スオメンリンナ島には、晴れた日にはヘルシンキ市民や観光客がピクニック気分で訪れる(撮影:佐谷恭)

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(1)の続き

 9月26日。ヘルシンキ港から船で約15分余り、小泉純一郎氏が9月に首相として最後の外遊で訪れ、石を持ち帰ったことでにわかに有名になった「スオメンリンナ島」に行った。この島は内戦時の捕虜収容所や首都防衛の要塞として使われた歴史を持つが、現在は市民や観光客がピクニック気分で訪れる憩いの場となっている。

 雲一つないポカポカ陽気の中、気持ちのよい時間を過ごしたが、ふとあることに思い至り、ますます気分が良くなった。それは、この場所がユネスコ指定の世界遺産であること――。とは言っても、世界遺産という“権威”をありがたがっての話ではない。また、小泉首相が世界遺産の石を持って帰ったことをどうのこうの言いたてるつもりもない。

 「世界遺産にしては落ち着ける場所だ」。これが記者がスオメンリンナ島に来て感じた実感である。観光客が多過ぎず、古い大砲が点在する中に植物があふれている。そしてこの島は、世界遺産であることを特に、外に向けてアピールしていない。

 思えば、これまで何度か世界遺産に失望させられた経験があった。アイルランドの5000年以上前の巨大古墳「ニューグレンジ」は、入り口に噴水がある上、訪問者は時間ごとに区切られ、見学に制限時間があった。昔からのお気に入りだった下鴨神社の糺(ただす)の森には、世界遺産登録を契機に不自然な古代の小川が“甦った”。ユネスコが名勝の保護のために世界遺産の登録を進めている理念には共感するが、必ずしもプラスの方向に働いていないと感じる。世界遺産に登録されると有名になり、人がどっと押し寄せるのだから仕方のない側面もあるが…。

 世界遺産への指定は後からもさまざまな問題を引き起こす。スオメンリンナ島を訪れた数日後、フェリーでエストニアのタリンに向かった。中世に発達したタリンの旧市街は世界遺産に指定されており、実は5年前にも訪れたことがある場所だった。懐かしい坂道を登って、見晴らしのよいところに到着して、思わず愕(がく)然。以前にはなかった中層ビルが立ち並んでおり、中世の趣が一気に消えていた。そのビル群は世界遺産の外にあったが、旧市街から見下ろすことができる。

 観光はその国の資源で、世界遺産のすぐ横は絶好の商業地域となるのだろう。乱雑にビルが林立する東京から観光客として訪れた記者が、こういう発言をするのはおこがましいが、せっかくの遺産を無駄にしているようで深く失望する。旧市街の外れで育ったエストニア人の女性も「確かに問題となっています」と認めていた。

 スオメンリンナ島は、いつまでも落ち着いたところであって欲しいと願う。(つづく

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