不合理な線引きで被爆者援護から切り捨てられた人たちを、早急に救済しなければならない。

 長崎原爆に遭いながら、国の指定地域外だったために被爆者と認められていない人は「被爆体験者」と呼ばれる。約6300人に上り、高齢化は著しい。

 岸田文雄首相は9日、被爆体験者と初めて面会し、武見敬三厚生労働相に「合理的な解決」に向け「具体的な対応策の調整」を指示した。

 当事者は期待を寄せる。これまで被爆者と認めるよう求めてきたのに、国は一蹴してきたのだから当然だ。

 岸田首相は面会から5日後、9月末で退陣する意向を表明したが約束は重い。問題解決への道筋がつくよう最後まで力を尽くす責任がある。

 今月27日に予定されていた厚労省と長崎県、長崎市との協議は延期になった。厚労省は「進め方自体が決まっていない」という。高齢化の実態を考えれば一日も早く進めるべきだ。当事者の期待を裏切ってはならない。

 被爆体験者たちは、放射性物質を含む「黒い雨」や灰を体内に取り込んだため健康被害が出たと主張している。

 国は、放射線による影響を否定し被爆者健康手帳を交付していない。手帳の有無による格差は大きい。被爆者に認定されて交付されれば医療費の自己負担がないのに対し、被爆体験者への助成は精神疾患や一部のがんに限られる。

 金銭面だけでない。被爆した実態があるのに被爆者と認められないことは、国が責任を放棄していることに他ならない。被爆体験者の苦しみは計り知れない。

 そもそも両者は旧行政区画に基づいて線引きされた。科学的根拠に欠ける。

 被爆体験者たちは手帳交付を求める集団訴訟を相次いで起こしている。2019年までに最高裁でほぼ全員の敗訴が確定した。

 長崎とは対照的に、広島の「黒い雨」訴訟では広島高裁が21年、指定地域外で雨を浴びたとする原告全員を被爆者と認めた。国は上告を断念し「同じような事情」にあった人の救済も表明した。

 ただ22年度から始まった被爆者認定の新基準でも、長崎は除外されたままだ。

 焦点は長崎でも「黒い雨」が降ったのかどうかだ。

 厚労省は、被爆体験記に雨や飛散物の記述が200件あるものの、被爆から50年以上を経て執筆されたことなどから「客観的事実として捉えられない」と主張する。貴重な体験記を作り話とでも言うのか。あまりに理不尽だ。

 被害の全容把握を怠ったのは国である。「疑わしきは救済する」という被爆者援護の理念に立ち返るべきだ。

 集団訴訟で敗訴した被爆体験者ら約40人が、長崎地裁に再提訴した訴訟の判決が9月9日に予定されている。国は判決にかかわらず、救済の網を広げなくてはならない。