選挙結果を「歴史的な転換点」と称した極右政党「ドイツのための選択肢(AfD)」(公式Xより)

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反移民の極右政党と左派新党が台頭

 ドイツ東部のテューリンゲン州で9月1日、州議会議員選挙が行われ、反移民を訴える極右政党「ドイツのための選択肢(AfD)」が32.8%の票を得た。2013年の結党以来、初めて州議会レベルで第1党となった。

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 同日実施された東部ザクセン州議会選でも30.6%の票を獲得し、31.9%で首位の「キリスト教民主同盟(CDU)」に次ぐ第2党となった。

 左派新党「ザーラ・ワーゲンクネヒト同盟(BSW)」もテューリンゲン州で15.8%、ザクセン州で11.8%の票を獲得し、連立与党3党を抑えてそれぞれ第3位となった。BSWは今年1月、旧東独政党の流れを汲む左派党から分派して旗揚げしたばかり。AfDとともに移民などへの厳しい対応などを主張しており、不満の受け皿となった形だ。

選挙結果を「歴史的な転換点」と称した極右政党「ドイツのための選択肢(AfD)」(公式Xより)

 主要政党はAfDとの連立を拒んでいるが、「AfDはBSWの協力を得て州首相となる」との憶測が流れている。

 こうした反移民政党の台頭には、選挙の約1週間前に起きたショッキングな事件が関係している。8月23日、ドイツ西部ノルトライン=ヴェストファーレン州ゾーリンゲンでのフェスティバル開催中、刃物を持った男が市民を襲い、3人が死亡し8人が負傷した。翌24日に警察署に出頭した容疑者はシリア国籍の26歳男で、現地メディアによれば難民申請中だったという。過激派組織「イスラム国(IS)」が犯行声明を出しているが、容疑者との関係は現在も捜査中だ。

反移民政党への支持を一層高めた凶悪事件

 大量の難民がEUに押し寄せた2015年、ドイツでは当時のアンゲラ・メルケル首相が人道上の配慮に加え、国内の労働力不足を補うため、100万人の難民受け入れを主導した。人口約16万人のゾーリンゲンにもシリアなどからの難民が数万人居住している。

 だが、多方面からの指摘がある通り、この積極的な受け入れ政策は失敗だったと言わざるを得ない。

 ドイツに居住するシリア人は昨年末の時点で約97万人だが、その半分以上がドイツ政府の福祉に頼って生活している(8月1日付ZeroHedge)。難民による犯罪が増加し、治安が悪化しているとの懸念が高まる中、今回の凶悪な事件により反移民政党への支持が一層高まったというわけだ。

 来年9月の連邦議会選挙を前に、現政権にとっては由々しき事態だ。難民規制の強化に乗り出さざるを得なくなったオラフ・ショルツ首相は8月26日、訪問したゾーリンゲンで「ドイツに留まることができない人々を確実に海外に退去させるため、できる限りのことをしなければならない」と述べた。

 今回の事件の容疑者はブルガリアからEUに入域したため、「ダブリン規約」によりドイツでの難民申請が受理されなかった。だが、ドイツの難民収容施設で身柄を見つけられなかったため、ブルガリアへの強制送還ができなかったという。ショルツ首相の発言は、そうした状況を踏まえてのものだ。

ドイツの労働力不足はさらに加速

 ドイツ政府は8月29日、公共の場などでのナイフの使用規制や難民申請の規制強化等を含む治安対策を発表した。翌30日には、ドイツで有罪判決を受けたアフガニスタン国籍の28人を強制送還する動きにも出ている。

 だが、政府の難民規制の強化に産業界は困惑していることだろう。国内の労働力不足を難民などで補う取り組みに水を差すことになってしまうからだ。

 ドイツの労働力不足はさらに加速することが予測されている。独ケルン研究所(IW)は、2027年に72万8000人の労働者が不足するとの推計を発表した。特に深刻な分野は小売りや保育、福祉などで、IWは「移民受け入れで対処する必要がある」と主張している。

 労働力不足のせいで、ドイツの人件費は上昇圧力にさらされている。独ハンス・ベックラー財団経済研究所は「今年の実質賃金は前年比3.1%増と過去10年超で最大の伸びとなる」との見方を示した。

 人件費の上昇はインフレを再燃させるリスクをはらんでいる。

 ドイツ連邦銀行は「賃金圧力が引き続き強いため、コアインフレ率(価格変動が大きい食品やエネルギー価格を除外したインフレ率)が高水準にとどまる公算が大きい」と、年末にかけてのインフレ再加速を危惧している。

ドイツも英国の二の舞になるのか

 エネルギー価格の高騰などが災いして企業の海外移転が進むドイツは、「欧州の病人」に逆戻りした感が強い。

 第2四半期の国内総生産(GDP、改定値)は前期に比べ0.1%縮小し、独IFO経済研究所によれば、8月の業況指数は86.6と3ヵ月連続で低下した。製造業の状況が一段と悪化するとともにサービス業も悪化している。

 第2四半期の商業用不動産価格が前年に比べて7.4%下落するなど、不動産バブルの崩壊も起きている。ドイツは主要国の中で「スタグフレーション(景気が後退する中でインフレが同時進行する状態)」に陥る危険性が最も高いのだ。

 社会心理学の知見によれば、経済状態が悪くなると人々の「差別」感情が強くなるという。特に顕著なのは失業率が上昇した場合だ(8月25日付THE GOLD ONLINE)。

 ドイツの8月の失業率は6.0%と横ばいだったが、労働市場に今後、経済停滞の影響が出るのは時間の問題だろう。英国では政府が移民規制に乗り出していたにもかかわらず、8月上旬に偽情報の拡散が発端となり、移民排斥を求める大規模な暴動が発生した。

 労働力不足以上に心配なのは国内の政情不安だ。主要政党が移民対策の強化に舵を切らない限り、ドイツは英国の二の舞になるのではないだろうか。

藤和彦
経済産業研究所コンサルティングフェロー。経歴は1960年名古屋生まれ、1984年通商産業省(現・経済産業省)入省、2003年から内閣官房に出向(内閣情報調査室内閣情報分析官)。

デイリー新潮編集部