代理人は悪玉なのか? 小澤一郎氏にサッカー移籍ビジネスを聞く
 ヨーロッパでプレーする日本人選手が引きも切らない。本田圭佑(CSKAモスクワ/ロシア)、香川真司(ドルトムント/ドイツ)、長友佑都(インテル/イタリア)、岡崎慎司(シュツットガルト/ドイツ)ら、日本代表でプレーする選手も多い。ヨーロッパでプレーし、ビッグクラブへ移籍し、巨額の年俸と名誉を得る。サッカー選手として誰もが夢見る舞台・ヨーロッパが、もはや「夢」というほどの距離ではなくなった。

 しかしそのうち、どれほどの選手が「ゼロ円」で移籍しているか、読者の方々はどこまでご存知だろうか? 例えば前掲の岡崎、槙野智章(現浦和)、細貝萌(アウグスブルク/ドイツ)らは、所属元クラブとの契約切れのタイミングで移籍した選手たち。当然、移籍金は発生していない。また、契約条項に「海外からのオファーがあった場合、ゼロ円で移籍できる」という一文を加える有力選手も多いようだ。

 多くのJクラブは、手塩にかけて育てた選手をタダで手放している。もちろん選手には上を目指す権利があり、クラブに邪魔をする権利はない。サポーターも、涙を飲んで送り出している。しかし、それは本当に健全な姿か? もっとやりようがあるのではないか? タダで選手を買い叩くヨーロッパのクラブには、あまりにリスクが少なすぎやしないか?

 これらの疑問に答えてくれたのが、「サッカー選手の正しい売り方 移籍ビジネスで儲ける欧州のクラブ、儲けられない日本のクラブ」を上梓したサッカージャーナリスト・小澤一郎氏だ。選手育成を主戦場とするジャーナリストでありながら、スペインと日本を行き来し、福岡大学から有力選手をスペインのクラブへ送り込んで研修をコーディネートするなど、その活動はサッカービジネスの領域にも及ぶ。

 本日より4回に渡り、小澤氏に「サッカー移籍ビジネス」を軸にいろいろな話を伺った。「0円移籍」が頻発しているが、それはどういう背景があるのか? 代理人とは本当に「悪玉」なのか? Jクラブは、いや「国際競争にさらされる日本」はどう立ち振る舞えば良いのか? ぜひご覧いただこう。



――2009年にJリーグの移籍ルールが変わって移籍金が撤廃され、0円移籍が増えたことが本書出版の背景にあると思います。この改訂には、どういう意図があったとお考えですか?

小澤一郎(以下、小澤) 要は、これまで日本ではローカルルールが認められてきたわけです。契約が終わったのに、「あなたには移籍金がかかる。新しい会社がお金を払わないと、移籍できません」というのが従来のルールでした。しかし、我々労働者で考えてみるとわかりやすいですが、契約が満了したら普通はフリーでどこへでも行けるはずです。

 「このローカルルールはおかしい」というのが選手協会、エージェント側が長年ずっと訴えてきたことでした。それが認められて、その基準でやりましょうとなった。FIFAからも圧力というか、統一基準でやるような通告があって、ようやく2009年から採用となったわけです。契約が満了したら次の移籍先には移籍金がかからず、0円で移籍できるようになりました。

 ただ「移籍金が撤廃された」というのは半分正しくなくて、契約途中の選手を獲得する場合には違約金という形で実質的には移籍金が発生します。いい選手として評価されれば、今でも移籍金はかかります。

――FIFAルールが導入されたことに、Jリーグのサポーターからは「まだ早いのではないか」という声もあります。実際、Jリーグの各クラブは経営状態が厳しく、債務超過寸前のところもあります。そういう状況を見た時、時期尚早だったのではという考えはありませんか?

小澤 タイミングが早いかどうか、私に答えは出せません。ただ遅かれ早かれ、そういう統一ルールでクラブ経営をしなければいけなかったわけで。例えば10年後に導入すると決めたなら、Jクラブがルールのもとで選手をしっかり育てて良い選手を売る仕組みを浸透させられたか? 私はそれには疑問符を持っています。

 FIFA統一ルールを導入したことで、良い選手が0円で出ていく現状があり、日本サッカー界にとって黒船的なインパクトがありました。これが良かったのかどうかはわかりません。ただ遅かれ早かれ、統一ルールでやらなくてはいけません。そういうことを考えれば、それなりにまっとうな時期であるのかなと認識しています。

――統一ルールの導入によって選手が移籍しやすくなったことで、代理人の立場がよりクローズアップされました。正直、サッカーファンにおける代理人の評判はあまり良くないと思います。「愛するチームから、選手を引っこ抜いて移籍させる悪いやつ」という認識をしている人のほうが、どちらかといえば多いと思います。しかし利害が対立する部分がある一方で、大局的に見るとそうではないというのが本書の言いたいことでしょうか。

小澤 サッカーの代理人について、私は必要だと思うし、時に「必要悪」になる存在だと思います。例えば「こいつは悪玉だ」と思われている代理人も、選手にとっては良い代理人かもしれない。0円移籍をした選手が「なぜタダで出ていくんだ」と思われないように、矢面にたって批判を受けたりしているわけですから。

 エージェントの存在はサッカー界に必要だと思いますし、だからこそうまく活用しないといけない、と思っています。好きか嫌いか、白か黒か、0か100かでしか論じられないから、活用法がうまく模索されない。それが現状だと思います。

――言論の環境が貧しいから、いろいろな考え方を提供していきたいと。

小澤 どうやれば彼らを使って儲けられるか、選手・クラブ双方にとって幸せになるようなケースを模索できるか、そういった議論の土壌がないですよね。「お前らがいないほうがいい」と考えてしまうと議論ができません。

――そういう意味でこの書籍は、日本によくある「代理人悪玉論」に一石を投じたものだと思います。

小澤 私は代理人ではないし、その資格も持っていないジャーナリストです。実際の移籍交渉の現場に立ったわけでもありません。その点で悩んだ部分はあります。取材をしても足りない部分はあるでしょうし、エージェントの方々からすれば「実際はそんなことはない」と思われる部分もあるかと思います。

 その点を前提として、ジャーナリストとしてエージェントの側にもJクラブの側にも立つわけではなく、Jクラブがこの先どうやって生き残っていけばよいかを提案したつもりです。エージェント主導で選手が移籍するのではなく、しっかりクラブとしてのメリットを担保する考え方も大切。その辺のバランスを取ったつもりです。

――代理人は悪玉ではない、からといってクラブ批判にも与するわけでもない。両者の言い分のうち取り入れるべきものを取り入れ、新しい方向性を提示した書籍だという印象を受けました。

小澤 どうしても、どちらかの立場に寄って「敵か味方か」という話になりがちなのですが。試合が終わった瞬間にラグビーではないですがノーサイドというか、握手する本質はピッチ外でももっていくべきだと思います。お互いに「どうやればうまくいくのか」という視点の議論はあっていいと思います。

<つづき:Jクラブに足りない情報開示の姿勢


小澤一郎(おざわ・いちろう)
 1977年生まれ。京都府出身。サッカージャーナリスト。早稲田大学教育学部卒。2004年にスペインに渡り、バレンシアを拠点に活動を始める。スペインでは少年サッカーのコーチも務め、その指導者的視点からの取材活動で様々なメディアに寄稿。2010年春に5年のスペイン生活を終え帰国。スポーツナビ、footballista、中学サッカー小僧、サッカー批評、サッカークリニックなど数多くの媒体で執筆中。
 著書に『スペインサッカーの神髄』(サッカー小僧新書)『FCバルセロナ 史上最強の理由』共著(洋泉社)『モウリーニョVSグアルディオラ』翻訳(ベースボールマガジン社)『サッカー選手の正しい売り方』(カンゼン)。有料メルマガ「小澤一郎の「メルマガでしか書けないサッカーの話」」も好評配信中。