養蚕信仰絵馬

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「ムカエマ」をご存じだろうか。

みうらじゅん氏が提唱する「ムカつく絵馬」のことだ。神社に奉納された、どうかと思う自分勝手な願いを書いた絵馬、それがムカ絵馬。

しかし、ここにもう一つの「ムカ絵馬」が存在する。“ムカデを描いた絵馬”だ。虫が苦手な筆者にとってはギョッとしてしまう見た目である。なぜこんなものが存在するのか……。

宮城県角田市にある福應寺毘沙門堂には、ムカデを描いた絵馬が実に23,477枚も奉納されているという。この地域では養蚕がさかんだったが、その養蚕の大敵はなんといっても蚕を食べるネズミ。ネズミがムカデを嫌うという言い伝えがあり、「ネズミ除け祈願」として奉納されたのが由来だという。

これらのムカデ絵馬が展示される貴重なイベントがあると耳にした。宮城県多賀城市、国府多賀城駅に隣接する「東北歴史博物館」で、2014年12月13日から開催される「重要有形民俗文化財福應寺毘沙門堂奉納養蚕信仰絵馬」がそれである。江戸時代後期から昭和50年代までに奉納されたムカデ絵馬のなかから、50枚ほどを厳選して公開するという。どんなムカデたちに出会えるのか、なんとも気になる。

今回、東北歴史博物館の方に展示内容についてのお話を聞くことができた。

――福應寺毘沙門堂に奉納されたムカデ絵馬の中にはどんな種類のものがあるのでしょうか?
これらの絵馬は、養蚕農家が、養蚕の豊作を祈願して納めた物です。多くはムカデの姿を描いたものですが、一部には文字で『百足』と書かれた物もあります。信仰する人は、毘沙門堂の春のお祭りに参拝して絵馬を一枚借り受け、豊作となると翌年のお祭りの際に絵馬をもう一枚加えて、2枚にして奉納します。これを"倍返しの習俗"といいますが、これによって加速度的に絵馬が増えることになります。
絵馬をもう一枚作る際、専門の絵師に書いてもらう事もあるようですが、同時に前の絵馬を手本に書いたものもあるようです。そのため、描かれる絵柄にもいくつかの傾向があります。今回の展示ではその傾向に基づいた分類により、12の画題に分けて展示を行います。

なるほど、"倍返しの習俗"によって2万を超える数の絵馬が存在するわけか。しかもそれぞれのムカデにかなり個性があるようだ。

――それだけ大量の貴重な絵馬が、これまで失われずに保存されてきたのはなぜでしょうか?
実は、絵馬は先に述べたようなかたちで奉納されていましたので、昭和30年代までは、うずたかく積み上げられていて、その量は現在の倍以上あったようです。失われた絵馬も大量にありましたが、平成の初めの頃、この重要性に気が付いた地元の人たちにより整理分類され、保管され現在に残されました。

ちなみに、福應寺毘沙門堂の絵馬は2012年に国の重要有形民俗文化財に指定されている。国に価値を見いだされるまで、大事に保存してきた地元の方々に感謝したい。

――展示を見に来る方におすすめしたい楽しみ方をがありましたらお知らせください。
ムカデというとちょっと怖いイメージですが、福應寺毘沙門堂に奉納された絵馬は、ネズミ除けの大切な神さまとして信仰されました。いかにもネズミが逃げ出しそうないかめしいムカデから、少しかわいらしく描かれたムカデまで、いろいろな姿をしています。たくさんのムカデの描かれ方から信仰の様子を見ていただけると幸いです。

展示の開催期間は、2014年12月13日(土)から2015年3月1日(日)まで。国府多賀城駅は、JR仙台駅から東北本線に乗って15分ほどの距離。近くにお越しの際はぜひ立ち寄ってみて欲しい。
(スズキナオ)