かんぬき)で封鎖した。そうすれば出てこられない。そこを描いてほしかったんだ!」とVTR中も水を得た魚のように話してくれた。
磯田先生の強みは、歴史学者だから古文書を読めるということだ。
自らを「歴史の救急車」と言っている。どういうことかというと、過去に日本は近代化を急いだゆえ、文系と理科系に分けてしまい、歴史は嗜(たしな)むものとして扱われてきた。
しかし、磯田先生いわく、歴史は実用品。過去から学べば未来を明るくすることができるという。
今起きている天災も、過去の史実から学んでいれば多くのことが避けられる。
最先端の科学と同じくらい役に立つ実用品ということなのだ。
だから古文書を読み解き、現場に救急車のごとく駆けつけ、回避したり、良くしたりするメッセージを伝えるのが役目だと言っている。
未来を良くしようと歴史をひもとく、そんな観点で歴史を語る。こんな斬新で面白い話はないと思った。
また歴史を知ろうとするパワーも凄まじい。古文書を読み漁りたくて京都の大学に入ったものの、図書館の蔵書が少なく、慶應に入り直したとか、図書館で本を読みすぎで倒れたという逸話がある。ダイソンの掃除機のごとく歴史から知識を吸収し、それを、未来を明るくするために役立てる。
磯田先生いわく、歴史上の偉人で一番幸せそうな人は、お金や名声を集めた人ではなく、人に感謝された人だそうだ。
「私は牛のようなものだ。草を食べて乳を出す」(魯迅の言葉)
「人間はその人が得たことでその人を評価するが、本当は、人に何を与えたかで評価しなければならない」(アインシュタインの言葉)
これらが下支えとなり、今日も古文書を読み込み、誰かの役に立とうとしている。そんな人の言葉を見逃すまい、聴き逃すまいと思ってしまう。
<プロフィール>
樋口卓治(ひぐち・たくじ)
古舘プロジェクト所属。『中居正広の金曜のスマイルたちへ』『ぴったんこカン・カン』『Qさま!!』『ぶっちゃけ寺』『池上彰のニュースそうだったのか!!』などのバラエティー番組を手がける。また小説『ボクの妻と結婚してください。』を上梓し、2016年に織田裕二主演で映画化された。最新刊は『ファミリーラブストーリー』(講談社文庫)。