幼児教育が人生に与える影響:研究結果

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Jonah Lehrer


米軍基地付属の幼稚園で本を読み聞かせるオバマ大統領夫人。画像はWikimedia

政府の財務状況がますます乏しくなる中で、社会にとって有効な公共への投資は何かについての判断が重要になってきている。

シカゴ大学の経済学者でノーベル賞受賞者のJames Heckman(ジェームズ・ヘックマン)氏と、ペンシルベニア大学の経済学者Flavio Cunha氏が2010年7月に発表した論文は、そのような賢い公共投資の例を挙げている。幼稚園教育だ。

研究者たちは広範な調査結果を引用しているが、最も印象的なものは、幼児教育の長期的な影響を追跡した調査だ。例えば『Perry Preschool Project』は、ミシガン州イプシランティにおいて、低所得層のアフリカ系米国人の子ども123名(最初のIQスコアは、全員が75から85)を対象に行なわれた調査だ。子どもたちが3歳のとき、実験群と対照群とに無作為に分け、前者には質の高い就学前教育を受けさせ、対照群には就学前教育を受けさせなかった。その後、被験者たちを数十年にわたって追跡し、直近では彼らが40歳のときに、両群の比較分析を行なっている。

成人した被験者を比較した結果、就学前教育を受けた群は、受けなかった群に比べて、高卒資格を持つ人の割合が20%高く、5回以上の逮捕歴を持つ人の割合が19%低かった。離婚率も低く、生活保護等に頼る率も低かった。[Perry Preschool Projectに関する日本語の文献はこちら(PDF)。「月収2000ドルを超える者の割合は実験群が対照群の4倍で、家を購入した者も実験群が3倍高かった」という]

興味深いのは、この実験が「IQスコアの向上」に長期的な効果をもたらしたわけではないことだ。就学前教育を受けた子どもたちは、最初のうちは一般知能の向上を示したが、この傾向は小学2年生までに消失した。代わりに就学前教育は、さまざまな「非認知的」能力、例えば自制心や粘り強さ、気概などの特性を伸ばすのに効果があったとみられる。

われわれの社会は「頭の良さ」に価値を置く傾向が強いが、冒頭の論文を執筆したHeckman氏とCunha氏は、こういった「非認知的」な能力こそが重要であることが多いと論じる。彼らは、信頼できる人間性こそ雇用者が最も評価する特性であり、「粘り強さや信頼性、首尾一貫性は、学校の成績を予測する上で最も重要な因子」だと指摘する。

これらの有益な能力は、むろん一般知能とはほとんど関係がない。そして、それはおそらく喜ぶべきことだ。非認知的な能力はIQに比べて、はるかに順応性が高いからだ――少なくとも、早い年齢から介入を行なう場合は。幼児教育はわれわれの知能を賢くすることはないかもしれない(知能には遺伝の影響が大きい)が、われわれをより良い人間にするし、それはより重要なことなのだ。

高校中退者にさまざまなテストを受けさせ、その人の学習到達度が高卒レベルに相当するかどうかを評価する[日本の大検に相当する]『GED』(General Educational Development)のデータを見てみよう。Heckman氏によれば、[元データではそうは見えないが、]「測定される能力」をコントロールした場合は、GED取得者の収入レベルは、GEDを取得していない中退者と同じか、それより低い傾向にあることが明らかになったという(PDF)。GEDを取得した若者は、認知能力では中退者を有意に上回るが、自制心や自己訓練といった能力では中退者と同じ(かより深刻な)問題を抱えていることが多い。このような非認知的な能力の不足が足を引っ張っているのだ。

Cunha氏とHeckman氏はそのほか、『Carolina Abecedarian Project』や、シカゴの『Child-Parent Center Program』など、早期教育が同様の効果を上げた研究について取り上げている(主な相違点は、Abecedarian ProjectではIQスコアの長期的向上がみられたことだが、この傾向を示したのは女児のみで、それもかなり早い年齢からプログラムを開始した子どもに限られた)。

Cunha氏とHeckman氏は、早期教育の効果は明白であり、リスクのある幼児に教育を行なうための1ドルで、社会全体は8ドルから9ドルの「益」を得ると計算している。税金の使い方としては望ましいものと言えるだろう。

[低所得層および中所得層の学生における認知力の発達を扱った長期の研究で、子ども時代の貧困とストレスは、成人になってからの記憶力等に影響するという結果も発表されている(日本語版記事)]

[日本語版:ガリレオ-高橋朋子/合原弘子]

WIRED NEWS 原文(English)

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