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8月7日、タレントのマツコ・デラックスさんが「(メディア業界に多い野球部出身者は)十中八九、クソ野郎」とテレビ番組で発言し、話題を集めた。発言時にスタジオは笑いにつつまれたが、たしかに「体育会系の学生」をほしがる人事担当者は多い。特に人気のあるスポーツとポジションはなにか。人事ジャーナリストが、複数の人事部社員の匿名コメントを紹介する――。

■「不条理な世界」を知っている体育会の学生たち

欧米企業と違い、即戦力となるスキルや知識などの能力を評価するのではなく、ポテンシャルで採用を決定するのが日本独自の「新卒一括採用方式」の特徴だ。

しかし、10〜15分程度の面接を数回行うだけで、学生のポテンシャルを見抜くのは難しい。よって学習能力や思考力を図る基準として「最終学歴」を重視する企業が多い。さらにその延長で、「体育会系」を高く評価する企業もある。

新卒に求めるポテンシャルについて、私はこれまで100社以上の人事部に聞いたことがある。企業によって表現は異なるが、その内容をまとめると以下の6つに整理できる。

(1)協調性
(2)チームワーク力
(3)論理的思考
(4)コミュニケーション力
(5)チャレンジ精神
(6)リーダーシップ

ただし、これらも具体的な定義は明確ではない。たとえば最終学歴は、(3)論理的思考(いわゆる地頭力)の要素に入りそうだが、それだけでもないだろう。

これは企業側の悩みでもある。6つの要素をどうやって見抜けばいいのか。体育会系出身者は、組織の一員としての協調性や組織への適応力、それから勝つことに対するこだわりや粘り強さがある、という指摘がある。上記の要件では(1)協調性、(2)チームワーク力、(5)チャレンジ精神に当てはまるのだろう。こうした「定説」があるため、体育会系出身が「魅力」になるようだ。

▼「上の指示は絶対」ができる人材は貴重

金融業の人事課長はこう指摘する。

「彼らは“不条理な世界”を経験しています。体育会に入ると、上級生の命令は絶対です。たとえ間違っていても耐えながら従うしかありません。その世界を生き抜いてきた学生は不条理だらけの会社人としての耐性を備えているからです」

協調性だけでなく、上下関係や組織の規律に忠実な人材像として、体育会系の学生を評価している。そうした体質は思考停止に等しいと指摘する向きもあるが、採用の現場では依然として「戦力になる」と判断される場合があるようだ。

■採用数の3分の1がラグビー部を筆頭にした体育会系出身者

では、人事部は学生時代のスポーツの種類へのこだわりはあるのだろうか。

雑誌『プレジデント』(2017年5.1号)では、企業の採用責任者の「好印象の競技・部活」を調査している(大手企業15社*)。そのランキングによれば、トップはラグビー部。次いで、野球部、アメフト部、サッカー部、バスケットボール部と続いている。

*あいおいニッセイ同和損害保険、伊藤忠商事、オリックス、鹿島建設、キッコーマン、キリン、サッポロビール、サントリーHD、 JFE HD、損害保険ジャパン日本興亜、竹中工務店、帝人、日本板硝子、日本航空、三菱電機(50音順)

共通するのはチームワーク力を問われる団体競技であることだ。ラグビー部の魅力について大手サービス業の人事課長はこう語る。

「『ラグビーをやっていました』と言うだけで買いですね。元気と馬力があるのは当然ですが、チーム全体のことを考えて行動する訓練ができている。ポジションごとに一人ひとりの役割が明確ですし、自分がチームに貢献するために技能を磨く資質も備わっていると思います。先輩・後輩の上下関係に忠実で、部下に使えば最低限でも言われたことをやる。特に営業は人に好かれてナンボの世界です。理屈もいいですが、親近感が感じられる人間的魅力を持った学生はいいですね」

同社は採用数の3分の1が体育会系出身者。ラグビー部出身も多いそうだ。

■マツコ・デラックス「野球部出身者の十中八九はクソ野郎」

一方、同じ団体競技でも“役割”を重視している人事担当者もいる。半導体関連企業の人事部長はこう指摘する。

「野球部やサッカー部のエースとして活躍した人はそれなりに評価しますが、中には持ち前の運動能力だけでエースになった人もいます」

野球部は大学スポーツにおいてたしかに花形だが、野球部信仰に口をはさむ人はいる。たとえば、タレントのマツコ・デラックスさんだ。8月7日夕方のTOKYO MX「5時に夢中!」に出演し、こう断言した。

「名門野球部出身者が、この世界、テレビ局とか(広告)代理店とか、よくいるけど、十中八九、クソ野郎だから」

現在開催中の「夏の甲子園」出場校の監督が、「野球部は人間を育てる場とは限らない」といった内容の発言をしたと報じた夕刊紙記事に対して論じたものだが、野球部出身だから、またエース的選手だったからといって全員が「使えるわけではない」と考えている人は少なくないのだろう。

体育会系社員の寿命は30代までなのか?

野球部を代表とした体育会的のノリのよさと体力が通じるのは30代までとマツコは以前、同じ番組内で語っていた。「30代までなら体育会系は仕事は勢いでできる。でも40代になってくると、人間の本質が問われ始める。その結果、行き場を無くす」と。人事担当者に人気の体育会の学生にはそうした負の側面もあるのだろうか。

前出の半導体関連企業の人事部長はどんな“役割”の学生を評価するのか。

「(野球に限らず)評価したいのはキャプテン・主将を務めたタイプです。主将は選手の模範であり、礼儀作法や立ち居振る舞いがすばらしいだけではなく、チームが勝つために一人ひとりに気を配るにはコミュニケーション力も必要ですし、レギュラーではない部員にも気を配り1つにまとめ上げるリーダーシップが備わっていると思います。面接ではキャプテンとしてどんな苦労を経験したのかについて詳しく聞いています」

■派手な花形選手より地味な裏方部員を好む

同じ体育会系出身者でも、チームを優勝に導いたり、選手として輝かしい実績があったりしてもそれだけで採用の決め手になるわけではない。

ゲームメーカーの人事部長はその理由をこう語る。

「ラクロスの日本選手権で活躍し、チームのエースとしてがんばった地方国立大学の学生が最終の役員面接まで進みました。アスリートらしい積極性があり、すがすがしい印象を持つ学生でしたが、なぜか役員面接で落とされたのです。面接で彼は自分がいかに活躍したかを力説したのですが、実は役員の1人がラクロスの世界選手権の入賞者だったのです。役員にすれば、単に活躍した実績ではなく、どんな挫折を経験し、そこからどうやってはいあがったのかを聞きたかった。実績だけだと自慢話にしか聞こえません。役員には単なる『スポーツバカ』とししか映らなかったのかもしれません」

▼雑務をこなす主務や裏方仕事をする非レギュラー選手がいい

先に述べた人材要件のうち、最近では(4)コミュニケーション力や(6)リーダーシップを重視する企業も増えている。

住宅販売会社の採用担当部長は必ずしも中心選手だけではなく、体育会系の周辺の人材にも目を向けている。

「大学内外で人と人を結びつける役割を担ってきた人に注目しています。たとえば、ラグビーでも野球でも競技団体の試合の運営などに携わる裏方(主務など)の学生はコミュニケーション力がないとうまく回っていきません。箱根マラソンは学生主体で運営されますが、協賛企業との交渉役を担当する人もいますし、運営委員など裏方の経験のある人は、リーダーシップやコミュニケーション能力にたけているという印象があります。競走部内のレギュラー争いを制して“花の◯区”を走る選手はもちろん魅力的ですが、裏方の仕事を、身を粉にしてする部員にはさらに魅力を感じます」

「選手」に対しては協調性、チームワーク力、チャレンジ精神などを期待し、面接で深掘りして確認する。一方、「キャプテンやチームの裏方として活躍した人」はコミュニケーション力やリーダーシップに対する期待が大きいといえるだろう。

(ジャーナリスト 溝上 憲文)