星野伸之が投げる″130キロ″のストレート 誰よりも打ちにくい理由は

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プロ野球の投手といえば、150キロほどのストレートを投げ、鋭い変化球を武器に打者に挑むイメージがある。
だが、星野伸之という男を見るとそんなイメージはあっけなく崩れる。
星野は2002年に引退するまで通算勝利数176勝、歴代18位の奪三振数という偉大な成績を残した大投手だ。だが、現役時代にはほとんど130キロを超えるボールを投げることはなかった。
最近の中学生でも、実力ある投手は130キロを超えるストレートを投げる。つまり星野は「中学生以下」のスピードでプロの猛者たちと対戦し、結果を出してきたことになる。なぜ好成績を残すことが出来たのだろう。その秘密を「真っ向勝負のスローカーブ」 (著:星野伸之/新潮新書)から探っていこう。

【星野の"魔球"に対する考え】


星野の現役時代をある程度知っている人は「あの球」があったからだ、と考えるだろう。
彼には他の人が投げることが出来ないような"魔球"を持っていた。それは落差がかなり大きく100キロにも満たないスローカーブだ。
やはり彼の代名詞ともいえるこのスローカーブがあったから、打者を抑えることが出来たのだろうか。
だが、星野の考えは違う。「あのスローカーブは魔球でない、魔球は存在しない。」と語るのだ。では、星野のスローカーブについてどう考えているか。彼は「あくまで緩急をつけるための球だ」と言う。

【コンビネーションで勝負】


なぜ緩急が大事になるのだろう。ここに星野がプロで結果を出せた理由が隠させている。
星野はストレート(約130キロ)とスローカーブ(約90キロ)、そして110キロほどのフォークというそれぞれ球速が異なる球種を上手く組み合わせることで打者たちを抑えてきたのだ。そのため、星野にとっては皆が"魔球"と表現するあのスローカーブもあくまで持ち球の1つに過ぎないのである。

配球の妙で読みを外す星野と打者との間には、プロならではの高度な読み合いが常に行われていた。
星野は、1球1球その場で、打者の反応(一瞬ピクリと動いた、または全く動かなかったなど)を見て次にどの球種を投げるか決める。
それ以外にもイニング・打順・走者の有無・打者の基本的傾向・自分のコンディション・ゲームの流れなど、さまざまな数多くの要素から総合的に投げる球種を判断した。

やはり打者としては、狙いと違った球が来ると例え手を出しても凡打になる確率が高い。
さらにレベルが高いプロともなると、狙ってない球が来た場合、凡打したらもったいないと考える余裕や打ちにいった途中で我慢する技術を持っているため、見逃すことが多い。
この傾向を生かして星野は、打者の予想とは異なる球を投げることで優位に立っていたのだ。

特に1996年の日本シリーズでの松井秀喜との勝負は星野の真骨頂が発揮されている。
当時の松井は若年ながら、シーズンで38本塁打をマークしMVPを受賞するなど勢いに乗っていた。
しかし、長年の経験から松井がスローカーブを狙っていると読んだ星野は、シリーズを通して徹底的にフォークを決め球にして勝負を挑んだ。その結果、松井はほぼ完璧に星野に抑えられ、シリーズも星野が所属するオリックスが4勝1敗で日本一に輝く結果となった。

【ストレートが誰よりも速い?】


ところで、星野の130キロ程度のストレートに対しての強打者たちの評価は面白い。
例えば、清原和博は「星野さんのストレートが1番打ちにくい」と語り、ロッテの4番を打った初芝清は「日本で1番ストレートが速い」と語った。
この理由として、星野が少しでも球を速く見せるために球の出所が見にくいフォームを磨いたことと同時に、先述の打者の"裏"を突くスタイルが挙げられるだろう。
打者としては100キロにも満たないスローカーブが強く頭に残っている状態で、投げられるストレートはたとえ130キロでもかなり速く感じられる。
星野と長年バッテリーを組んだ中嶋聡は「星野さんの本質は"ストレートピッチャー"」と表現し、星野自身も「自分は本格派投手だ」と語る。

ここまで見てきたように、星野はたとえ球速が遅くとも打者との駆け引きで超一流の成績を残した。
最近のプロ野球では、150キロを超えるストレートを投げる投手が珍しくなくなり、多くの力と力の真っ向勝負を楽しむことができる。だが、星野のように150キロを投げずとも「頭脳」を使って打者を抑える姿もまた、プロ選手の凄さを感じることが出来る醍醐味だと言えるだろう。
(さのゆう)