菊池良さんの新著『えほん思考』は、古今東西の名作絵本から暮らしを豊かに・ビジネスを楽しくする26の思考術・発想法を抽出し紹介しています(写真:kyokyo/PIXTA)

大学4年生のときに自己PRウェブサイト「世界一即戦力な男」を作り、インターネット上で話題となった菊池良さん。その後、会社員時代を経て専業作家として独立、『もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら』は累計17万部の大ヒットを記録しました。

そんな菊池さんの新著『えほん思考』は、古今東西の名作絵本から暮らしを豊かに・ビジネスを楽しくする26の思考術・発想法を抽出し紹介しています。

同書から一部を抜粋し、3回にわたってお届けします。

一方通行より双方向

映画は見たお話で泣く。
ゲームは自分がした苦労に泣く。

──宮本茂(ゲームデザイナー)

私たちは一方通行なものよりも、双方向なものに楽しみを覚えることがあります。たとえば、カレー屋でからさが選べることによって、どのぐらいのからさにしようかと考える楽しみが生まれます。

ものごとをインタラクティブにすることで、参加要素が生まれます。そうすることで、私たちはより能動的に楽しみや愛着を感じるのです。

ビル・コッター『ぜったいに おしちゃダメ?』サンクチュアリ出版


(画像:『ぜったいに おしちゃダメ?』より)

『ぜったいに おしちゃダメ?』は表紙に大きな赤いボタンが描かれています。どうやらこの赤いボタンを押してはいけないようです。

ページを開くと、ラリーという紫色のモンスターが出てきて読者に呼びかけます。この赤いボタンは押しちゃいけないと。

ラリーは押しちゃいけないと念押ししますが、すぐに押すことを誘惑してきます。ボタンを押してはいけないと言われると、それをするとなにが起こるのか気になってしまうのが人間というものです。ラリーの誘惑に負けて、読者がボタンを押してしまうとたいへんなことが起こるのでした──。

この絵本はタイトルからしてユニークです。禁止されるとかえってそれをやりたくなってしまうことを「カリギュラ効果」と呼びますが、そういった人間の心理を利用した魅力的なタイトルになっています。

この表紙を見た瞬間、「押したらどうなるのだろう?」と前のめりの姿勢になります。さらにこの絵本は押すだけではありません。

絵本を振ったり、こすったりさせることで、ストーリーは進行していきます。こういった仕掛けが人気となり、この絵本はシリーズ化して、これまでに7タイトル出ています。日本では2017年に翻訳され、2018年には国内で最も売れた絵本になりました。累計で100万部以上も売れています。

「参加」を求める絵本

『ぜったいに おしちゃダメ?』はとてもインタラクティブな絵本です。ラリーは読者に直接語りかけてきます。この本を読み聞かせる場合は、読者と直接コミュニケーションすることになります。

そして、絵本に描かれたボタンを押すことを誘惑してきます。絵本に描かれたボタンを押す─つまり絵本を触ることを誘惑してくるのです。さらに絵本を振ったり、絵本をこすったりさせて、絵本に直接アクションすることを求めてきます。つまり、「参加」することを求めてくるのです。

ビル・コッターはアメリカの絵本作家です。幼少期から絵を描くことに没頭し、週末はアートスクールで絵や音楽のレッスンを受けていました。やがて美術大学に進学し、絵画を専攻します。卒業後はニューヨークで子どもたちにアートを教える学校の講師になりました。そこで子どもたちに絵本の読み聞かせをしていると、コッターはあることに気がつきます。

インタラクティブな要素のある絵本だと、子どもたちの聞く集中力が違うのです。その発見が絵本『ぜったいに おしちゃダメ?』の執筆に繫がりました。たまたま住居の隣人が出版エージェントだったという幸運もあり、コッターの絵本は世へ出ることになります。現在は故郷のオハイオ州に戻って絵本制作を続けています。

『ぜったいに おしちゃダメ?』はインタラクティブであること、読者が参加できることで魅力的な絵本になっています。


(画像:『ぜったいに おしちゃダメ?』より)

事例 自分で組み立てることで愛着がわく家具

参加できることが魅力に繫がっている商品が、家具にもあります。家具ブランドの「IKEA」が提供する商品です。

IKEAは高品質なものを価格を抑えて売ることで有名な家具ブランドです。世界中に店舗があり、世界最大の家具チェーン店とも言われています。


IKEAは1943年、イングヴァル・カンプラードによってスウェーデンで創業されました。カンプラードはそのとき、わずか17歳でした。社名は自身の名前と、自身が育った農場、村の名前のイニシャルを組み合わせたものです。当初は雑貨店としてスタートしました。文房具や日用品を取り扱っていました。家具を取り扱うようになったのは1948年です。

彼が考えていたことは、「人々に役立つものを、安く、確実に届けたい」ということです。IKEAは徹底的に効率化し、同業他社よりも価格を抑えた家具を顧客に提供しました。

あるとき、カンプラードは自社の社員がテーブルを車で輸送する際に、テーブルの脚を取り外していることを知りました。それは車に入るサイズにするためと、輸送中のダメージを防ぐためにしたことでした。そこから着想を得たカンプラードは、「フラットパック」形式で家具を売ることを思いつきます。

これは家具をパーツごとにバラバラにし、「フラット」な状態にして梱包したものを売る形式のことです。客は家に持ち帰ったあと、説明書を見ながら自分の手で家具を組み立てます。

これにはさまざまなメリットがあります。まず持ち運びが簡易になり、輸送費が抑えられること。フラットな状態で倉庫におけるので、効率的に保管できること。客が自分の車で持ち帰れるので、配送料がかからないこと。そして、それらのメリットによって、製品の価格を抑えることができたのです。

そのうえ、予想外な効果もありました。それは客が自分で組み立てることによって、家具に愛着がわくということです。

2011年のハーバード・ビジネス・スクールの調査によれば、人は自分の手で家具を組み立てると、既製品の家具よりも高い価値を見出すことがわかりました。調査した研究者らは、この傾向を「IKEA効果」と名づけました。

これは私たちの日々の実感にも沿っているのではないでしょうか。たとえば、スーパーで買って食べるいちごも美味しいですが、自らいちご狩りに行って食べるいちごには、ひと味違う感慨を覚えるものです。

私たちは「参加」することに特別な価値を感じるのです。

まとめ
➔提供されるものがインタラクティブだと人は前のめりに参加する
➔『ぜったいに おしちゃダメ?』はインタラクティブな要素が読者の心を摑んだ
➔IKEAの家具は客が組み立てることによって愛着がわく

考えてみよう
 あなたがよく行く店に参加要素を増やすとしたら?
 ボールペンをノックしたときになにが起こると嬉しい?
 新しいリモコンを作るとしたら、なんのリモコンでどんな機能をつける?

(菊池 良 : フリーライター)