株価の調整局面こそ「千載一遇の大チャンス」
株式投資を行ううえで避けることのできない株価調整局面では、どのように対応すればよいのでしょうか(写真:Elnur/PIXTA)
世界的に大きな調整局面を迎えている株式市場だが、シンガポールなどで実績を上げ世界的ファンドマネジャーとして知られる河北博光氏は、個人投資家にとって株価の調整局面こそ「千載一遇の好機」だという。
近著『世界標準の資産の増やし方』を刊行した同氏が、バフェット氏らも実践している「株価調整局面でどう行動すべきか」について解説する。
8月初めに、株式市場が大きく調整しました。長期トレンドに変化がなければ、こういった時こそ株を積み増したいところですが、短期間に調整をすると買い時だと思っても泣く泣く損切らざるをえなくなる方もいると思います。
また、上昇相場で乗り遅れたという意識が強いと、調整の初期段階で買いを入れてしまい、結果として決定的な底値で既に追加買い入れを行う余裕がなくなっているという場合もあるのではないでしょうか。
株価調整局面でどう行動するか
私自身、ついついポジションを取りすぎてしまい、後から反省する時もあります。インフレ下では長期で資産形成をするうえで、株式投資を行うことは重要ですが、株式投資を行ううえで避けることのできない株価調整局面では、どのように対応すればよいのでしょうか。
株式相場が調整すると言っても、突発的なものもあれば、ある程度リスクが高まっていることが認識できるものもあります。突発的なものというのは、仮にそれを予測できた人がいたとしても、自分自身がそれを予測できていなかったとすれば、それはやはり突発的な理由と考えます。
もちろん、そのようなことがないように日々研鑽を積んで洞察力を上げていくわけですが、それでも予測できないことや見落としというのは誰にでもあります。これは投資を行ううえでの必要経費と言えます。ただ、これはしっかりとルールを決めて対応することで、損失を許容範囲内に抑えて、次のチャンスをうかがうことができます。これは慣れと経験がものをいう世界です。
一方、マーケットをしっかりと観察し、イベントのスケジュールを把握していることである程度予測可能なものもあります。例えば、今年大統領選挙があることは確定していますし、日銀の政策決定会合がいつ行われるかなども決まっているわけです。そのようなスケジュールがはっきりとしている事象に関してはシナリオを用意しておくことである程度準備が可能です。
機関投資家の場合は通常詳細なシナリオと対応方針を立てています。ただ、限られた時間内で投資を行っている個人投資家の皆さんが、そのようなことを行うのは現実的ではないので、スケジュールを理解して、その時の調整をある程度頭の中でシミュレーションしておくだけで十分だと私は考えます。
そしてもし可能であれば、考えたことを紙に書いておく。頭の中だけですと、いざという局面で冷静な判断ができなくなることがあるので、その時に冷静になることを助けるツールを用意しておくことが大切だからです。また、できれば最悪シナリオを考えて、最悪の状態でも耐えられるようなポジションにしておくことも大切です。
このとき重要なのは、将来を正確に予測することではありません。これはどんなに努力してもある一定以上の確率にはならないからです。プロでも市場で起こることを正確に予想することなどはできないのです。それよりも、予想は外れる、予想はできないということを前提に、自分の見通しが外れた時に、修復不可能な損失を被らないようにすることが重要です。
投資をするうえで、時として損失を出すことは避けられません。私は常々、損失を出すことを恐れてはいけないと言っています。損失を恐れると投資はできないからです。ただ、損失を出すことと、回復することが不可能な損を出すことはまったく異なります。大切なのは取り返しのつかない損失を出さないように準備しておくことなのです。
資産配分のルールを決めておく
突発的な事象に対しても、予測可能なリスクに対しても同じですが、大切なのは資産配分のルールを決めておくことです。もちろん、すべての資産が同時に下落するようなこともあり得ます。それでもすべての資産が同じ率で下落するわけではなく、騰落率は資産ごとに異なりますし、中期的には各資産でリスクリターンを相殺し合います。
特定の資産への過剰な投資や、レバレッジ(負債を活用して純資産以上に投資すること)を活用した投資を行わなければ、取り返しのつかないような損失は避けられる可能性が高いというのが、資産運用の知恵です。特に現金は、通常の場合、少なくとも短期的には価値は減価しないので、資産の一定割合を現金で持つと損失を回避できます。
資産配分のルールは普段からしっかり決めておく必要があり、相場が急変してから考えるものではありません。資産運用で儲けるという発想ではなく、資産を守り育てるという発想から生まれているのがリスク分散を利かせた資産配分の考え方です。そこで決めた資産配分に従い、自分が付加価値を取れると考える資産の中で、個別にリスクをとった投資を行って付加価値を付けていくというのが安定した資産運用の基本とされています。
京セラの創業者、稲盛和夫氏のことばに「楽観的に構想して、悲観的に計画して、楽観的に行動する」というのがあります。投資も同じでリスクを考えすぎて始めなければ、リターンを得ることもできません。アイデアを思いついたら慎重になりすぎず、まずは投資してみるという精神は大事だと私は考えています。
ただ、どんなに良いと思った投資にも、リスクはつきものです。失敗したらどうなるのか、最悪のリスクが生じても耐えられるかを考えて、自分が決めている資産配分の中で、個別の投資配分を決定する。その範囲内であれば、可能な限り楽観的に行動し積極的に攻めていく。これが資産運用における正しい精神だと考えます。
市場が総悲観の時こそチャンス
その時にはつらい思いをする株価の調整ですが、長期の資産形成を行ううえでは、しばしば大きなチャンスとなることがあります。Buy when there's blood in the streets.(街中に血があふれるような総悲観の時こそ買い)という格言があります。歴史上大成功した投資家は市場が総悲観となっている時に思い切った投資行動を取ることで大きな利益を上げてきました。
ただ、市場が総悲観となっている時に思い切った投資をしたくても、追加投資する資金がなければそれはできません。それを可能にするには戦略的に余剰資金を持ち、追加投資できるようにしておくことが大切なのです。多くの投資家は、成功している時にはもっと儲けたいと思うため、どうしてもポジションが大きくなってしまいます。そのため、決定的な局面で追加投資を行うことができません。むしろ損切を余儀なくされることも多いのです。
歴史に残る伝説的な投資家の運用をまねることは難しいですが、現在進行形で投資動向を見ることができ、多くの人から尊敬を集めている投資家にウォーレン・バフェットがいます。彼の投資を見ていると、常に相場の下落局面で超割安に株を買うことに成功しています。
これは彼が天才的な相場観でポジションをとっているというよりも、相場が下落し、多くのファンドから資金が流出する局面で、彼のファンドには資金が流入し続けるという仕組みが作れているところに大きな仕組み上の優位性があります。バフェットの運用を見ていると、戦略的な追加投資資金を確保しておくことの重要性が改めて理解できます。
戦略的追加資金をどの程度用意しておくべきかについては、その人の資産額と収入によっても異なります。常に収入がある人は事前に戦略的追加投資資金をそれほど多く準備していなくても、収入の中から追加資金を捻出できる可能性があります。一方、新たな収入が大きくなく資産を取り崩しながら生活している人の場合は、意識的に戦略的追加投資資金を準備しておくことが必要となるわけです。
通常の株価下落ともいえる25%程度の下落で冷静でいられるか。かなり極端な下落で市場が総悲観となっていると考えられる50%の下落に際しても、人生設計を変えずに生活していける状態にあるか、ということは常に考えておく必要があります。
もちろんそのようなことは避けられれば避けたいのですが、多くの場合、適切な判断はできないという前提で、調整局面への準備を行い、もしそのようなことが起こっても冷静に捉え、それをチャンスとして活かせるようにすることが大切だと考えています。
成功者は「仕組み」をつくり上げた人
多くの人が、投資で成功している人はどのようなやり方で儲けたのかに興味を持ちます。また、世の中にある本もどうやって成功したのか、成功した人は何をしているのか、にフォーカスしたものが多いのではないでしょうか。しかし、多くの場合、投資には偶然や運の要素が入ります。そして、投資の成功の中でどこまでが実力で、どこからが偶然や運だったのかについては区別できていない場合が多いのではないでしょうか。
歴史上、相場で大成功した人たちを調べてみると、それぞれ素晴らしい面はあるのですが、死ぬまで成功し続けている人はほとんどいません。ルールをしっかりと定めて、そこそこ成功する投資をするのが良いとされているのは、そのような事情があるのです。そして、安定した投資を行って成功した人というのは、投資それ自体よりも、その投資を可能にした仕組みに成功の秘訣がある場合が大半なのです。
(河北 博光 : ファンドマネジャー)