ねこ好き編集長「人間を相手にしたくなくて」 創刊20年 月刊『ねこ新聞』
『月刊 ねこ新聞』は、ねこが好きな人に愛されて創刊20年。2月12日に発行された最新号で180号を迎えた。タブロイド判、カラー8ページに及ぶ紙面は、名画から選び抜かれたねこの絵や、ねこが登場する文学作品などで構成され「世界一、文学的で美しい新聞」として「ニューヨークタイムズ日本版」で紹介されたこともある。22日の「ねこの日」を前に編集部を訪ねた。
●「人間を相手にする仕事は、もうしたくない」
月刊『ねこ新聞』は編集長を務める原口緑郎さん(74)が1994年7月に創刊。副編集長は奥様の美智代さん(74)だ。緑郎さんの父親はねこが大好きだったこともあり、子どもの頃は多い時には15匹のねこに囲まれて育った。
「貧乏な医者の家だったけど、ねこがたくさんいて、本もたくさんあって、その隙間の空いたスペースで寝るような生活をしていました」(緑郎さん)
緑郎さんは中東で仕事に励んでいたものの挫折を経験。「人間を相手にする仕事はもうしたくない」との思いで『ねこ新聞』を発行することを思いついた。緑郎さんも美智代さんも編集経験はなく、ゼロからのスタートだった。
●コネなし! ねこが好きそうな人に直接オファー
これまでの執筆陣は数百名にも及ぶ。浅田次郎、山田洋次、群ようこ、横尾忠則、森村誠一、加山雄三、養老孟司、赤瀬川原平、川上麻衣子、清水ミチコ、斉藤由貴、町田康、蝶野正洋(文)、ビートたけし、いわさきちひろ、やなせたかし(絵)など錚々たるメンバーだ。
執筆をお願いする場合は、「コネを使うのが嫌いなので、直接手紙を送ります。『この人は、ねこ的な感覚がありそう』と思ったら原稿の依頼をします。ねこが好きそうかどうかは、育った環境などを知ることでだいたい分かります」(緑郎さん)
「『ダメでもともと』と思いながら依頼をしてまして、このスタイルは20年間、変わっていません。何のコネもないのに、皆さんよくぞ引き受けていただいたと感謝しています」(美智代さん)
例えば、現在連載中の森村誠一さん場合は、テレビで森村さんを見た時に「ねこが好きそう」と思い、手紙をしたためたという。森村さんもねこがお好きだったようで、すぐに了承の返事が届いたそうだ。
「もちろん、ねこが好きであれば飼っていなくてもいいんです。手紙にはいつも『ねことの相性は存じませんが……』という一文を入れています」(美智代さん)
●裏移りしない紙を使用
月刊『ねこ新聞』の表紙には、ねこに関する詩と絵画を掲載している。新聞を製作する際、とりわけ大変なのが表紙に掲載する絵画と詩の組み合わせを考えることだそうだ。
「先にねこの絵を選んで、その絵の雰囲気に合った詩を探すんですが、これが大変。絵に合った詩を作家さんに書いていただいてもいいんだけど、そうするとこちらの意向や思いとズレた詩になってしまう可能性があるから、通常は既成の詩から選びます。180号にもなると絵にピッタリと思うような詩はほとんど掲載しており、なかなかみつからないこともあって組み合わせを考えるのに毎号苦労します……」(美智代さん)
色にもこだわりがあり、印刷した時に綺麗な色で出力できるよう、色校チェックも入念に行う。紙にも配慮しており、裏移りしにくい紙を使用している。
「ウェブサイトにも、表紙の絵は小さくしか入れません。モニターを通じて見ると、色合いが変わってしまうから」(美智代さん)
●広告がない
月刊『ねこ新聞』には広告が一切ない。スポンサーがつかないのではなく、つけない方針だ。
「お金はないんだけど、広告を入れるとどうしても雰囲気が変わってしまうんです。内容が『ねこ新聞』と合わないことがあるから、一切お断りしてるんです。その代わり、美しい新聞にするように心がけています」(美智代さん)
そうなるとお金のやりくりは大変である。しかも、創刊から1年を迎えようとしていた矢先、緑郎さんは脳出血で倒れてしまう。9時間の手術の末、一命は取り留めたものの、後遺症から左半身が完全まひ、車椅子生活になってしまい、月刊『ねこ新聞』は休刊することとなった。
「蓄えを切り崩してまで発行することはできなくて、『休刊』とはいえ廃刊を覚悟しました」(美智代さん)
緑郎さんは復刊をめざしてリハビリに励んだ。その後、毎日新聞から一部を転載したいとの申し出があったこともあり、約6年のブランクを経て復刊。毎日新聞には8年間掲載され、2010年には『ねこ新聞』を応援したいという愛読者の声から、「結い願い『ねこ新聞』を支える会」を設立した。
「本当にありがたいです。いろいろなことがあったけど、こうして続いているのは、皆さんのおかげです」(美智代さん)
「それに、ねこが作らせてくれてるんでしょうね」(緑郎さん)
とはいえ、資金に余裕があるわけではない。
「高齢者の方で、寂しい思いをしている方にとっては癒しになるそうです。殺伐とした世の中なので、『ねこ新聞』しか読まないという方もいらっしゃるほどです。そういった皆さんにも楽しんでいただきいという思いもあって発行し続けています」(美智代さん)
幅広い年齢層の方に読んでもらえるよう、文字は大きめにしてある。
●富国強猫
緑郎さんは2011年に交通事故に遭ってしまい、要介護度が2から5になったが、読者に好評の『編集後記』は自力でパソコン入力している。
「ねこは人間を哲学的に見てると思うんです。『人間って、なんて馬鹿なんだろう』って思いながら。だから、政治などに関しても言いたいことを書くんです」(緑郎さん)
また、『ねこ新聞』の題字の下には、緑郎さんの造語「富国強猫」の四字熟語が記されている。「ねこがゆったりと眠りながら暮らせる国は平和な心の富む国」という意味で、緑郎さんは「政治家がしっかりしてくれないから、ねこも安心して昼寝をしていられない」とつぶやく。
お二人のやりとりは非常に楽しく、勉強になる話の連続だった。インタビューの途中で美智代さんが所用で席を外した際、緑郎さんがこっそりとこんなことを言った。
「あのね、この人(美智代さんが座っていた場所を指差しつつ)はよく喋るでしょ。口から生まれたような人なんだけど、こんなに良い人は他にいないです。本当に優しい人です」
美智代さんが部屋に戻って来ると、何もなかったかのような表情をしていた緑郎さん。月刊『ねこ新聞』編集部は、ねこが寄ってきたくなるような、非常に温かい雰囲気に包まれていたのでありました。
(取材・文/やきそばかおる)
●月刊『ねこ新聞』
希望月からの年間予約制(書店販売はありません)
年間講読料 5928円=(1部400円+消費税+郵送料62円)×12ヶ月
申し込み(電話)03‐5742‐2828(コンナヨニ・ニャーニャー)
(FAX)03‐5742‐5187(住所・氏名・電話番号・購読開始月を明記)
ウェブサイトからも申し込み可能。
●編集長 原口緑郎(猫生)さんの連載『愛猫家列伝』に加筆した一書
『吾輩のご主人―天才は猫につくられる』(河出書房新社)
●寄稿者のエッセイ集
『猫は魔術師』『猫は音楽を奏でる』(竹書房)
『ねこ新聞』に掲載された、角界著名人の、ねこに関するエッセイ集。
●100号迄の表紙から抜粋
『ねこは猫の夢を見る』(竹書房)
表紙に描かれた猫が主題の“絵画詩集”
●「人間を相手にする仕事は、もうしたくない」
月刊『ねこ新聞』は編集長を務める原口緑郎さん(74)が1994年7月に創刊。副編集長は奥様の美智代さん(74)だ。緑郎さんの父親はねこが大好きだったこともあり、子どもの頃は多い時には15匹のねこに囲まれて育った。
「貧乏な医者の家だったけど、ねこがたくさんいて、本もたくさんあって、その隙間の空いたスペースで寝るような生活をしていました」(緑郎さん)
緑郎さんは中東で仕事に励んでいたものの挫折を経験。「人間を相手にする仕事はもうしたくない」との思いで『ねこ新聞』を発行することを思いついた。緑郎さんも美智代さんも編集経験はなく、ゼロからのスタートだった。
これまでの執筆陣は数百名にも及ぶ。浅田次郎、山田洋次、群ようこ、横尾忠則、森村誠一、加山雄三、養老孟司、赤瀬川原平、川上麻衣子、清水ミチコ、斉藤由貴、町田康、蝶野正洋(文)、ビートたけし、いわさきちひろ、やなせたかし(絵)など錚々たるメンバーだ。
執筆をお願いする場合は、「コネを使うのが嫌いなので、直接手紙を送ります。『この人は、ねこ的な感覚がありそう』と思ったら原稿の依頼をします。ねこが好きそうかどうかは、育った環境などを知ることでだいたい分かります」(緑郎さん)
「『ダメでもともと』と思いながら依頼をしてまして、このスタイルは20年間、変わっていません。何のコネもないのに、皆さんよくぞ引き受けていただいたと感謝しています」(美智代さん)
例えば、現在連載中の森村誠一さん場合は、テレビで森村さんを見た時に「ねこが好きそう」と思い、手紙をしたためたという。森村さんもねこがお好きだったようで、すぐに了承の返事が届いたそうだ。
「もちろん、ねこが好きであれば飼っていなくてもいいんです。手紙にはいつも『ねことの相性は存じませんが……』という一文を入れています」(美智代さん)
●裏移りしない紙を使用
月刊『ねこ新聞』の表紙には、ねこに関する詩と絵画を掲載している。新聞を製作する際、とりわけ大変なのが表紙に掲載する絵画と詩の組み合わせを考えることだそうだ。
「先にねこの絵を選んで、その絵の雰囲気に合った詩を探すんですが、これが大変。絵に合った詩を作家さんに書いていただいてもいいんだけど、そうするとこちらの意向や思いとズレた詩になってしまう可能性があるから、通常は既成の詩から選びます。180号にもなると絵にピッタリと思うような詩はほとんど掲載しており、なかなかみつからないこともあって組み合わせを考えるのに毎号苦労します……」(美智代さん)
色にもこだわりがあり、印刷した時に綺麗な色で出力できるよう、色校チェックも入念に行う。紙にも配慮しており、裏移りしにくい紙を使用している。
「ウェブサイトにも、表紙の絵は小さくしか入れません。モニターを通じて見ると、色合いが変わってしまうから」(美智代さん)
●広告がない
月刊『ねこ新聞』には広告が一切ない。スポンサーがつかないのではなく、つけない方針だ。
「お金はないんだけど、広告を入れるとどうしても雰囲気が変わってしまうんです。内容が『ねこ新聞』と合わないことがあるから、一切お断りしてるんです。その代わり、美しい新聞にするように心がけています」(美智代さん)
そうなるとお金のやりくりは大変である。しかも、創刊から1年を迎えようとしていた矢先、緑郎さんは脳出血で倒れてしまう。9時間の手術の末、一命は取り留めたものの、後遺症から左半身が完全まひ、車椅子生活になってしまい、月刊『ねこ新聞』は休刊することとなった。
「蓄えを切り崩してまで発行することはできなくて、『休刊』とはいえ廃刊を覚悟しました」(美智代さん)
緑郎さんは復刊をめざしてリハビリに励んだ。その後、毎日新聞から一部を転載したいとの申し出があったこともあり、約6年のブランクを経て復刊。毎日新聞には8年間掲載され、2010年には『ねこ新聞』を応援したいという愛読者の声から、「結い願い『ねこ新聞』を支える会」を設立した。
「本当にありがたいです。いろいろなことがあったけど、こうして続いているのは、皆さんのおかげです」(美智代さん)
「それに、ねこが作らせてくれてるんでしょうね」(緑郎さん)
とはいえ、資金に余裕があるわけではない。
「高齢者の方で、寂しい思いをしている方にとっては癒しになるそうです。殺伐とした世の中なので、『ねこ新聞』しか読まないという方もいらっしゃるほどです。そういった皆さんにも楽しんでいただきいという思いもあって発行し続けています」(美智代さん)
幅広い年齢層の方に読んでもらえるよう、文字は大きめにしてある。
●富国強猫
緑郎さんは2011年に交通事故に遭ってしまい、要介護度が2から5になったが、読者に好評の『編集後記』は自力でパソコン入力している。
「ねこは人間を哲学的に見てると思うんです。『人間って、なんて馬鹿なんだろう』って思いながら。だから、政治などに関しても言いたいことを書くんです」(緑郎さん)
また、『ねこ新聞』の題字の下には、緑郎さんの造語「富国強猫」の四字熟語が記されている。「ねこがゆったりと眠りながら暮らせる国は平和な心の富む国」という意味で、緑郎さんは「政治家がしっかりしてくれないから、ねこも安心して昼寝をしていられない」とつぶやく。
お二人のやりとりは非常に楽しく、勉強になる話の連続だった。インタビューの途中で美智代さんが所用で席を外した際、緑郎さんがこっそりとこんなことを言った。
「あのね、この人(美智代さんが座っていた場所を指差しつつ)はよく喋るでしょ。口から生まれたような人なんだけど、こんなに良い人は他にいないです。本当に優しい人です」
美智代さんが部屋に戻って来ると、何もなかったかのような表情をしていた緑郎さん。月刊『ねこ新聞』編集部は、ねこが寄ってきたくなるような、非常に温かい雰囲気に包まれていたのでありました。
(取材・文/やきそばかおる)
●月刊『ねこ新聞』
希望月からの年間予約制(書店販売はありません)
年間講読料 5928円=(1部400円+消費税+郵送料62円)×12ヶ月
申し込み(電話)03‐5742‐2828(コンナヨニ・ニャーニャー)
(FAX)03‐5742‐5187(住所・氏名・電話番号・購読開始月を明記)
ウェブサイトからも申し込み可能。
●編集長 原口緑郎(猫生)さんの連載『愛猫家列伝』に加筆した一書
『吾輩のご主人―天才は猫につくられる』(河出書房新社)
●寄稿者のエッセイ集
『猫は魔術師』『猫は音楽を奏でる』(竹書房)
『ねこ新聞』に掲載された、角界著名人の、ねこに関するエッセイ集。
●100号迄の表紙から抜粋
『ねこは猫の夢を見る』(竹書房)
表紙に描かれた猫が主題の“絵画詩集”