あっぱれ「新型冷蔵庫」…!なんと「磁石が物を冷やす」衝撃の新技術

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「冷やすメカニズム」を根底から覆す冷蔵庫、意外な魚のおかげで完成した高温でも触れるレンガなど、なぜできたの? どうやって働くの? と、思わず頭をかしげてしまうようなびっくり発明の数々をご紹介してきた、本サイト人気連載「さがせおもしろ研究! ブルーバックス探検隊が行く」。

なんと、1世紀半近くにもわたって日本の産業支えてきた「産業技術総合研究所」の全面協力のもと、『「あっぱれ! 日本の新発明 世界を変えるイノベーション』として刊行!その中から厳選おもしろ発明をご紹介します。

今回は、冷やすメカニズムを根底から変える、磁気を利用した冷凍技術をご紹介しましょう! なんと、この技術を使った「革命的な冷蔵庫」が、実用化に向けて着々と開発が進んでいるそうです。

*本記事は、『「あっぱれ! 日本の新発明 世界を変えるイノベーション』(ブルーバックス)を抜粋・再編集したものです。

冷蔵庫の「本業」に「革命」が起きようとしている

どこのご家庭もそうだと思うが、冷蔵庫はしばしば「掲示板」の役割を兼ねている。税金の納付書、近隣の工事のお知らせ、イベントのチケット、そしてこの間までは新型コロナウイルスワクチンのクーポン券など、とりあえず磁石で貼りつけておくのに冷蔵庫は便利だ。冷蔵庫あるところに磁石あり、である。両者はとても相性がよい。

とはいえ掲示板は、あくまでも冷蔵庫の「副業」である。ところが、磁石がいま、冷蔵庫の「本業」にも役立とうとしている、という情報をキャッチした。それも「磁気冷凍」という破壊的イノベーションによって、冷蔵庫の歴史が大きく書き換えられようとしているというのだ。

かつて電化製品の「三種の神器」の一つとして戦後経済成長を支えた冷蔵庫に、もしそんな「革命」が起これば、そのインパクトはきわめて大きなものとなるだろう。はたして本当にそんなことが起こるのか?

われわれブルーバックス探検隊は情報の真偽を確かめるべく、そんな研究をしているという人物を探し当て、話を聞きにいった。愛知県は名古屋市にある産業技術総合研究所・中部センターの磁性粉末冶金研究センターで、エントロピクス材料チーム長をつとめる藤田麻哉さんだ。

冷蔵庫はなぜ「冷える」のか?

新技術の意義を理解するために、まずわれわれは、そもそも冷蔵庫がなぜ「冷える」のかを知らねばならない。話はそこからだ。

じつは、現在の冷蔵庫が冷えるのは「蒸気圧縮」という基本原理のおかげである。藤田さんによれば、この原理を最初に発見したのは、電磁気学の立て役者の一人であり、名著『ロウソクの科学』でも知られる、あのマイケル・ファラデーだそうだ。19世紀の話である。

「液体が気化するとき、周囲の熱を吸収します。これが気化熱です。この気体を圧縮すると温度が上がり、吸収した熱が外に捨てられます。これを利用して20世紀初めに発明されたのが、電気冷蔵庫です。気化したガスが熱を吸って庫内の温度を下げ、それを圧縮機で圧縮、コンプレッサーで液化して庫外に熱を捨てて、液体を再び庫内で気化させるというサイクルです」(藤田さん)

電気冷蔵庫がこうしたサイクルで物を「冷やす」という基本的なしくみは、200年前から変わっていないそうだ。

だが、20世紀も終わり頃になると、環境問題が指摘されはじめ、この冷却サイクルに使用するガス、いわゆる「冷媒ガス」は検討を迫られた。それまで使われていたフロンは、大気に漏洩するとオゾン層を破壊するとされ、先進国では生産が中止される。その後は代替フロンの開発・利用が進んだが、それらも、地球温暖化の原因となる温室効果が二酸化炭素の何倍も大きいことがわかってきた。

「もはや代替フロンも撤廃しようというのが、世界的な流れになっています。でも、それに代わる冷媒ガスがなかなか見つからない。冷却能力があっても、価格が高かったり、性質が不安定で10年も経たずに状態が変わってしまったりするんです。いま国内の家庭用冷蔵庫で使われているガスも、微燃性があるのが問題です。日常レベルでは安全基準を満たしてはいるのですが、大量に集めて火をつければ燃えるんです」

そんなガスは、使わずに済むならそのほうがいいに決まっている。こうして、気体と液体を使う蒸気圧縮とは根本的に原理が異なる方法が議論されるようになった。電気冷蔵庫の誕生から200年が経って、初めてゲームチェンジの気運が生まれてきたのだ。そして考え出されたのが、「固体冷凍」という方法だったという。

磁石と温度の意外な関係

「固体を使って冷やす」とは、いったいどういうことなのか? 固体なのだから、もちろん気化熱とは関係ないことくらいはわかるが……。ここで登場するのが、それまで冷蔵庫の「副業」のお手伝いをする存在にすぎなかった磁石である。

じつは、磁石には「温度が上がると磁力が弱まる」という性質がある。液体がある温度を超えると気体になるのと同じように、磁石の温度がある境界線を超えると、磁気が失われるのだという。ちょっと難しい言葉を使うと、「強磁性体」(磁力が強い磁石)の温度が上がると「常磁性体」(磁力がすごく弱い磁石)に変化する、ということになる。

「強磁性体が磁力をもつのは、電子が回転する向きが揃っているからです。電線をぐるぐる巻きつけたコイルに電気を流すと、円電流(電子の円運動)から磁力が生じて電磁石になります。1個の電子でも、回転すると磁力が発生します(図「円電流と磁力の関係」)。このため、電子にはそれぞれN極とS極があります。しかし、マクロな物体ではたくさんの電子のN極とS極がバラバラな方向を向いているため、磁力が打ち消し合います。この状態にあるのが常磁性体です」

物体内の電子の向きが揃うと、その物体全体が強磁性体、いわゆる磁石になる。しかし強磁性体の温度が上がると、揃っていた電子の向きが徐々にバラバラになって磁力が失われ、常磁性体になる。つまりほとんど磁石ではなくなる。

この、強磁性体が常磁性体に変わる境目となる温度を「キュリー温度」というそうだ。「キュリー」はあの有名な夫人のほうではなく、その夫、ピエール・キュリーさんにちなんだものだ。

「蒸気のサイクル」から「磁気のサイクル」へ

「物質によって沸点が違うように、キュリー温度も物体によって違います。みなさんが冷蔵庫にメモをくっつけているような磁石は、キュリー温度がすごく高いので、日常レベルの室温でポロリと取れることはありません。でもキュリー温度が室温に近い磁性体なら、そういう現象も見られるでしょう」

ネットで調べてみたら、一般的な磁石の材料である鉄は、キュリー温度が約770℃だという。たしかに、少なくともわが家の日常レベルの室温よりはかなり高い。

「液体が気体になるときに熱を吸うのも、ゆるゆると結合していた分子がバラバラになるからです。つまり分子であれ、電子であれ、秩序あるものがバラバラになるときに、熱変化を起こすんですね。そのバラバラ具合のことを、熱力学では『エントロピー』と呼んでいます。バラバラになるとエントロピーが高くなり、熱を吸収するわけです」

キュリー温度を超えて電子がバラバラになった常磁性体は、磁場を失い、その代わり増加したエントロピーを熱として吸収する。この現象を「磁気熱量効果」というそうだ。気化したガスが、周囲の熱を吸収するのと同じである。逆に、常磁性体の電子の向きが揃って磁場を得ると、圧縮されて液化したガスと同じように、熱を外に捨てる。

つまり、蒸気圧縮でいう気化(蒸発)は磁石が常磁性体になるときに相当し、液化は強磁性体になるときに相当する(図「二つの冷却方式の比較」)。だから磁石で冷蔵庫がつくれるのだ!

しかし、藤田さんによると、この磁気冷凍のサイクルには、フロンガスを使わないことのほかにも、蒸気圧縮にはない利点があるという。どんな利点があるのだろうか?

「あっぱれ! 日本の新発明 世界を変えるイノベーション

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