かかりやすい病気の値段

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日本人の死亡原因( 厚生労働省「2010年人口動態統計」)は男性の場合、1位がん、2位心臓病(心疾患)、3位肺炎、4位脳卒中(脳血管疾患)。女性はがん、心臓病、脳卒中、肺炎の順で多く、4疾病による死亡者数が全死亡者数のおよそ65%を占める。つまり男女を問わず、かなりの確率でこれらの病気と命を懸けて闘うことになるわけだ。

そこで心配になるのが「病気の値段」。治療にはいくらかかるのだろう。表を見ていただきたい。手術前・術中・術後まで含めた「周術期」にかかる医療費は罹患率が高い胃がんで124万円、死亡率の高い肺がんで159万円(約8割を占める非小細胞肺がん)、脳梗塞、脳出血などの脳血管疾患で150万円が目安。さらに、抗がん剤などで治療する場合は年間92万円かかる。

命を救うためとはいえ驚くような「値段」だが、これらの病気には健康保険(医療保険)が適用され、病院の窓口負担は3割で済む(※1)。

それでも胃がんでかかる医療費124万円に対する窓口負担分は37万2000円にもなるが、治療費が一定の金額を超えた場合には「高額療養費制度」が利用できるので、70歳未満の一般的な所得(月収53万円未満など)の人では28万2170円の高額療養費が還付されて実際の負担は8万9830円、高所得者でも15万7400円になる(※2)。

※1 70〜74歳の高齢者は2割、75歳以上は1割(両者とも現役並みの所得者は3割)。
※2 70歳以上は高額療養費の上限が4万4000円、現役並み所得者は70歳未満の一般的な所得の人と同じ計算式が適用される。

しかし、一時的とはいえ40万円近い支払いは大変。そこで事前に加入している健康保険組合から「限度額適用認定証」を取り寄せておこう。窓口で提示するだけで8万9830円の支払いで済む。また直近の12カ月間に3回以上高額療養費の支給を受けたときは、その月の負担の上限額が一般で4万4400円、上位所得者で8万3400円に引き下げられること、同じ保険を使う家族の中で療養中の人がいれば合算して制度の適用を受けることができることも知っておきたい。

高額療養費制度は患者にとってありがたい制度だが、窓口に支払うすべての費用に適用されるわけではない。医療ジャーナリストの田辺功さんによれば「入院時の食事代、差額ベッド代、先進医療代には適用されません。通院時の薬代、通院の交通費、病室に備え付けられた有料テレビ代も自己負担ですね」。また高額療養費の支給は月の初めから終わりまでの暦月単位で行われるため、「月をまたいで治療した場合の自己負担額の合算はできません」(田辺さん)。例えば9月中にすべての治療が終わって124万円請求されたのであれば窓口負担は8万9830円で済むが、同じ1カ月でも9月と10月にまたいで治療が行われ62万円ずつ請求された場合は、9月と10月に8万3630円ずつ払わなければならない。治療が長引けば高額療養費制度を利用したとしても負担は重くのしかかる。

手術後の身体機能回復の鍵を握るリハビリテーションの重要性も、もっと認識されるべきだと田辺さんはいう。「リハビリ設備や理学療法の専門家が不足していて遅れ気味です。評判のよいリハビリ施設ほど混雑していて1カ月待ちということもある。でも、それでは手遅れ。夫なり妻なりが倒れたときはリハビリまで想定して病院を決めるべきです」。

■介護は最初の半年で200万円必要

リハビリで回復できればよいが、退院後に介護が必要になることも多い。現役世代は親の介護と、自分たち夫婦の介護を考えることになる。

「差し迫った課題は親の介護ですが、一番軽んじられているのは、どの時点で死を考えるかということ」と介護の現場にも詳しい淑徳大学准教授の結城康博先生は指摘する。

「今の医療技術では突然死でない限り、胃に栄養を入れる胃ろうや人工呼吸器をつけることで命を救うことはできるので、10年くらい寝たきり生活が続くこともありうる。でもそれでは家族の負担ばかりが増えて介護疲れしてしまいます。そこで本人が意思表示できない場合は医師任せにせず、家族や兄弟で尊厳死を考える必要がある。できれば親が元気なうちに決めておくべきでしょう」

そこまで深刻な状態に陥らなくても、親が倒れただけで家族に危機が訪れる。結城先生によれば救急車で運び込まれた大学病院や総合病院は20日程度、長くても1カ月以内に退院させられ、転院先の中小病院で治療を受けながらリハビリを行う場合は毎月総額18万〜25万円程度の費用がかかるという。本人が厚生年金を受け取っていれば5万円程度の差額の負担はなんとかなるが、国民年金では差額が15万円程度にもなる。しかも転院先の病院でも3〜5カ月以内に再転院を促され、その先が見つからなければ在宅介護になる。共働き夫婦なら片方が仕事を辞めざるをえなくなり、収入は半減するだろう。しかも結局、在宅介護に踏み切るまでの半年間で150万〜200万円の費用がかかることを覚悟しておかなければならない。

在宅介護ができないときは介護施設の世話になるのだが、ここでもお金の壁に突き当たる。入居型施設には有料老人ホーム、特別養護老人ホーム(特養)、介護老人保健施設(老健)、介護療養型医療施設(療養病床)、今後の拡大が期待されているサービス付き高齢者向け住宅(サ高住)などがある。

有料老人ホームに入居できるだけの財力があれば介護の問題の多くが解決するが、そうでないときは他の施設を検討することになる。特養は介護保険が利用できて費用が安価だが、要介護度が3〜4以上(中度から重度)でないと後回しにされがちだし、待機者が多く入居には1年以上もかかることが珍しくない。老健は要介護者の帰宅を目指す施設なので長期利用を前提としていないし、治療を受けながら自宅復帰を目指す療養病床は18年3月末で廃止されることになっている。サ高住は、バリアフリーなど高齢者が暮らしやすい配慮のある賃貸住宅のことで、介護事業所が併設されているので訪問介護や訪問看護を利用することができる。どの施設にも利用のしやすさや費用面で長短があり、親の状態、経済状態を見ながら選ぶしかない。

在宅介護も低廉というわけではない。自分たちで何でもやれればいいが、介護できる家族がいない場合は、訪問介護でまかなえない部分を私設ヘルパーに依頼するしかない。日中の世話を毎日お願いすることになると月30万円はかかる。高額に思えるが、有料老人ホームの月額費用と同等なので、お金がある人は選択肢の一つとして考えることができる。

介護施設や費用の問題は、自分たち夫婦にもそのまま当てはまる。

「退職後は旅行に行きたい、趣味を楽しみたいと、お金をどんどん使ってしまうと、介護状態になったときに行き詰まってしまいます。80歳になったとき1人1000万円の貯金を残しておきたい。夫が先に倒れるケースが多いので、そこで貯金を使い果たすと妻の分がなくなってしまいます」(結城先生)

(山本信幸=文)