【戸塚啓コラム】アルゼンチンにあって、オランダになかったものは？
どちらが勝ってもおかしくないゲームだった。逆説すれば、どちらのチームも敗戦と背中合わせだったわけである。
アルゼンチンにあって、オランダになかったものは？
局面を打開する個？
アルゼンチンにはメッシがいるが、オランダにもロッベンがいる。準々決勝までの存在感は、ロッベンが上回っていたと言ってもいいぐらいだ。
ファンペルシーとイグアインなら、前者が結果を出ている。しかし、この日のファンペルシーはガライにほぼシャットアウトされた。
守備を引き締めるセントラルＭＦ？
それこそは、勝敗の分かれ目である。
アルゼンチンには、マスチェラーノがいた。最終ラインを巧みにサポートし、ビルドアップも担う背番号14は、この試合のマン・オブ・ザ・マッチにふさわしい。ＰＫを2本止めたＧＫロメロの活躍も、マスチェラーノの圧倒的な活躍があればこそだ。
危ないと思う場面には、いつも彼がいた。チームメイトがロッベンをもてあますと、すぐさまカバーした。
前半から守備の綻びを巧みに埋めたが、後半終了間際のワンプレーは千金の重みを持つ。ペナルティエリア右から侵入してきたロッベンのシュートを、スライディングでブロックしたのだ。
１秒でも遅れていたら、ＣＫへ逃げることはできなかったかもしれない。シュートがＧＫを襲い、セカンドボールがゴール前へこぼれたかもしれない。アルゼンチンがオランダからつかんだ勝利は、マスチェラーノの勝利と言ってもいい。
準決勝のパフォーマンスから判断すれば、アルゼンチンがドイツを下すのは難しい。だが、ＰＫという劇薬でつかん勝利は、アルゼンチンを覚醒させるかもしれない。
4人目のキッカーとして登場したマキシ・ロドリゲスのＰＫが決まると、アルゼンチンは歓喜を爆発させた。メッシも例外ではなかった。敗戦を覚悟する気持ちを、心の中から必死に締め出そうとしていた者が見せる感情の解放だった。
大会前のアルゼンチンは、攻撃力を何よりの強みとするチームと目されていた。メッシ、イグアイン、アグエロの３トップにディ・マリアが絡む攻撃は、遅攻からも速攻からも相手守備陣を攻略できるとの評価を集めた。
ファイナルまでの道のりは、戦前の見立てと明らかに異なる。準々決勝までの5試合はすべて１点差で、オランダ戦を含めた6試合のうち４試合が無失点だ。攻撃力を評判としながら鉄壁の守備力で初の世界制覇を成し遂げた、4年前のスペインの姿が重なる。
グループステージでは攻撃陣がチームをけん引し、決勝トーナメントではディフェンスの踏ん張りが勝利を呼び込む。いまのアルゼンチンは攻守が噛み合った状態にあり、僅差の攻防へ持ち込むことができれば必殺の武器が生きる。
メッシだ。
「得点王より優勝」と公言する男は、クリスティアーノ・ロナウドもネイマールもいなくなった大会で、最後にとびきりの輝きを放つかもしれない。このところ決定的な仕事量が減っている男を、死地からの生還──ＰＫ戦によるファイナル進出──が目覚めさせると思うのである。
1968年生まれ。'91年から'98年まで『サッカーダイジェスト』編集部に所属。'98年秋よりフリーに。2000年3月より、日本代表の国際Aマッチを連続して取材している
