女性限定の半額キャンペーンを打ち出して「男性差別だ」と批判を受けてしまった牛角(画像:牛角公式サイトより)

「また男性差別の話題?」と感じた人も多かったのではないでしょうか。

焼き肉チェーンの牛角が打ち出した「食べ放題90品 牛角コース 女性限定で半額!!」(100品の「堪能コース」も同様)というキャンペーンに「男性差別だ」という声がネット上にあがり、多くのメディアが記事化したことで反響が広がっています。

立場が弱い個人も容赦なく叩かれる

今夏は「男性差別」が話題になるケースが続いていました。

まず7月下旬、衣料品チェーン・しまむらグループの子ども服に「パパはいつも寝てる」「パパはいつも帰り遅い」「パパは全然面倒みてくれない」という文字が書かれていたことに「男性差別だ」という批判が浮上。けっきょく該当商品は発売中止になりました。

次に8月上旬から中旬にかけて、女性フリーアナウンサーによる「夏場の男性の匂いや不摂生してる方特有の体臭が苦手すぎる」などのSNS投稿に批判が殺到。すぐに釈明・謝罪したものの「男性差別だ」などの批判はやまず、所属事務所から契約解消されてしまうという事態に陥りました。

さらに8月下旬、『News23』(TBS系)でトラウデン直美さんが自民党総裁選のポスターに対して「おじさんの詰め合わせ」などと発言。やはり「男性差別だ」という声があがりました。

なぜ今夏の1カ月あまり、常に「男性差別」という話題が連鎖しているのでしょうか。4つの内容を掘り下げていくと、令和時代を生きる私たちにとってのシビアな現実が見えてきます。


牛角「女性半額キャンペーン」の概要リリース(画像:牛角公式サイトより)

まずそれぞれの話題を振り返ると、しまむら、フリーアナ、タレント、牛角と、発信者は企業2、個人2の同数であり、どちらも同様にリスクがあるということでしょう。ただ、「最も立場が弱い」とみられる個人のフリーアナが特に叩かれているところに怖さを感じさせられます。

もちろん内容の差はあるでしょうが、怖いのは「これくらいの人ならこれだけ叩いてもいいだろう」「彼女をフォローする人が少ないから叩かれっぱなし」というニュアンスが感じられること。

逆にファンの多い企業は怒りの熱量が少なく、フォローが多いようにも見えます。これは「性差別は有名人でなくても叩かれ、しかも過剰に叩かれるリスクがある」ということなのかもしれません。

たまりにたまっていた不満が爆発

また、4つの内容は、服、臭い、加齢、食とバラバラですが、共通しているのは、ステレオタイプな表現に対する反発。

「パパはこういう感じ」「男性は体臭がありケアが甘い」「政治家は高齢のおじさんばかり」「男性は女性よりたくさん食べる」などのイメージに「決めつけるな」「偏見だ」と反発している様子がうかがえます。

しかし、むしろイメージに助けられるケースもあるなど、ステレオタイプな表現がすべて悪いというわけではないでしょう。問題は男女の違いをベースにステレオタイプな表現をしてしまうこと。

さらに「女性のために」という意味合いを強調するほど、男性をおとしめるなどの悪気はなくても「差別」という印象につながってしまいます。

たとえば、しまむらは「子ども服を買う本人であろうママのガス抜き」、フリーアナウンサーは「男性の体臭に悩まされる女性のために」、トラウデンさんは「女性の政治進出が進んでほしい」、牛角は「女性にも気軽に食べ放題を楽しんでもらいたい」などの思いが感じられます。

出発点となるこれらの思いそのものは良いことであるにもかかわらず、伝え方を間違えただけでこれほど叩かれてしまう。さらに、釈明しようとしても受け入れてもらえず、嵐が過ぎ去るのを待つしかないところに怖さがあります。


「パパはいつも寝てる」と書かれた子ども服(出所:「バースデイX@しまむらグループ」公式Xより)


現代美術作家の加賀美健さんとコラボした商品だった(出所:「バースデイX@しまむらグループ」公式Xより)

では、なぜ今夏、「男性差別」の話題が連鎖しているのか。

これまでも何度か「男性差別だ」という声があがるケースはあったものの、今回のような連鎖はありませんでした。しかし今夏は、しまむらに続いて「体臭」というセンシティブな話題で男性が対象にあげられたため、「これまでたまりにたまっていた不満が爆発した」というムードがただよっています。

一方で、トラウデンさんと牛角の件はその余波に過ぎず、実際のところ「男性差別だ」という批判より擁護のほうが多く、「怒りの流れにのまれた」という感は否めません。

つまり、長年積み重なってきた不満が、1つのきっかけによって噴出し、「男性差別だ」とまでは言えず「男性差別かもしれない」というレベルの出来事も問題視されているのでしょう。

まだまだこの連鎖は続きそう

本来、しまむらは「夫婦関係」、フリーアナは「臭いのエチケット」、トラウデンさんは「女性の政治参画」、牛角は「飲食店の割引サービス」が話題の中心になってもいいところ。

しかし、「男性差別」がメインの話題になったのは、「これまで我慢してきた」という不満があり、「それを爆発させる機会をうかがっていた」という男性がいるからではないでしょうか。

そんな不満を抱えていた男性にとって、体臭に関するコメントはこれまでの怒りや悔しさをぶちまける格好の機会。「ほぼ無名で一般人に近いフリーアナにそこまで言うのか」と感じるほど彼女が叩かれたのは、このような長年蓄積された不満が加わったからでしょう。

もともと男性は幼いころから「男の子でしょ」などと言われてさまざまなことを求められ、大人になっても「男だから」などと言われて責任を負うケースが少なくありません。また、時代が平成、令和と変わる中、何か発言したら「女性差別だ」「男尊女卑」などと非難される機会が増えていました。

そんな長い経緯があってのことだけに、まだまだこの連鎖は続きそうなムードがあります。さらに怖いのは、「男性差別だ」と声をあげる状況がこれ以上続くと、過去の言動なども掘り起こされかねないこと。

実際、ある芸能事務所は女性タレントたちに「男性差別につながる発言には気をつけるように」という注意と、動画などにおける「過去の発言などをチェックするように」という指示を出したそうです。


現在は削除された川口アナの問題の投稿(画像:本人の公式Xより)

「男性をひとくくり」にする怒りも

少し見方を変えると、たまりにたまっていた不満の一因は、「男性差別を気にしなければいけない自分の現実」によるところにもあるように見えます。

実際、男性の中でも地位や収入の高い“強者”は、今回の件を「男性差別だ」と怒らず、すべて「別に構わない」「言わせておけばいい」という程度にしか感じていないのではないでしょうか。

たとえば経営者や政治家が「子どもの世話をしない」「おじさんばかり」と言われたり、体臭への注意を呼びかけられたり、女性だけが半額であったりすることを「男性差別だ」と、本気で怒るようには思えないのです。

「男性差別だ」と怒るのはそれ以外の人であり、中でも地位や収入などの点で“弱者”を自認する人ほど声をあげているのかもしれません。その意味で「男性差別だ」という話題の連鎖は、怒りというより「男性をひとくくりにしないでほしい」「強者ではない自分の立場も考えてくれ」という心の叫びにも見えます。

そしてもう1つ、「男性差別」が連鎖する理由として見逃せないのは、「ある人びとによって恣意的に作られたものではないか」ということ。前述したようにトラウデンさんと牛角の件は「男性差別だ」という批判より擁護のほうが多く、「怒っている人は一部に過ぎない」という印象がありました。

特に牛角のキャンペーンは7日開催の「TOKYO GIRLS COLLECTION」に出展することを記念したものであり、半額にした根拠も「女性の食べ放題での注文量が、男性に比べて肉4皿分少ないというデータ」によるものだけに、これを「男性差別」につなげることの強引さを感じさせられます。

それ以前に、さまざまな店の価格設定で割引以前に男女の差があるものも多いのですから、その時点で「男女差別だ」というのが自然でしょう。

また、女性の来店促進は当然の企業戦略であり、これが批判されるようであれば、カップル割引、グループ割引、学生割引なども、「恋人がいない」「友達や家族がいない」「学校に行けない」という人への差別となり、成立しなくなってしまいます。

冷静に見たらこれだけ「男性差別」には結びつきにくいものが大きな話題になってしまうのは、「大炎上」「物議」「批判殺到」などと感情をあおるネットメディアが多いから。これらのネガティブなフレーズを交えたタイトルはPVなどの数字を稼げるため、複数のメディアが一部の声を誇張する形で報じています。

「把握」「考慮」で無用な対立は減る

「男性差別」の話題が連鎖した背景にあるのは、ある話題をネガティブな方向へ進め、無用な議論を生み出そうとする、一部の人とネットメディアのタッグ。世の中にいがみ合う構図を作り出すような両者の関係性がトラウデンさんと牛角の話題を「男性差別」につなげてしまったという感は否めないのです。

ただ、一部の人もネットメディアも、本気で怒り、問題提起したいわけではないため、次の話題が出れば関心はそちらに移っていくのでしょう。まるで焼き畑農業のようにあちらこちらを燃やしていくという行動パターンは過剰に傷つけられる人を増やすだけで、社会にも人間にも優しくないように見えます。

そんな一部の人とネットメディアによるネガティブな連鎖を止めるためにはどうすればいいのか。

大切なのは1人ひとりが「できるだけ正確な状況を把握しようとする」「前提や理由がないか確認し、それらがあれば考慮する」という姿勢を持つこと。たとえば牛角の件では、「『なぜ女性だけを半額にしたのか』を知るためにネット上のリリースを見る」ことはその第一歩でしょう。

その他のケースでも、たとえば「レディースデーを導入した店の狙い」や「女性専用車両が導入された経緯」などを知ろうとする。あるいは、「逆に男性だけが得られていることはないのか」なども考慮する。

1人ひとりがこれらの姿勢を持つことによって、過剰に傷つけられる人や無用な対立構図を減らせるのではないでしょうか。

すでにネット上には「男性差別だ」と安易に決め付けるようなコメントに対して、「浅い」「ダサい」などと突き放すような声も目立ちはじめています。

中でも変化を感じさせられるのは、「男女を逆にしたら問題になる」という定番の指摘を疑問視する声が出てきたこと。このフレーズを持ち出して無闇に「男女差別だ」と指摘する人を疑う冷静さを持つ人が増えているのでしょう。

このような声が広がり、ネットメディアのあおり記事をスルーできる人が増えるほど、今夏のような連鎖は起きにくくなることが推察されます。もちろんまだまだ性差別を指摘され、改善されるべきテーマは多く、その際は冷静に議論ができる社会でありたいところです。

(木村 隆志 : コラムニスト、人間関係コンサルタント、テレビ解説者)