高校通算49本スラッガー「櫻井ユウヤ」は千葉ロッテの救世主となるか? あと一歩で甲子園を逃した「昌平高校」時代を本人が振り返る
昨年行われたドラフト会議で、埼玉の昌平高校から千葉ロッテマリーンズの4位指名を受けた櫻井ユウヤ選手は、身長180センチ、体重90キロの鍛え抜かれた身体を生かし、高校通算49発を放ったスラッガーだ。「将来は本塁打王を目指したい」と意気込む櫻井選手に、これまでの歩みや、これから歩み始めるプロ野球選手としてのキャリアについての思いを伺った。【取材・文=白鳥純一】
【写真】昌平高校から千葉ロッテへ…櫻井ユウヤ選手の“本塁打王を目指せる”バッティングフォーム
タイにルーツも「辛いものは苦手」
タイ人の両親を持つ櫻井選手は、2007年に栃木県の那須塩原市で生まれ、両親の離婚後はタイ料理店を営む母のリンダさんと兄の三人で、夢に向かって邁進してきた。

「タイについてよく聞かれるんですけど、実は僕は小さい頃に一度しか行ったことがなくて……。タイ語も話せませんし、辛い食べ物もそんなに食べないので、個人的には、『日本で生まれ育った周りの選手たちとさほど変わりはないのかな』と感じています」
生まれた時から日本で過ごし、当初は「サッカーに夢中だった」という櫻井選手が野球と出会ったのは、小学校3年生の時。2歳上の兄の影響だった。楽しそうにプレーしている兄の姿を羨ましく感じた櫻井少年は、兄と同じチームに入り、投手に加えて捕手や三塁手としてもプレーし、八面六臂の活躍を見せた。地元の公立中学では投手としてプレーし、実力を伸ばし続けた櫻井選手は、やがて高校での県外進学を考えるように。「たまたまYouTubeで動画を目にし、雰囲気の良さそうな校風に関心を持った」という昌平高校に自ら連絡し、練習会への参加や試験を経て、入学の運びとなった。
長打力を磨き続けた3年間
高校に入学した当初は投手だったものの、持ち前の長打力が評価されたことや、「野手の方が早く試合に出られるのでは……」との思いから、1年の春には野手に転向。将来は長距離打者として活躍することを目標に、練習に励み続けた。
1年生の夏に早くも三塁のレギュラーを掴むと、甲子園出場を懸けた埼玉県予選にも出場。
「優しい先輩方ばかりなので、『打てなかったらどうしよう』と不安を抱え込むことはなくて。心強い皆さんを頼りにしつつも、全力でプレーすることを心がけました」
と振り返る予選では、準決勝で1学年上の石塚裕惺選手(現、巨人)らを擁する花咲徳栄高校と対戦するも、わずかに力及ばず(6対7)。レベルアップの必要性を痛感させられた。
「監督やコーチからさまざまな課題を提示される中で、自分はどうすればいいか。仲間と一緒に頭を使って練習に取り組んだ日々は、僕にとってかけがえのない経験になったと思いますし、今後の野球人生にも役立ちそうな大きな財産を手にできたような気がしています」
自分らしくバットを振り抜けた
昌平高校は2年連続花園行きを決めたラグビー部や、年明けの選手権で存在感を示したサッカー部など、近年はスポーツにおける功績が目覚ましいが、その好成績を支えているのが、生徒の自主性を尊重し、社会性を引き出す指導方針にある。
櫻井選手が籍を置いた選抜アスリートクラスには、高校サッカーで注目を集めた山口豪太選手(湘南ベルマーレに入団)、長璃喜選手(おさ・りゅうき/川崎フロンターレに入団)らも在籍しており、競技の違いはありつつも、それぞれの置かれた境遇や進路について相談することもあったそう。
多彩な活躍を見せる同級生の刺激を受けつつも「苦手にしていた守備や、打撃力を伸ばすための方法を考えながら練習に取り組んだ」という櫻井選手は、1年生の秋から4番に座ると、3年間で49本塁打を積み重ね、高校球界きってのスラッガーとして注目を集める存在になった。
「56本塁打の吉野創士さん(現、東北楽天)をはじめ、『たくさんの本塁打を放っている先輩の皆さんに追いつけるように』と頑張ってきました。自分としては『もっとできたのでは……』と感じる部分もありますが、自分らしい形でバットを振り抜けたことが結果に繋がったのかなと思います」
主将の重圧で不振も経験した
自身の打撃についてやや謙遜気味に語る櫻井選手だが、2024年春からは高校野球で「ボールが飛びにくい」と言われる低反発バットの導入が決定。長距離打者としては不利な状況に追い込まれたが、2年生の冬頃から始めた瞬発力を高める筋力トレーニングや、外野を全力で走り抜ける「ポール間走」に取り組んで足腰を鍛え、飛距離の出る打撃を模索してきた。
主軸打者としてレベルアップに励んだ櫻井選手の活躍もあって、2年生夏の県大会(2024年)は決勝に駒を進めるも、花咲徳栄高校に延長タイブレークで敗れ(9対11)、悲願の甲子園出場を果たすことはできず。櫻井選手をはじめとするナインは涙に暮れた。
その後に発足した新チームでは、櫻井選手が主将に就任。「チームの顔であり、自身のプレーでチームを引っ張れるように意識した」と最終学年を振り返るが……。2025年の春頃はチームの勝敗を背負う重圧から、打撃不振に陥ったこともあったそう。
だが、不用意なボール球に手を出し、自身の打撃を見失っていた状況でも周囲の意見に耳を傾けて基本に立ち返り、復調を遂げた。
「OBの皆さんの応援を背にグラウンドに立つと、学校の伝統を感じることもありましたけど、プレッシャーを感じすぎても良い結果は生まれませんから、『とにかく後悔のないように……』との思いで、試合に臨みました」
前向きにチームを引っ張った
そう振り返る昨夏の県予選では、毎年苦杯を舐めてきた花咲徳栄高校と4回戦で再び顔を合わせた。接戦が続く試合は、前年に続きタイブレークに突入。同点で迎えた延長10回に、櫻井選手の前を打つ諏江武尊選手(3年)の満塁本塁打が生まれて、長年苦しめられてきた相手を退けた。
その後も勢いに乗り、チームは2年連続で決勝に進出。同じく甲子園初出場を目指す叡明高校との試合に臨んだ。
「みんながチャンスを回してくれたのに、いずれも凡退してしまって、今でも悔しさが残っています」
第一打席、第二打席はいずれもランナーのいる場面で打ち取られ、櫻井選手は唇を噛んだが、同点で迎えた第3打席で、夏の大会第一号本塁打を左中間上段に叩き込み、勝ち越しに貢献。ベンチに戻った櫻井選手は絶叫し、チームを鼓舞した。
「1年生の時から試合に出してもらう中で、チームメイトに前向きな言葉をかけながら、元気よく前向きにチームを引っ張っていく大切さを学びました」
だが、チームは6回に逆転を許すと、9回にも追加点を奪われ、2対5で敗戦。あとわずかのところで甲子園出場の夢を掴み取ることはできなかった。
応援が楽しそうな千葉ロッテに入団
「僕らは残念ながら夢を叶えられませんでしたが、昌平高校のOBとして、甲子園でプレーする後輩たちの姿をいつか見たいと思っています。僕らが及ばなかった分も実力を磨いて、全国の強豪校に勝てるような未来が訪れることを楽しみにしています」
そう後輩たちにエールを送る櫻井選手は、「最も熱心に声をかけてくださった」千葉ロッテの一員として、新たなスタートを切る。
「千葉ロッテは『応援が楽しそうな球団』というイメージを抱いています。不器用なところはあると思いますが、まずは怪我をせずに1年間プレーすること。そして1日でも早く1軍に上がり、熱いファンの皆さんに勝利を届けられるような選手になることを目標に頑張っていきたいです」
「将来はチームの看板を背負い、誰にも負けない長所を持つ選手になりたい」と意義込む18歳は、昨季は得点力不足に苦しみ、8年ぶりの最下位に沈んだチームの起爆剤となれるだろうか。
取材協力/秋山高志
ライター・白鳥純一
