中国で日系企業が訴えられた労働裁判傍聴記 その2
2.中国の民事裁判(労働裁判)
(1)漢族の考え方が裁判のやり方にも反映
中国の民事裁判(労働裁判)全般に敷衍(ふえん)することはできませんが、筆者が傍聴した本件労災に関する労働裁判では、そのやり方・裁判内容には驚きました。
日本の民事裁判(労働裁判)の場合、原告が訴状を出すと、被告が答弁書を出し、それから準備書面の応酬が始まるという形になります。すなわち、裁判の前に書面にて徹底的に準備をしたうえで、裁判官もそれら書面を事前に読んだ上で裁判に臨むのが通常の形式だと思われます。
しかしながら、中国で傍聴した本件労働裁判は全く異なりました。中国で留学していた際に多くの中国人の友人および日本人の友人が言っていたように、両国の間に存する発想の違いを連想させるものでした。
すなわち、日本人は問題が起こる前に事前準備をして問題が起こらないようにしようとしがちな特徴を有するように感じる点が多くありますが、中国人(特に漢族)には事前準備という考えはあまりないと筆者が現地で知り合った多くの中国人および日本人ともに感じていました。具体的には、多くの中国人からすれば、日本人は問題が実際に発生してもいないのに何を心配しているのだ、そんなのは問題が起こってから始めて考えれば良いのだと感じる、とのことでした。
中国での民事裁判は、その中国人(漢族)の考え方の根底を感じさせるものでした。
(2)中国の民事裁判の進め方
訴状を出すところまでは日本も中国もやり方は同じです。しかし、そこからが中国での民事裁判のおもしろいところです。良く言えば臨機応変、悪く言えば行き当たりばったりと感じなくもない部分です。すなわち、事前知識ゼロの状態の裁判官の前で、主張を展開します。
筆者が傍聴した労働裁判では、もたもたしていた原告側代理人弁護士に対して、裁判官が容赦なく、「何をもたもたしている。さっさと主張しろ。」と何度も叱責をしていました。
そして、原告および被告は主張したことを裁判の場で始めて書面として出したうえ、出したばかりの書面の要点は何かをその場で裁判官に説明したりした後、裁判官がすぐに現場で判断をする、という仕組みでした(もちろん、すべての裁判で事前に書面を提出する必要がないというわけではありませんが、筆者が出会った本件労働裁判では事前に書面を提出する形ではありませんでした)。
それらやり取りを書記官が裁判官の前でせっせとタイピングしており、その後すぐにそれらタイプしたものに原告・被告が署名をしていました。
3.日本企業(日系企業)に不利?
(1)論理よりも感覚
その後の展開は、法律論争というよりも、裁判官は、日系企業が悪いに決まっていると考える感覚の問題となっていました。
すなわち、原告が中国人労働者であり、被告が日系企業であれば、法律は超越(別の言い方をすれば無視)して、裁判官が中国人労働者に有利な和解案を提示してくる事案が多くあることです(中国では、それは社会保険なり国家が責任を負うべき問題のはず、と思うことを日系企業側に資金負担を要請(転換)してくる場面に多々出会います)。さきほどまで裁判官が、原告側代理人弁護士を叱責していたのは何だったのかと思う変わり身でした。
これについて、筆者の友人である中国人弁護士に聞いてみたところ、『中国の裁判では最初に感覚で結論の見込みをすでに裁判官が付けているので、逆に有利な判断をすることになる側には、裁判の場ではつらく当たることが多々ある』、とのことでした。
(2)判断を避ける
また、そもそも判決に至らなかったり、肝心の争点に関する判断を避けたりする判決も見受けられます。すなわち、法的根拠も希薄なまま日系企業側に不利な判決を下した場合に、日系企業から上訴されてしまうと、当該裁判官は上級審で自身の判決内容を批判されることを恐れるため、和解させたがる傾向がある点も指 摘されています。
繰り返しになりますが、すべての裁判が本件労働裁判と同じだと決め付けることはできません。しかし、筆者にとっては、日系企業が中国、特に地方の基層人民法院で裁判をやることのつらさを目の当たりにした経験でした。(執筆者:奥北秀嗣 提供:中国ビジネスヘッドライン)