システム開発大手の富士ソフトを、なぜ大手ファンドが欲しがるのか(記者撮影)

独立系システム開発会社である富士ソフトの買収をめぐって、アメリカの2大ファンドが激突する異例の展開となった。

投資ファンドのベインキャピタルは9月3日、富士ソフトに非公開化を提案している事実を明らかにした。富士ソフトをめぐっては、同じく投資ファンドのKKRがTOB(株式公開買い付け)を表明しており、ベインが待ったをかけた形だ。提示した買収価格も6000億円規模と、KKRのそれより5%ほど高い。乱入に危機感を抱いたKKRは、9月中旬に開始予定だったTOBを9月5日に前倒しした。

ベインとKKRの共通項は、投資ファンドという点だけではない。両者とも、企業が保有する不動産にも着目している。富士ソフトは多数の自社ビルを保有しており、対峙はある意味で必然だった。

TOBにベインが「待った」

「買収者を公正に選定するプロセスを能動的に行っていない」。ベインの発表文には、富士ソフトの買収手続きに対する反発がにじむ。

買収の火ぶたが切られたのは2022年10月。富士ソフトが複数の投資ファンドに声をかけ、非公開化の余地を探ったのが始まりだ。資産査定や経営陣との面談を経て、2024年6月にKKRを含む2社から提案を受領。買収価格や相乗効果などを考慮して、7月にKKRが選定された。

ベインは入札手続きの進捗を知りながら、あえて参加しなかった。入札の主催者は筆頭株主でアクティビスト(モノ言う株主)の3Dインベストメント・パートナーズであり、富士ソフトは3Dのなすがまま。3D主導の買収に乗り気でないと見たベインは、富士ソフトとの直接交渉を模索。7月26日、独自に富士ソフトへ非公開化案を宛てた。

だが、3Dの頭越しに行われたベインの提案は一蹴され、KKRに白羽の矢が立った。富士ソフトの社外取締役で構成される第三者委員会は、「買収価格こそベインが勝るものの、3Dが応じるかは不透明。法的拘束力もなく、資金調達やTOBの確実性ではKKRが勝る」という趣旨の判断を下した。この点、ベインは「公開買い付けは実現可能性が高い」と反論している。

買収過程でひと悶着あったものの、今後はKKRとベインの価格競争に発展することは明白だ。では、なぜこの2社が富士ソフトに高値を提示できたのか。本業であるシステム開発の伸びしろも当然あるが、同社が保有する不動産に対する評価も見逃せない。

KKRが引き合いに出すのは、2022年に買収したJ-REIT(不動産投資信託)運用会社のKJRマネジメント(旧三菱商事・ユービーエス・リアルティ)との連携だ。買収した企業から不動産を切り離し、KJRに売り渡す青写真を描く(2022年4月3日配信 KKR、Jリート運用会社を「2300億円」で買収の衝撃)。

その好例がロジスティード(旧日立物流)だろう。KKRによる買収から1年後の2024年2月、ロジスティードは全国の物流施設33物件をKJR傘下の産業ファンド投資法人に売却すると発表した。2023年末にも、同じくKKRが買収した化学品向けタンク運営会社セントラル・タンクターミナルのタンク底地(川崎・静岡・北九州の3物件)を産業ファンドに売却している。

KJR傘下には、産業ファンドのほかにオフィスビルや住宅、商業施設に投資する日本都市ファンド投資法人がある。富士ソフトが抱えるビルは、こちらが受け皿となる公算が大きい。

KKRにとってのメリットは、物件売却によって投資先企業が資金を回収し、本業への投資を強化できることにある。加えて、KKRは自己勘定でKJRに投資しているため、物件売却によってREITの運用資産が増えれば運用報酬も増加し、めぐりめぐってKKR自身の懐が潤う。

不動産会社顔負けの規模

富士ソフトは地上31階建ての秋葉原ビルを筆頭に、横浜や錦糸町、名古屋にも自社ビルを持つ。今年に入っても汐留や博多でもビルを新築するなど、並みの不動産会社よりも潤沢なポートフォリオを誇る。


3Dの要請を受けて2024年1〜6月期に8棟を放出し、80億円の固定資産売却益を計上したものの、眠る不動産の簿価と時価の裁定取引ができれば、強気の価格を提示しても投資を回収できる。

対するベインはもともと事業投資が専門で、不動産投資には大きな関心を払ってはいなかった。だが、企業買収を通じて不動産投資の妙味に気づく。とりわけ注目すべき案件が、2020年にTOBによって買収した昭和飛行機工業だ。

同社は本業である輸送機器製造とは別に、昭島駅周辺に広大なゴルフ場を有していた。当時の簿価は約88億円だったが、2021年2月、物流施設デベロッパーの日本GLPに推定1300億円で売却された。昭和飛行機の不動産部門を分社化して設立された昭和飛行機都市開発は、2021年3月期決算で1079億円の純利益を計上している。

不動産部門を強化したいベインは、2023年にゴールドマン・サックスで不動産部門などを率いていた木下満氏を引き入れる。同氏は今年7月、東洋経済のインタビューで「PE(プライベート・エクイティー)と不動産ファンドがワンチームになって資金を拠出する」と話していたが、富士ソフトはその象徴となる可能性がある(2024年8月1日配信 ベインキャピタル、PE投資「5年で5兆円」の本気度)。

鎌倉市内にあるビルは築39年、錦糸町のビルも築23年と、富士ソフトが持つ一部のビルは老朽化が進む。KKRのように受け皿となるREITはなくとも、改修や建て替えによって収益力を底上げする余地はありそうだ。

投資家は「買収合戦」を期待

ベインとKKRのどちらに軍配が上がるのか。富士ソフトは9月4日、KKRのTOBへの応募を推奨した一方、ベインから法的拘束力を有する非公開化の提案を受領すれば、「慎重かつ真摯に検討を行う」とも表明している。

KKRは5日に1株8800円でTOBを開始したが、富士ソフトの株価は9500円前後で推移する。KKRはDCF法で算定した株価の上限である9529円を突破して買い付け価格を引き上げるのか、ベインは現在提示している1株9200円を引き上げた上で法的拘束力のある提案を仕掛けるのか、両者ともに壁が立ちはだかる。

「安定的かつ高効率で収益に貢献」。富士ソフトは2022年に公表した中期経営計画において、自社ビルを保有する意義を強調していた。だが、その後は3Dに主導権を握られ、自ら築き上げた不動産ポートフォリオの解体に着手せざるをえなくなった。主体性を喪失した富士ソフトに待っていたものは、投資ファンド、アクティビスト、投資家それぞれの思惑が交錯する剥き出しの資本市場だった。

(一井 純 : 東洋経済 記者)