平成26年にアレルギー疾患対策基本法が成立し、全国にアレルギー疾患拠点病院を作ることになりましたが、まだまだ課題があります(写真:タカス/PIXTA)

花粉症、喘息、アトピー性皮膚炎、食物アレルギーなど、アレルギー患者が増えている。しかし、患者が増える一方で、日本アレルギー学会の認定専門医が内科に占める割合はたったの3%未満だといい、全国で「アレルギー難民」が発生しているという。

自身もアレルギー患者で父を蜂アレルギーで亡くしている医療人類学者の著者が、5年以上かけて調査・執筆したテリーサ・マクフェイル氏の『アレルギー:私たちの体は世界の激変についていけない』の日本語訳が刊行された。花粉症や喘息、アトピーなどのアレルギーと闘う医療関係者や患者に取材を重ね、アレルギーの全貌に迫る「アレルギー大全」とも言うべき書だ。

「『アレルギー』のような正確な医学知識をベースにした本が普及することは、すごくいいことだと思います」と語る鈴木慎太郎・昭和大学医学部准教授(医学教育学)は、医療現場で日々患者と接する中で、アレルギーをめぐる医療体制についてどう考えているのか。前編に引き続きお届けする。

食物アレルギーや花粉症が増えている


日本の学校保健会の調査では子供の食物アレルギーは、20年間で数倍に増えています。また、アメリカの国勢調査のデータによると、成人の食物アレルギーは、10人に1人程度が発症していると報告されています。

40〜50代以上の方は、子供時代、学校に食物アレルギーの同級生がいたかと聞かれると、すぐに思い浮かばない人が多いでしょう。嫌いなものを残す子供はいても、アレルギーのために給食のメニューが別だったり、お弁当を持ってきたりという光景はほとんどなかったはずです。

今と比べて本当に少なかったのか、きちんと診断されることなく独り隠れて困っていたのかもしれません。

ところが現在は、そういった子供が、100人当たりで少なくとも数人、1学年に2〜3人はいるという時代になりました。

アレルギー疾患が増えた大きな要因は十分に解明されていませんが、その1つは、花粉症、アレルギー性鼻炎の増加と私は推察しています。

アレルギーは、アレルゲンが体内に何度も入ってきて、IgE抗体ができてしまう「感作」が起きて発症しますが、この過程が、以前は、食べ物なら胃腸で、皮膚の症状なら皮膚でしか起こらないと思われていました。

ところが、研究によって、いろんな経路、いろんな発症パターンが多様に入り乱れていることがわかってきたのです。

本書『アレルギー』にも書かれていますが、鼻や肺などの気道で感作したもの、あるいは、皮膚を刺されたり咬まれたりして感作したものが、将来の食物アレルギーの原因になるというメカニズムも徐々に解明されてきています。

研究の成果により、今までアレルギーではないと思われていた症状や病型(病気が示す複数の表現パターン)が、実はアレルギーによるものだったのではないかと疑われるようになり、アレルギー疾患と診断される事例が徐々に増えてきたことで、本書にも示されているような多様なアレルギー疾患・病態が浮き彫りになってきたわけです。

また、アレルギーではありませんが、過敏症や不耐症、ヒスタミンを多く産生した食べ物によって症状が引き起こされる中毒など、アレルギーとは似て非なる疾患を診療する機会も増えていて、医療従事者には、それらを区別する技術が求められるようになっています。

増え続ける「アレルギー難民」

国全体としての大きな問題は、アレルギー疾患が増えているのに、アレルギーを専門にする医師、とくに成人食物アレルギーや難治性のアレルギー疾患を診療可能な医師が不足していることです。

科学技術の発達により検査の精度レベルは上がりましたが、その検査をどう組み合わせて診断するのかなど、多様な発症パターンを意識して診療可能な経験値が十分でない医師の数が不十分であり、正確な診断や適切な治療法を求める「アレルギー難民」と呼ばれる患者さんが増えてしまっているのです。

私もそれを解決するために、アレルギーに興味を持ってくれる医療従事者を増やしたいと考え、学会活動や初心者でも手に取りやすいテキストを出版するなどしています。

国全体の取り組みでは、平成26年にアレルギー疾患対策基本法が成立し、全国にアレルギー疾患拠点病院を作ることになりましたが、まだまだ課題があります。

日本には、真のアレルギー専門医がほぼいない

アレルギーは、じつは日本では“マイナー”な専門領域です。


鈴木慎太郎(すずき・しんたろう)/医師・医学博士。昭和大学医学部医学教育学講座・准教授。アレルギー指導医として昭和大学病院(東京都)で食物アレルギーやアニサキスアレルギーを中心に診療している。アレルギー専門医の教育事業にも従事している。著書『解いて学ぶ! 「おとな」の食物アレルギー:思春期〜成人の食物アレルギー43のCase Study』『内科×皮膚科 解いて学ぶ! 「おとな」のアレルギー:魂のクロストーク37のCase Study』(ともに文光堂)。「昭和大学リカレントカレッジ」にて社会人向けのリカレント教育も行う(写真:著者提供)

とくに内科医のうち、アレルギー専門医の認定資格を持っている人は、2.5%しかいません(内科有資格者:90,362名〈認定内科医・総合内科専門医・機構認定内科専門医含む〉のうちアレルギー専門医数:2,287名)。

有資格者でも実際には、所属する病院や医局の方針でとか、他の資格と合わせて取得したとか、という人も少なくなく、私のように、真にアレルギーだけを診ている専門医は日本ではほとんどいないのが現状です。

その理由は明確です。『アレルギー』が出版されたアメリカは、自由診療が中心の国ですから、高品質な医療を行えば、その分の費用を医療機関が請求することができます。一方、日本は、国民が困った際に最小限の負担で医師にかかれる保険診療ですが、アレルギー疾患に対する診察や検査に係る診療報酬の点数が低いのです。

やや不適切な表現になりますが、医療経済的に満たされない診療科の1つであり、そのために、アレルギー専門医を生業にしようと目指す人が増えにくいという社会問題があるのではないかと私は考えています。食物アレルギーの診療、とくに初回の外来では問診などに時間がかかり、同病名で保険適用のある医薬品がないこともネックになります。

それでも、熱意をもってアレルギー診療にあたる医師が増えてきました。日本アレルギー学会では、出身母体がどの診療科であってもすべてのアレルギー疾患に対応が可能な医師像を目指し、専門医の育成に努めています。

アレルギーで困ったらどこに受診・相談すべきか?

患者さんから、アレルギーを発症した際に、「どこを受診すればよいのかという入り口がわかりません」、という声をお聞きします。

各都道府県に拠点・専門病院が整備されたので、いきなりそこに受診すればよいのか? いいえ。まずはかかりつけ医に相談してみてください。近所にアレルギー専門医・指導医の資格を有した医師が勤務する医療機関があればそこに受診することもよいでしょう。

国や自治体ではアレルギー疾患における地域医療連携の推進を図っています。私が勤務する昭和大学病院の所在する東京都でも専門医療機関で診断・初期対応されたアレルギー患者を地域の協力医療機関と連携して逆紹介できるような仕組みの構築に取り組んでいるところです。そのためには医師間、医療機関間の診療技能の標準化・均てん化が求められます。

既に地域の医療機関で治療しており、症状が悪化傾向にある場合や、重症化している場合には、アレルギー専門医に紹介受診してください。地域によっては、それが拠点・専門病院ということもあるかと思います。

さらに、民間療法や科学的根拠のない治療に走って、患者さんが混乱させられているケースにも懸念しています。『アレルギー』にも「無意味なIgG抗体検査」のことが書かれていますが、検索サイトで「アレルギー検査」と検索すると、何十項目ものアレルギーを自宅で調べられるという検査キットが上位にヒットします。

ところが、それらは、アレルギー、とくに即時型アレルギーとは関係の乏しい抗体を調べるものなのです。不安に思ったらまずはアレルギー専門医を探して受診・相談してみてください(日本アレルギー学会のサイトから日本アレルギー学会専門医・指導医一覧をご確認いただけます)。

不用意に行った検査で何十項目も「陽性」と引っ掛かり、結果に絶望してしまう患者さんもいることが問題です。食物アレルギーの場合、誤った検査結果を基に何も食べなくなってしまう患者さんもいます。ですから、正確な医学知識をベースにした本が普及することは、すごくいいことだと思います。

アレルギーは、稀なアナフィラキシーショックによる死亡を除けば、がん、糖尿病、生活習慣病などと違って、人の寿命を短くする力はそこまで強くありませんが、QOL(人生や生活の質)が落ちる病気です。

しかし、国や社会によるアレルギーに対する対策が十分かと言われれば、まだ多くの患者さんにとって満足のいく状況とは言えません。また、他の主要な疾患と比べて、アレルギー疾患に関連した公的研究費の充当は豊富ではなく、研究者たちにとっては悩みの種です。

疫学上はメジャーな疾患の割には、内科ではマイナーな存在として扱われている感があり、興味を持って研究、診療、教育に取り組んでもらえる仲間を私たちは増やそうと努めています。

性的マイノリティや、宗教上のマイノリティなどは注目されますが、何でも食べられる子供がいる一方で、アレルギー対策のためにお弁当を持ってこなければならないという疾病マイノリティもあるわけです。

修学旅行に行っても、その子はご当地のものが食べられない。本当に可哀そうです。解決してあげたいと思いますよね。不公平さを減らすという点においても、アレルギーの研究や診療技能が向上して病態の解明や創薬が推進されていかねばなりません。

「AED」同様に「エピペン」の普及を

日本アレルギー学会としては、「エピペン」などアドレナリンの自己注射液の正しい使い方の教育・普及、アレルギーについて詳しい医療スタッフの教育や診療技能の訓練などに取り組んでいるところです。

「AED(自動体外式除細動器)」はかなり普及しました。一般の方でも、救命講習を受けると、「AED」の使い方も習います。しかし、アナフィラキシーショックを起こした人への「エピペン」の使い方や同病態への緊急対処法は習いません。

「エピペン」は医師から処方されていても、アナフィラキシーショックの発症時に怖くて使えない人や、タイミングを逸して打てない人が少なくありません。万が一、バイスタンダー(その場に居合わせた人)としてアナフィラキシーを起こした人と遭遇しても、救命講習などでトレーニングを受けていれば、患者を助けられるようになるのではないかと思っています。

究極的には使用者を限定する形式で「AED」同様に「エピペン」が地域に配備され、一人でも減らせないかと望んでいます。

(鈴木 慎太郎 : 医師・医学博士)