アメリカでは2018年にスポーツ賭博全般を規制する法律が違憲だとされて以降、多くの州でスポーツ賭博が合法化されています。スポーツ賭博の合法化には、違法なギャンブルや詐欺の抑制、観光産業やエンターテインメント業界の振興、税収の増加といったメリットが見込まれていますが、公共政策シンクタンク・Manhattan Instituteの研究員であるチャールズ・リーマン氏が「スポーツ賭博の合法化は大きな誤りだった」と主張しています。

Legalizing Sports Gambling Was a Huge Mistake - The Atlantic

https://www.theatlantic.com/ideas/archive/2024/09/legal-sports-gambling-was-mistake/679925/



アメリカでは1992年以降、Professional and Amateur Sports Protection Act(PASPA:プロフェッショナルおよびアマチュアスポーツ保護法)の下で、ほぼ全面的にスポーツ賭博は禁止されていました。あくまで個人の間でスポーツの勝ち負けに賭けることはできたものの、政府や企業がそこから利益を得ることはできませんでした。

ところが2012年、アメリカ東海岸最大規模のカジノがあるアトランティックシティを擁するニュージャージー州が、2012年にスポーツ賭博の合法化に踏み切りました。これに対し、全米大学体育協会はPASPAに違反しているとして訴訟を起こしましたが、ニュージャージー州はPASPA自体が州の主権を侵害していると反論。訴訟は最高裁判所に持ち込まれ、2018年に「PASPAはアメリカ合衆国憲法修正第10条に違反している」という判決が下りました。

PASPAがなくなったことにより、各州は相次いでスポーツ賭博の合法化を決定。ゴールドマン・サックスの推定によると、PASPAの廃止から1年以内にアメリカ人が1カ月に賭ける金額は約5000万ドル(約71億円)に達し、2023年後半には月間10億ドル(約1420億円)を超えたとのこと。



記事作成時点で、スポーツ賭博が引き続き違法となっている州は10以上ありますが、38の州で合法化されています。合法化の時期は州によって異なるため、社会学者はスポーツ賭博の影響について合法化した州と非合法のままの州を比較したり、合法化の前後で起きた変化を調査したりすることができます。

リーマン氏は、近年発表された複数の論文で憂慮すべきパターンが確認されたとしています。2024年7月に発表された1つ目の報告は、各世帯がスポーツ賭博に1ドル(約142円)費やすごとに投資口座に入れる資金が2ドル(約284円)減少することが報告されています。また、クレジットカードの支払いが滞ったり、限度額を超過したりするリスクも高まることや、その影響がすでに経済的に不安定な世帯で特に強いことも確認されたとのこと。

2024年8月に発表された2つ目の報告では、オンラインのスポーツ賭博が合法化された州では家計が破産するリスクが25〜30%増加し、債務支払いの延滞も増えることが報告されています。この影響は平均所得の低い郡に住む男性に集中しているそうで、やはりスポーツ賭博が貧困層に悪影響を及ぼすことが示唆されています。

さらに、オレゴン大学の経済学者らが2024年9月に発表した論文では、「スポーツ賭博の合法化によって家庭内暴力が増加する」という予期せぬ結果が明らかになっています。過去の研究では、NFLのホームチームが逆転負けすると男性がパートナーに暴力を振るう可能性が10%増加することがわかっていましたが、この影響はスポーツ賭博が合法である州だとさらに大きくなるとのことです。



リーマン氏は、「研究のデザインにより、これらの結果はスポーツギャンブルが何と相関しているかだけでなく、何を引き起こすかを明らかにしています」とコメント。多くの人々は娯楽としてほんの少額を賭けて満足できるかもしれませんが、中には強迫的にのめり込んで借金や破産に至り、家庭内暴力やうつ病などにつながるリスクがあります。低所得世帯が本来であれば家を買ったり、学位を取得したり、借金を返したりするために使えたはずの資金をスポーツ賭博に使ってしまうことも問題です。

また、スポーツ賭博の合法化は州にとって大きな税収をもたらすことはなく、合法化した38州すべてを合わせても四半期ごとの税収は約5億ドル(約700億円)程度です。これは、アルコールやタバコ、マリファナといった嗜好(しこう)品よりも少ない額となっています。さらに、少なくともマサチューセッツ州ではスポーツ賭博の合法化後も違法な賭博サイトが弱体化しなかったため、「違法な市場を弱体化させる」という目的すら達成できていませんでした。

このように、スポーツ賭博の合法化による利益はほとんどない上に悪影響ばかりが大きいため、テキサス州やカリフォルニア州など依然としてスポーツ賭博が非合法の州では、このまま合法化するべきではないとリーマン氏は考えています。また、すでに合法化してしまった州でも、非合法に戻す価値は十分にあると主張しています。

リーマン氏は、「もしも各州が『民主主義の実験室』であるならば、スポーツ賭博の合法化に関する実験結果は一様に否定的です。苦しみを長引かせるくらいなら今すぐ研究を終わらせた方がいいでしょう」と述べました。