『ムーン・トラックス(タイガー立石のコマ割り絵画劇場)』(工作舎)

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ジャイアント馬場、アントニオ猪木、ジャンボ鶴田、ストロング小林、タイガー立石、ロッキー羽田、マイティ井上、グレート草津……。

という並びの中に混じってしまうと、違和感なく昭和のプロレスラーの名前に見えてしまうタイガー立石。昭和生まれ(1941〜1998年)なのは他の面々と同じだが、彼の職業は芸術家。画家、漫画家、絵本作家、陶芸家として数多くの作品を残し、昨年12月に『ムーン・トラックス(タイガー立石のコマ割り絵画劇場)』(工作舎)という作品集も刊行と、没後の現在も評価が高まり続けている人物だ。

そんな彼の作品の魅力を紹介したい……と思うのだが、「この人の絵本、読んだことある!」という人も多いかもしれない。有名な作品は『とらのゆめ』(作・絵:タイガー立石)、『ままです すきです すてきです』(文:谷川俊太郎、絵:タイガー立石)などだ。

『とらのゆめ』は、緑色のトラ「とらきち」が主人公。青緑色の幻想的な荒野を宙に浮きながら駆け抜けて、赤いダルマに変身したり、またトラの姿に戻ったり、エッシャーのだまし絵のような迷宮に入り込んだり、同じ見た目のトラが大量に出てきたり……という、夢そのものを絵本化したような摩訶不思議な作品だ。

なお『とらのゆめ』の一部と同じ展開は『ムーントラックス』収録の作品『Tiger! Tiger!』でも見ることができる。ちなみにタイガー立石は寅年生まれで、トラを題材した作品が非常に多いことでも知られている。

一方の『ままです すきです すてきです』は「ごじら→らっぱ→ぱんつ→つなひき→きのこ→こども」といった谷川俊太郎作のしりとりにタイガー立石が絵を付けたもの。並列しえないものが同一平面上に並ぶことで、うねるようなグルーヴが生まれているパンチの効いた絵本だ。

そして発売になったばかりの『ムーン・トラックス』は、それらの絵本でも垣間見えた、彼の摩訶不思議で幻想的な世界観が、“コマ割り絵画"として描かれた作品集。タイガー立石自身の文章のほか美術評論家・椹木野衣氏と建築家・磯崎新の作品についての論考なども収録されている。同書に収録のいくつかの作品を実際にここで見てもらいたい。

まずは3コマ漫画的な作品『アンデスの汽車』。2コマ目、3コマ目の展開に「えっ!?」と驚かされつつも、我々が知らずのうちに遠近法の世界に慣れきっていることにも気付かされる。

『The entered landscape』では、フロントガラスから見えた景色が溶けるようになだれ込み、車内が惑星そのもののような球面と化してしまう。最後のコマで、シフトノブがタワーのように残っているのも何とも可笑しい。

『ミクロ富士』は、いわゆる入れ子構造のオチ。「1〜5コマ目は最後のコマで上から眺めている人の視線なのか。あれ、でも6コマ目の様子をさらに外から眺めている人もいるのか……?」と考えると、永遠に続く「見る・見られる」の関係から抜け出せなくなってしまう。

このように彼のコマ割り絵画作品では、「絵画」「漫画」というジャンルの壁を打ち破りながら、現実と幻想、二次元と三次元と四次元が入り乱れることで、不思議な驚きや可笑しみが生まれている。それでいて、けっして“難しい"わけではない。現代美術の方面でも評価される人物だが、その作品は誰が見ても楽しめるエンターテイメントなのだ。そう考えると、名前がプロレスラーみたいなのも何だか納得がいくような気が……。

また荻窪のブックカフェ「6次元」では作品展「タイガー立石 ムーン・トラックス展」も本日まで開催中。最終日の今日はトークショーも開催予定なので、興味のある人はのぞいてみてほしい。
(古澤誠一郎)

■1/24(土)「タイガー立石とは何者だったのか?」
椹木野衣(美術評論家)×ナカムラクニオ(6次元)
時間:14:00〜(13:30開場)
参加費:1500円(ドリンク付/要予約)
予約:件名を「タイガー立石ナイト」とし、名前、参加人数、
電話番号を明記の上、rokujigen_ogikubo@yahoo.co.jp まで。