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●500機以上の衛星を打ち上げ、日本とも縁深い業界リーダー
欧州のロケット運用会社アリアンスペースは4月19日、ステファン・イズラエル会長兼CEOが来日したのに合わせ、都内で記者会見を開いた。

アリアンスペースでは毎年、この時期にCEOが来日し、同社の現状や将来の展望について語る機会を設けている。今年はとくに、同社の東京事務所が設立されてから30周年、またこれまでに日本で30件の商業打ち上げ契約を締結したという、30並びの偶然も相まって、同社にとっては意義深いものとなった。

会見では、同社のこれまでの歩み、とりわけ日本での実績の紹介にはじまり、開発中の新型ロケット「アリアン6」と「ヴェガC」の概要、さらにその将来を見越した新型ロケット・エンジンの開発についても触れられた。

○アリアンスペースという会社

アリアンスペースという会社は、欧州各国が共同開発した「アリアン」ロケットを運用する会社として、1980年に設立された。現在、通信衛星や放送衛星など静止衛星の商業打ち上げ市場で、実に半分ものシェアをにぎっており、これまで500機を超える人工衛星を宇宙に送り届けている。

欧州の会社ではあるものの、日本とも縁は深く、日本企業の商業衛星[*1]のうち、実に75%をアリアン・ロケットが打ち上げている。しかし日本での知名度は低く、朝鮮民謡の「アリラン」と間違われたり、南米仏領ギアナにあるロケット発射場も、アフリカの「ギニア」にあると勘違いされることがあるという。

アリアンスペースが設立された1980年ごろといえば、米国ではスペースシャトルの完成が迫り、これからは翼の付いた再使用ロケットの時代だと言われていた。スペースシャトルは従来のロケットからは考えられない低価格で、人工衛星や人を宇宙に運べるのだと宣伝されていた。その中で、わざわざ欧州が独自に、さらに翼も無ければ再使用もできず、エンジンの性能も良くない、技術的に古めかしいアリアン・ロケットを開発することには、少なからず批判もあったという。

ただ、アリアン・ロケットの目的はあくまで欧州が独自に、つまり当時の宇宙大国である米国やソヴィエト連邦の手を借りずに、人工衛星を打ち上げる手段を確保することにあった。今でこそアリアン・ロケットは商業打ち上げでトップをひた走っているが、それは独立性を維持するための手段にすぎない。というのも、ロケットの運用を維持するためには、定常的な打ち上げ、つまりそれだけの打ち上げ需要が必要になる。しかし、当時の欧州の中だけではそれだけの需要はなかったことから、欧州の外に目を向け、1978年に米国の衛星通信会社インテルサットから打ち上げ受注を取り付けたのをきっかけに、商業打ち上げ市場への参入を開始した。

さらにこのとき、欧州には、「ロケットの運用というものは、開発や生産と同じぐらい難しいもので、片手間にできるものではない」という認識がすでにあり、ロケットを運用する専門の別会社が立ち上げられることになった。それがアリアンスペースである。

世界的に見て、ロケットの開発や生産と、その運用とが別会社に分かれている例は少ない。たとえば日本のH-IIAロケットは三菱重工が生産も運用も担っているし、米国のファルコン9ロケットもスペースXが生産、運用を行っている。

1980年ごろの時点で「運用」の重要性を認識し、アリアンスペースが立ち上げったことは、当時の欧州に先見の明があったこと、また商業打ち上げで成功することができた鍵として、同社がとくに誇る点である。

○「あらゆる衛星を、あらゆる軌道へ、あらゆる時間に」

アリアンスペースは現在、大きく3種類のロケットを運用している。大型ロケットの「アリアン5」、中型ロケットとしてロシアから輸入して運用している「ソユーズ」、そして小型ロケットの「ヴェガ」である。このうちアリアン5は主に通信衛星や放送衛星を、ソユーズは地球観測衛星や航法衛星を、ヴェガは小型の地球観測衛星や科学衛星などの打ち上げで使われており、現在開発されるおおよそすべての大きさ、質量の衛星を打ち上げることを可能にしている。またアリアン5はこれまでに71機が連続成功し、ヴェガは現在までに1号機から6号機まですべて連続成功しているなど、信頼性も高い。

この3種類のロケットは、基本的にはすべて南米仏領ギアナにあるギアナ宇宙センターから打ち上げられる[*2]。このギアナに発射場を構えていることもまた、同社の売りのひとつである。というのも、ギアナは赤道に近いため静止衛星の打ち上げに最適で、また北から東にかけては大西洋に面していることから、あらゆる軌道へ向けての打ち上げも可能としている。さらに気象状況も良く、ハリケーンや地震もほとんど来ない。

同社は「あらゆる衛星を、あらゆる軌道へ、あらゆる時間に」(Any mass, to any orbit, anytime)という標語を掲げており、こうした特長も、同社を商業打ち上げにおける世界トップに押し上げた要因である。

また、打ち上げ失敗時の保険サービスも評価が高い。これはロケットの打ち上げが失敗した際、その原因がたとえ衛星側などにあり、ロケット側に一切の責任がなかったとしても、無償で再打ち上げを行うというものである。さらに、顧客の現地での打ち上げ見学や、ギアナの観光、食事などのホスタビリティ、今流行の言葉で言うところの「おもてなし」も、競合他社から賞賛、あるいは参考にしたいとの声を聞くほど評価が高い。

アリアンスペースの成功の要因として、日本ではよく欧州からの、金銭を含む手厚い保護を受けてきたからだと言われることもあるが、たしかに保護はあったにせよ、同社は「それがすべてではない」ときっぱり否定する。どうしたらロケットが売れるのか、どうしたら顧客が満足するのか。ロケットという非日常的な乗り物を扱いながらも、そうした企業として至極当然の努力をした結果であると強調する。

【脚注】
1. 日本の企業が保有、運用する通信衛星や放送衛星など、民間によって商業用に使われる衛星のこと。科学衛星や探査機、地球観測衛星、政府の情報収集衛星などは、そのほとんどが日本のロケットで打ち上げられている。
2. 例外として、ソユーズだけはカザフスタンにあるバイカヌール宇宙基地からも打ち上げられる。

●「​我々は他の真似をする会社ではない」
○変革するアリアンスペース

1980年の設立から36年を迎え、商業打ち上げのトップをひた走るアリアンスペース、そして欧州のロケットだが、ここへきて大きな変革を迫られた。読者の方はご存知の通り、ここ最近、低価格なロケットであるスペースXの「ファルコン9」が登場し、アリアンに迫る勢いで商業打ち上げ市場のシェアを獲得しつつあり、さらに機体を何度も使い回すことでさらに低価格にしようとしているためである。

そこで欧州では、新型の「アリアン6」ロケットの開発が始まっている。アリアン6はアリアン5よりも打ち上げ能力を若干向上させた上に、価格は半額という目標を掲げている。正確な価格がどれくらいになるかは不明だが、ファルコン9と十分に戦える可能性は高い。

――という、国内外のメディアでよく見られる話題の切り取られ方を、同社は嫌う。たしかにファルコン9は脅威であり、対抗しなければならないとは認めるものの、前述のようにアリアンは欧州が自立した宇宙への輸送手段を維持するために必要なロケットであり、アリアン6もファルコン9に対抗するためではなく、あくまで欧州にとって必要なロケットであるから開発するのだ、という姿勢を崩さない。また、ロシアや中国も低価格なロケットをもっており、ファルコン9はそうした競合相手のひとつに過ぎないと語る。

今回の記者会見でも、同社のステファン・イズラエルCEOは「そもそもファルコン9とは市場で競合しないだろう」と語った。「彼らはまず、米国内の需要(NASAの衛星や有人宇宙船、軍事衛星の打ち上げ)に目を向けており、またスペースX自身が4000機の衛星を打ち上げてインターネット通信サービスを展開する計画もある。火星にも行くと言っている。つまりそれだけで、相当な数のファルコン9の打ち上げを考えているということになる。

「アリアンスペースとしては火星に行くということは考えていないし、自社で大量の衛星を打ち上げるという計画もない。たしかにファルコン9は米国内外の商業打ち上げも狙っており、そこで競合することはあるだろうが、(ファルコン9は前述の他の打ち上げで相当数が使われることから) 市場が重なることはないだろう」とも述べた。

ファルコン9の再使用についてもまた、同社はもう何年も否定的な見方を続けている。今回の会見でも、イズラエル氏は「彼らは2機の回収には成功しているが、他の回収は失敗に終わっている。また回収に成功した機体の再使用はまだ行われていないし、再使用される機体の信頼性も不明である。戻ってくるのに追加の推進剤も必要であり、整備も必要になる。つまり再使用で本当に安くなるのかはわからない」と語り、陸地や船への着地成功に沸き立つ世間とは裏腹に、冷淡な見解を示した。

もっとも、「宇宙旅行の実現や、自社で何千機も衛星を打ち上げることを考えている彼らにとっては、再使用というのは良い選択肢なのかもしれない」とも述べ、再使用そのものの成否については含みを残した。

○メタン・エンジン「プロメテ」

しかし、だからといってアリアン6が、今後何十年も通用するとも考えてはいないようで、イズラエル氏はアリアン6のさらに先の戦略を明らかにした。

イズラエル氏が「野心的」とさえ語るその戦略は、アリアン6の価格をさらに下げるというものである。その鍵は、メタンを使うロケット・エンジン「プロメテ」にある。

現在のアリアン5や、開発中のアリアン6でも使われる第1段エンジン「ヴァルカン2」は、燃料に液体水素を使っている。液体水素は高性能なエンジンにできる反面、扱いが難しく、価格も高いという欠点もある。一方メタンは、効率は液体水素よりも劣るものの、推力(パワー)が出しやすく、また液体水素よりも沸点が高いため扱いやすく、価格も安い。

さらにエンジンそのものの構造も、3Dプリンタなどを駆使して安価に製造できるようにし、エンジンのコストをヴァルカン2の1/10に、そしてロケット全体のコストはアリアン6の半分を目指すという。

アリアン6は現在、2020年に初打ち上げを行うことが絶対条件となっているため、すぐにこのプロメテが搭載されるというわけではない。アリアン6のさらに先、2020年代の後半から30年あたりの実用化を目指すという。

プロメテが実現すれば、ファルコン9よりも優位に、あるいは再使用でより安価になったファルコン9とも戦えるようになるだろう。ただ、やはり同社は「これはファルコン9と戦うための開発ではない」と主張する。

「これはお客様の要請に基づくものである。顧客へのヒアリングの結果、次世代のロケットは、より安価に、より短い期間で打ち上げられるようになってほしいという声を聞いた。市場のニーズは次々と変わるものだが、2020年代のアリアン6はそれに対応できるものだと考えているし、さらに目は将来を見据えており、さらなるコストダウンを実現できるエンジンの開発に着手している」と、イズラエル氏は語る。

そして「我々は他に追随するような、真似をするような会社ではない。これまでの実績、マーケティングに基づいた独自戦略を掲げるのが我が社だ」と延べ、スペースXとの違いと、対抗力、そして業界リーダーとして矜持をアピールした。

もっとも、ファルコン9の存在が、ロケットの標準価格というものの概念を大きく引き下げたこと、そしてその価格が、アリアン6の「アリアン5の半額に」という指標になったことは間違いないだろう。また、顧客が「より安価に、より短い期間で打ち上げられるように」と求めているのにも、ファルコン9のもつ価格の安さと、1〜2週間の間隔で打ち上げ可能な能力が影響していることも間違いない。一方、ロケットの信頼性、これまでの実績、失敗時の保険の手厚さなど、アリアンにあってファルコン9にない要素も数多くあり、それがファルコン9の受注活動に影響を与えていることもまた間違いなく、その結果が、ファルコン9が登場してもなおアリアンスペースが業界トップにいることとして現れていると見える。

2020年以降のロケット業界がどうなっているのか、予測するのは難しい。ファルコン9が他の打ち上げと並行して、商業打ち上げ市場をも席巻するかもしれないし、あるいはまったく別の企業が出てくるかもしれない。しかし、業界の勢力図や衛星のトレンドがどうなるにせよ、引き続き欧州のロケットの自立性と、それ維持するために必要な商業打ち上げにおいて顧客のニーズに対応できるよう、欧州のロケット界は明晰で、そして合理的なコンセプトをもち、解決手段を用意しつつある。

【参考】
・Arianespace Japan Week 2016: Arianespace fetes 30 years of success in Japan - Arianespace
 
・Arianespace Japan Week 2016: Arianespace fetes 30 years of success in Japan - Arianespace
 
・Ariane 6 / Launch vehicles / Launchers / Our Activities / ESA
 
・Ariane | PROMETHEUS engine, an evolution towards European launch systems
 

(鳥嶋真也)