フィンランド・ヘルシンキからエストニア・タリンまでを結ぶ船の1つ(撮影:佐谷恭)

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(3)のつづき

船旅というと、どんなイメージを持たれるだろうか。優雅で高い? それとも、過酷で安い? この両極端な状況が一般的にイメージされるかもしれない。しかし、こうした単に特殊な経験ではない、誰もが楽しめるエンターテインメントとしての船旅が、ヨーロッパには存在する。

イメージ通りの船旅とは? 日本の船旅

 新聞などで1千万円単位の「世界一周クルーズ」の広告を見かけることがある。気軽に出せる額ではない。「人気がある」「再来年の出発分まで予約が埋まっている」などという話を聞いても、実感がわく人は少ないのではないか。お金があれば行きたいけれど、いや、それだけあればほかのことに使うだろうか。とにかく、豪華クルーズは普通に手が出るものではない。

 一方で、船は近隣諸国に安く行く手段でもある。有名なところでは、大阪と上海を結ぶ「新鑑真」号という定期便がある。季節に関係なく3万円程度で同区間を往復できるので、時間はあるがお金はない学生に、特に人気がある。かつて鑑真が遭難したという“荒れる”東シナ海を通過する際は、その名の通り、よく揺れる。一番安いチケットを持った人たちが、20人ほどで薄い布団を並べて"雑魚寝部屋"を共有するだけでなく、時には"気分の悪さ"を共有せざるをえないこともあり、さながら地獄絵図のようになることすらある。

 飛行機が発達した今、移動の手段としての重要度は下がり、船に乗ることは非日常的な体験となっている。金銭的な面や過酷な状況を聞いて、敬遠する向きも多いだろう。

バルト海クルーズで知った新しい“旅”

 フィンランド・ヘルシンキからエストニア・タリンまでの距離は約85km。高速船だと1時間半で着く距離だが、2倍以上の時間がかかる大型のフェリーを選んだ。以前にも一度、バルト海を走るフェリーに乗ったことがあり、高速船に比べてずいぶん安いだけでなく、「移動」を「エンターテインメント」に変えるさまざまな仕掛けが、フェリーにあることを知っていたからだ。

 「エンターテインメント」として期待していたのは、ライブ演奏や甲板で飲むビールだった。陽気になった人がダンスを始めるのも、その環境に欧州文化が相まってできるもので、観光客として見るだけで楽しむことができる。ちょっとした仕掛けだが、卓球台とゲームセンターぐらいしかない「新鑑真」と比べると大違いだ。

 前回の乗船から約5年…。今回、船はさらに“進化”していた。きれいなレストランが5軒、ピアノバー、シガーバーは驚くに値しないが、洋上にあるとは思えない雰囲気のアイリッシュパブやスーパーマーケット、2階建てのライブハウスなどがそろっていた。短い「移動」時間では、すべてを見ることすらできない。

 誰もが何かに熱中し、船の上にいることなど忘れていた。あちらこちらで笑顔や拍手があふれていた。船に乗って、外国を訪ねる理由は人それぞれだが、船内でのバカ騒ぎもその目的の1つだという人もいるほどだ。日帰りの旅行客は、行き先での滞在時間よりも往復にかかる時間のほうが長かったりもする。

 バルト海では、もはや船は単なる移動手段ではない。人が会い、話し、笑うための「場所」と言えそうだ。高いお金を払う必要はないし、辛い思いをする必要もない。船は物理的には動いているが、それに乗って移動する人は、扉を開けて中に入り、お酒や会話を思う存分楽しんで、また扉から外に出るだけで、そこはもう目的地だ。バルト海クルーズは、心の距離の短さという新たな“発見”を私に与えてくれた。【了】

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