戦慄試算! 「残業代ゼロ」対象500万人で39歳は203万円収入ダウン

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■年収1000万円以下でも適用

労働時間規制の適用除外制度、いわゆる「残業代ゼロ制度」の具体的な検討作業が厚生労働省の審議会で始まった(7月7日)。

現行の労働基準法は1日8時間、週40時間を超えて働かせる場合は1時間につき25%以上の割増賃金(午後10時以降の深夜残業の場合は+25%の計50%)を支払うことを義務づけている。

新たな制度は簡単に言えば、一切の残業代を支払う義務をなくそうというものだ。

ただし管理職(管理監督者)は残業代が出ないので、ターゲットは非管理職の主に20〜30代の若手社員ということになる。

安倍政権が打ち出した成長戦略(「日本再興戦略」改訂2014)では新制度の対象者について

(1)少なくとも年収1000万円以上
(2)対象者は職務の範囲が明確で高度の職業能力を有する労働者

の2つの要件が記載されている。

そして<労働政策審議会で検討し、結論を得た上で、次期通常国会を目途に所要の法的措置を講ずる>としている。

しかし、年収1000万円以上の給与所得者は管理職を含めて3.8%しかいない。これでは対象者が限定され、新制度の効果が薄い。経営側は審議会の場で年収を引き下げるなどして対象者を拡大することを狙っている。

審議会は経営側委員、労働側委員、公益委員の3者で構成されるが、経営側委員の一人は

「年収1000万円以上になると中小企業では制度をまったく活用できない。中小企業を含めて多くの働き手が対象になるようにしてほしい」

と、早くも本音をさらけ出している。

また、経団連の榊原定征会長も

「全労働者の10%程度が適用を受けられる制度にすべき」

と記者会見で述べている。

労働者の10%といえば、500万人程度になる計算だ。

じつは労働時間の適用除外制度の創設を強く主張してきた政府の産業競争力会議は「主に現業的業務」「主に定型的・補助的業務」「経験の浅い若手職員層」を除くホワイトカラー(総合職)を対象にするように提案している。

いわゆるブルーカラーと一般事務職、入社間もない新人以外の労働者を対象にせよ、と言っているのだが、この人数も全労働者の10%程度と見ているようだ。

■対象業務・職種は企業が勝手に決める

ところで年収ともう一つの要件である「職務の範囲が明確で高度の職業能力を有する労働者」だが、具体的にどんな人を指すのか曖昧だ。

厚生労働省サイドは金融のディーラーなど特定の専門家を想定しているが、審議会の経営側委員はこう要望している。

「専門的業務の中には、アクチュアリー(保険数理人)、与信判断業務、投資銀行業務、M&A業務、市場動向調査をはじめとする業務もあるほか、IT分野では技術の進歩も激しく、データサイエンティストなど様々な専門家も誕生している。対象業務については基本的に個別企業の労使に委ねて幅広く対象とする配慮が必要だ」

つまり、対象業務・職種は法令で決めるのではなく、企業独自に決めるようにするべきだというもの。年収を引き下げ、対象業務の拡大を求める経営側の要求が通れば、20〜30代のホワイトカラーの残業代が消えてなくなることになる。

では、実際にはいくらの残業代をもらっているのだろうか。まず、計算にあたって月給と残業1時間当たりの割増賃金を知る必要がある。

月給は厚労省の「賃金構造基本統計調査」をもとに推計した大卒・男性の残業代を含まない30代の年齢別の平均月給(所定内賃金=産労総合研究所推計)。

次に2013年度のパートを除く一般労働者の法定内の月間平均労働時間は約155時間(毎月勤労統計調査)となっている。

この数字をもとに25%割増の1時間当たりの残業代を計算すると以下のようになる。

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平均月給 1時間当たりの割増賃金
30歳 約28万円 2258円
31歳 約29万円 2338円
32歳 約30万円 2419円
33歳 約32万円 2580円
34歳 約34万円 2741円
35歳 約35万円 2822円
36歳 約37万円 2983円
37歳 約38万円 3064円
38歳 約40万円 3225円
39歳 約42万円 3387円

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■企業は計2兆円の削減効果

では毎月どのくらい残業しているのか。

一般労働者の平均は14.5時間となっているが、30代は仕事の責任と負担が大きく他の世代に比べても残業時間は長いはずだ。

総務省の労働力調査(2012年)によると、週20時間以上も残業している30〜39歳は20%もいる。月間で80時間以上になる。

また、転職サイト「Vorkers」を運営するヴォーカーズが約1万8000人の回答をもとにサラリーマンの残業時間に関する調査(2013年6月以降)を発表している。それによると、31〜39歳の月間平均残業時間は50時間前後で推移している。

50時間で計算した場合の31歳の月間残業代は、11万6900円。35歳は14万1100円。39歳は16万9350円になる。つまり残業代がなくなればこれだけの収入が減ることになる。

年収換算では、以下の金額が消えてなくなることになる。

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31歳 140万2800円
35歳 169万3200円
39歳 203万2200円

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これだけの収入が減れば、私たちの暮らしは当然苦しくなるだろう。

一方、経営側にとっては大幅な人件費の削減につながる。前出の毎月勤労統計調査の一般労働者の所定内賃金が約30万円、月間平均残業時間14時間で計算すると1人当たりの年間残業代は40万6350円。これに経済界が要求する全労働者の10%である500万人を乗じると、全体で年間2兆円以上の削減効果が期待できる。

今年の春闘は安倍政権の賃上げ要請もあって昨年に比べて1127円アップの6217円と久々に賃上げ率2%を超えた(従業員300人以上。労働組合の連合集計)。だが、残業代の削減は仮に1万円の賃上げでも追いつくものではない。

加えて、現在、政府は30%台半ばの法人税を29%台まで、約5%を引き下げる方向で調整している。税率を1%下げると税収が5000億円近く減るという。5%引き下げると企業にとっては2兆円強のコスト削減効果が生まれる。

別に企業の税制優遇を非難するわけではないが、法人税を削減し、それに匹敵する残業代まで削減することになると、“会社が栄えて社員滅ぶ”ではないが、しわ寄せを受けるサラリーマンは踏んだり蹴ったりということになってしまう。

(溝上憲文=文)