民間の空き体育館を改装した「秩父スケートパーク」には、国際大会でも活躍する将来性ある選手が全国から滑りに来る(写真:筆者撮影)

パリオリンピックで、日本選手が金メダル2個、銀メダル2個を獲得し、大いに注目を集めたスケートボード。東京オリンピックに続いて、国・地域別のメダル数で首位となり、日本勢の強さを示した。こうした選手たちの活躍が目覚ましい一方、日本の街中のスケートボーダーは「危ない、うるさい」と白い目で見られがちで、都市部のほとんどで禁止されている。

では、街からスケートボードを排除しない「寛容な社会」を、どうすればつくれるのだろうか。スケートボードをまちづくりに役立てているフランスの事例や、施設を起点としてにぎわいをつくっている国内の事例から、そのヒントを探っていく。

スケートボード界で起こる「ジャパニーズウェーブ」

2021年の東京オリンピックでスケートボードが新種目として登場し、日本はメダルラッシュの快進撃を見せた。


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これを機に急速に認知が進み、全国各地にスケートパークが次々とオープン。

今大会も4種目中3種目で世界ランクトップ10のおよそ半数を占めるなど、国際大会でも無類の強さを発揮しており、スケートボード界では世界から「ジャパニーズウェーブ」と呼ばれる現象まで起きている。


公共のスケートパークは2021年の東京オリンピックを機に急増し、その後も着実に増えている

現代日本は寛容性が失われている?

だが国内でのスケートボードへの反応は世界のそれとは異なり、冷ややかな目を向けられることがある。読者の中にも「うるさい、危険、街を壊す」といった文脈で、「迷惑スケボー」を取り上げる記事を目にしたことがあるのではないだろうか。

実際に国内、とくに都市部はどこも禁止。SNSに上げようものなら炎上することもしばしば。中には許可を得て市街地でイベントを開催しているにもかかわらず、批判の声が上がることもある。


現在都市部の至るところで見られるスケートボード禁止の警告。張り紙の上に見える突起物は、スケートストッパーというスケートボードをさせないよう「排除」するために所有者が取り付けたもの(写真:筆者撮影)

こうした動きには、公園におけるサッカーやキャッチボールの禁止など、子供の騒音・遊びへの不寛容と通ずる部分があるのではないかと思う。

時代の進化に伴い趣味やアクティビティが多様化した今、ある人からすれば大好きなものでも、ある人からすれば縁遠く特異なものに映ることも多い。そこに保守的な国民性や高齢化社会が合わされば「偏見」は生まれやすく、得体の知れないモノは「排除」の対象になりやすいだろう。

社会的認知から日が浅いスケートボードがよく思われないのは必然だったのかもしれない。いずれにせよ、利害関係が複雑に絡み合い、日本社会が全体として寛容性を失っているのでは、と感じるのは筆者だけだろうか。

一方で、海外には排除されていたスケートボードを、街と共存できるよう仕組みをつくり、さらにはまちづくりにおける魅力的なコンテンツとして活用している事例もある。詳しく見ていこう。

大切なのは「ポジティブなコミュニケーション」

フランス・ボルドーには、「SKATURBANISM(スケート+アーバニズム)」という試みがある。フェンスで囲われたスケートパークを増やすのではなく、街との共存を目指すというものだ。

これは2017年当時、取り締まりの対象となっていたスケートボードの状況に憂いを感じたレオ・ヴァルスさんという1人のプロスケーターが立ち上がり、8年ほどで合法なものへと変貌を遂げたストーリーだ。


6月に東京大学構内でフランス大使館の支援を受け開催されたまちづくりシンポジウム、MVV(Mieux Vivre en Ville)に登壇した「SKATURBANISM」の主宰者、レオ・ヴァルスさん(写真:筆者撮影)

公益財団を作り、近隣住民と一般スケーター、プロスケーター、議員、ボルドー市、それぞれの利害を調整し、妥協点を見つけるためのメディエーション(対話・仲裁)を始めて事態は徐々に好転していった。

ポイントは「ポジティブなコミュニケーション」。例えば騒音苦情が入ったなら素直に認め、誠実な態度で対話を繰り返す。そしてどの場所なら騒音問題が起きないのか。社会実験を通して課題解決への糸口を見出し、公共空間をどう使うのか話し合いながらお互いが歩み寄った結果、共存することに成功したのだ。

今では禁止看板は全て取り外され、「決められた曜日と時間であれば許可する」という看板が設置されただけでなく、都市整備計画においても設計段階からスケートボードを考慮するようになった。しかもそれはベンチや花壇の脇をスチールアングル(L字型の鋼材)で補強するという簡単なもので、新たにスケートパークを建設するよりはるかに安価だ。

さらに行政がスケートガイドまで発行しているのだから驚きだ。これはスケートボードができる場所や時間、はたまた通行人に注意が必要なのかといった細かな情報を色分けしマッピングしたもの。

ショップの所在地等も明記しているので、観光客でも楽しめる中身になっている。豊かな建築遺産があり、歴史的な建造物とモダンな建築が並存したボルドーの街並みを生かした、「スケートボード版まちづくり」と言えるだろう。

地元企業の力で体育館を世界基準の施設に

では日本にボルドーのようなまちづくりをしている都市はあるのか? と聞かれたら、限りなくノーに近いと言わざるを得ない。だが”施設ありき”なら各所で見られる。

最近増えているのが、廃校などの空き施設をスケートパークとして再利用するパターン。少子化社会の現代にあって、学校の統廃合が全国各地で起きており、体育館やプールは路面もスムーズでスケートボードとの相性がいいのが大きな理由だ。

中でも埼玉県秩父市にある「秩父スケートパーク」はオープンからわずか1年ほどにもかかわらず、国際大会で活躍する選手が全国から集まり、国際大会出場権をかけたコンテスト会場にも選ばれるなど、多くの注目が集まる施設となっている。

そもそもこの場所は地元の老舗旅館の所有施設で、大学や高校の合宿所として、バスケやバレーなど体育館で行うスポーツに活用されてきた。しかし利用者の減少に加えコロナ禍が重なったことで取り壊しも取り沙汰されるように。

そこで再利用方法として挙がったのがスケートパークだった。秩父市青年会議所や秩父法人会の協力もあり市内のさまざまな企業や団体が出資、大規模な改修工事を経て昨年春に完成した。

施設の目玉は高さ13フィート(約4m)のバーチカルと呼ばれるハーフパイプ状の巨大構造物。湾曲面が立ったキツめの角度は高難度で、まさに世界基準。


世界基準のバーチカルで跳んでいるのは「秩父スケートパーク」をホームにする長谷川瑞穂選手。世界最高峰の国際大会、X Gamesでも銀メダルに輝くなど将来を嘱望される選手の1人だ(写真:筆者撮影)

ストリートエリアもバーチカルの隣にある壁のセクション(障害物)から発射すれば、山を上から下まで一筆書きで下りるようにハイスピードで回ることができる。

選手目線でつねに構成を進化させているところも大きい。そうしたエネルギーやパッションが詰まっているのを、撮影を通して感じることができた。民間発の施設ではあるが、秩父市の方も連携を検討したいと語るほど影響は広まっている。


同じく世界最高峰の国際大会、X Gamesで銀メダルに輝いた猪又湊哉選手。奥の壁には秩父神社のほか、パーク制作に出資した企業のバナーが貼られている(写真:筆者撮影)

今後大切になるのは「シェアリング」

では、ボルドーの事例と秩父の事例の違いはどこにあるのだろう。それは「公共の場所」であるか「専用の場所」であるかだ。もちろんどちらがいいというわけではない。

ただ現在スポーツ施設は全国的に減少傾向にあり、環境確保のためには今後空間の「シェアリング」も必要になってくると言われている。

昨年度末には三重県四日市市で、歩行空間や広場などのオープンスペースを活用し、身体活動を促す社会実験が行われており、スケートパークをスケートボード以外にも使ってみようという試みも実施された。これは将来的にオープンスペースでのスケートボードとの共存の可能性を探るという意味でも、非常に興味深い。

また東京大学も三菱地所らと共に「ストリートカルチャーの導入による新たなまちづくり ー大丸有地区を事例にー」と題して、ストリートスケートと街の関係性に関する研究を行い、協力スケーターを募集している。


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東京大学と三菱地所の産学協創連携「MEC-U Tokyo LAB」における総括寄付講座「ARISE City 研究拠点」にて、東京大学が「ストリートカルチャーの導入による新たなまちづくり」を課題に挙げている。(画像:MEC-U Tokyo LABホームページより)

まだまだ時間はかかるだろうが、日本でも少しずつスモールスタートでイノベーションを起こそうとする動きが出始めてきた。これからの日本における「スケートボードと街の関係性」がどうなっていくのかを、しっかり見届けていきたい。

(吉田 佳央 : フリーランスフォトグラファー・スケートボードジャーナリスト)