辻村深月のベストセラー小説が原作の映画『傲慢と善良』の真実を演じて、自分を少し許せるようになったと感じたという奈緒さん(撮影:長田慶)

奈緒のキャリアは、高校時代に通学路でスカウトされたことから始まり、モデルやリポーターとしての道を歩み始めた。しかし、彼女の運命を決定的に変えたのは、その約1年後に偶然参加した演技のワークショップだった。お芝居の世界に強く惹かれた奈緒は、俳優として生きることを心に決めた。

内に秘めた底知れぬ強さ

20歳で福岡から上京した彼女は、NHK連続テレビ小説『半分、青い。』(2018年)でヒロインの親友役に抜擢され、一躍注目を集めた。今や、奈緒は日本の映画・ドラマ界に欠かせない存在となり、2024年には4本の映画(そのうち2本で主演)、3本のドラマで主演を務めるまでに成長した。その卓越した演技力とともに、内に秘めた底知れぬ強さが、業界を牽引する俳優として確固たる地位を築いている。

そんな奈緒に、表現者としての成長を支えるインプットや習慣について尋ねると、彼女は少し考えた後に静かに語り始めた。


(撮影:黒木早紀子)

「そうですね、知らない人と話すことがとても大事だと思っています。台本に描かれた誰かを、その瞬間だけ生きるのが私たちの仕事なので、いろんな人と積極的に話すように心がけています。ジャンルの違う方や、異なる国や価値観を持つ方との交流も、大切にしていますね」

その言葉を裏付けるかのように、取材の合間にも奈緒は、初対面のカメラマンと会話を交わし、今年新たに手に入れたライカのカメラの話題で盛り上がっていた。その飾らない笑顔は、周囲のスタッフの心を自然とほぐし、彼女の温かな人柄が場を包み込んでいく。

外の世界に踏み出す勇気

奈緒は、自分のコミュニティーを深く理解しているからこそ、新たな価値観を得るためには、その枠を超えて外の世界に踏み出す必要があると感じている。

「新しい視点が欲しいときは、今の環境を意識的に離れて、まるで旅に出るように、さまざまな人との対話を大切にしています。新たな発見は、いつも自分の慣れた場所から一歩踏み出した先にあるような気がしていて」


(撮影:長田慶)

また、そういった新しい出会いの中で、どのように自分を守っているのかも気になるところだ。

「私はまず警戒心を一度取り払ってから臨むことが多い。もちろん、自分を守ることは大切です。たとえば、どこかに行くときには信頼できる人に一緒に来てもらうこともあります。ただ、会話をする際には最初から鎧を着けないほうが、より深い対話ができると思っているので、できるだけ警戒心を外して、本音で話すようにしています」

奈緒が語る「警戒心を取り払う」という姿勢の裏には傷つくことへの恐れや不安も少なからずあるはずだ。それでも彼女は、鎧を脱ぎ捨て本音で向き合う。この姿勢こそが、彼女の演技にリアリティと深みを与え、多くの視聴者を魅了する要因のひとつかもしれない。

奈緒が挑む話題作『傲慢と善良』


(C)2024 映画「傲慢と善良」製作委員会

奈緒が挑戦する最新作、映画『傲慢と善良』は、辻村深月のベストセラー小説を原作とした注目の実写化作品だ。この小説は、発行部数100万部を突破し、リリースによると「人生で一番刺さった」と多くの共感を集めているそうだ。9月27日(金)に公開される本作は、マッチングアプリで出会った二人の恋愛を軸に、現代のリアルな恋愛観と価値観を男女それぞれの視点から描いている。

物語は、結婚を目前に控えた架(藤ヶ谷太輔)と真実(奈緒)の恋愛が、真実の突然の失踪によって暗転し、彼女の過去と隠された嘘が明らかになっていく恋愛ミステリーだ。奈緒が演じる真実は、架の婚約者でありながら母親の影響から逃れられず、消えるという選択をした女性。彼女の知りたくなかった過去と嘘が次々と明らかにされていく。奈緒自身もこの役に深い共感を寄せており、真実の行動を善悪で判断せず、なぜ彼女がそう考え、行動したのかを理解することを大切にして演じた。


(C)2024 映画「傲慢と善良」製作委員会

「真実にとって家族の存在が非常に大きくて、切り離せないものであるという部分に共感しました。私も母と一緒に住んでいるので、大人になっても家族が近くにいると、なかなか自分一人で決められないことが多かったんです。真実のお母さんとは違いますが、“家族にどう思われているか”を気にするところは、自分自身にもすごく重なる部分がありましたね」

このキャラクターを深く掘り下げた奈緒は、真実が抱える葛藤についても考察を深めている。「彼女は、人からどう見られているかというイメージと、自分がどうしたいかの間で苦しんでいる人だとも思います。最終的に自分を見つけることが目的なんです」。

奈緒が、公式インタビューで「自分を好きになれなくて蓋をしたい気持ちを、この『傲慢と善良』という言葉が救ってくれた」と語った背景には、こうした真実の内面に対する深い理解があったのだ。

「例えば、誰かに点数をつけてパートナーを選ぶというような表現を聞くと、その言葉に少し傲慢さを感じてしまうことがありました。そのため、その言葉に対して違和感や居心地の悪さを覚えていたんです。でも、人間にはそういう傲慢な部分があるものだと、作品を通じて理解できたんですね」


(撮影:長田慶)

この作品を演じ終えた後、奈緒は自分を少し許せるようになったと感じたという。

「自分を許せるようになったことに気づき、もっと早くこの原作に出会いたかったと思いました。これからは自分の中の傲慢な部分を『これは私の傲慢さだ』と受け入れて、そこから行動を変えていくことができる気がしています。自分の思考や行動についても、手放したり蓋をしたりするのではなく、自分を受け入れることで、新たな希望を感じられる気がします」

奈緒が語る婚活アプリのリアルな一面

奈緒は、今回の役作りで特別な準備をする必要はなかったという。それは、マッチングアプリや婚活が彼女の身近な環境では、当たり前のものになっているからだ。

「私くらいの年齢だとマッチングアプリや婚活が周りでは普通に話題に上がるくらい身近なものでしたので、本当に今の時代の話だなと感じました」

さらに、奈緒の親友が婚活アプリで出会った相手と結婚したことも、この作品をリアルに感じさせる要因となった。

「実際に親友が婚活アプリで出会った方と結婚したので、とても身近な話に感じていました。真実と架は婚活アプリで何人ぐらいの人と会ったのか、その数が多いのか少ないのかという感覚は、実際にやってみないとわからないですよね。その点について、監督も含めてみんなで話し合いましたが、改めて人によって感覚はさまざまだと思います」


(撮影:長田慶)

このように、奈緒は作品を通じて、現代社会における自由な選択がもたらす葛藤やプレッシャーについてもメッセージを伝えたいと考えている。

「これから自分で選択することがどんどん増えていくと思いますが、自由に選べることが逆に自分を窮屈にしてしまうこともあります。選択の自由にストレスを感じることもありますし、時には真実のように誰かに決めてもらうほうが楽だと感じることもあります。でも、自分の中にある少し傲慢な部分や善良な部分に共感する方には、ぜひ劇場に足を運んでいただけたら嬉しいです」

「清純派」イメージを逆手に取る


(撮影:黒木早紀子)

奈緒は、俳優としてキャリアを築く中で、常に自己プロデュースを怠らず、次の仕事に繋げるための努力を惜しまない。その働き方について、彼女はこう語る。

「自分自身が一つの会社にならなければいけないと強く感じています。常に『何ができますか?』と見られていると思うんです。だから、次も一緒に仕事をしたいと思ってもらえるように、またはまだ仕事を一緒にしたことがない方に少しでも一緒に仕事をしてみたいと思ってもらえるように、自分の中でいろんなルールを築いていかないといけないと常日頃感じています」

さらに、奈緒が仕事を選ぶ際に大切にしているのは、まだ見ぬ自分への挑戦だという。

「未知の要素に特にワクワクします。新しい役に挑むたびに、新しい自分と出会えるのが楽しみです。時にはその役を自分が果たせるのか不安になることもありますが、クリエイターの皆さんが私に期待を寄せてくださるなら、その期待に応えたい」

現代は、SNSなどを通じて俳優の言動が広く人目に触れやすい時代だ。そんな中で、他人の評価や目線が気になることもあるはずだが、奈緒は自分のパブリックイメージについては、どう感じているのか。

「自分のパブリックイメージは全然気にしていません。それよりも、自分が発言したことが予想以上に多くの人に届く可能性がある仕事だということは自覚しています。だから、なるべく誰も傷つけないようにしたいと思っています。特に、自分の無知や責任を持たない言葉で誰かを傷つけてしまわないかということは常に怖く感じます。でも、そのことに気をつけた上で、私自身がどう思われるかについてはあまり気になりません」


(撮影:長田慶)

『傲慢と善良』というタイトルが示すように、作品のテーマは人の内面に潜む相反する感情や性質だ。奈緒には「清純派の代表格」というイメージがあるが、俳優としてそのイメージを超えてみたいと思うことはあるのか尋ねたところ、意外な答えが返ってきた。

「え、そうなんですか。私自身は自分を清純派だと思ったことはないんです! 私はとにかく面白いことが大好きで、仕事をする上で『面白いかどうか』が一番の原動力です。例えば、清純派だと思われているなら、黒幕の役をやったら驚いてもらえるかなぁ……って考えたりします。自分の印象を変えるというより、自分のイメージも含めてすべてを使って作品をどう面白くできるかを考えるのは楽しいです」

単に役を演じるだけではなく、作品全体を見渡すプロデューサー的な視点を持ち合わせているようだ。

「キャスティングが決まった瞬間から、すでに演出は動き出していると思うんです。自分がこの作品に選ばれた理由や、その作品においての役割を考えることが、役や仕事に取り組む上で最もワクワクする部分かもしれないです」

30歳の自分にエールを送る


(撮影:長田慶)

奈緒は、年齢を重ねても「ブレない自分らしさ」を持ち続けたいと強く願っている。そのためには、好きなことをやり続けることが何より大切だという。

「これから年齢を重ねても、自分らしさって結局『好きなことをやる』ってことだと思うんです。そして、その中で生じる大変さや苦しみも楽しむこと。それができれば、たとえ苦しいときがあっても、乗り越えられるんじゃないかな」

自分の選択や悩む時間さえも、自分を大切にするための欠かせないプロセスだと語る。

「私は、何かを選ぶときや、結果が出るまでの間は、どれだけ悩んでもいいと思ってるんです。その時間こそが、自分を大切にしている証だと思うから」


(撮影:長田慶)

30歳を目前に控えた奈緒は、これからの自分の理想像について静かに思いを巡らせている。

「今、29歳だけど、30歳の自分に対して一つだけ願うとしたら、今の私が想像する自分を超えてほしいということ。30代には、20代とは違う新しい自由が待っている気がしていて、もっと自分らしいスタイルを見つけながら成長し続けたいと思う。だから、今の自分を超えていけると信じて、『頑張れ』とエールを送りたい。少し他人事みたいに聞こえるかもしれないけど(笑)」

「自分を信じること、それがすべての始まり」。奈緒が自分を信じて楽しみながら歩み続ける姿が、どんな形で表現され、どのように広がっていくのか、ますます目が離せない。

ヘアメイク:masaki

スタイリスト:岡本純子

(池田 鉄平 : ライター・編集者)