「旧ジャニーズ」"地獄のような1年"を経た現在地
“あの会見”から1年が経った(撮影:風間 仁一郎)
故ジャニー喜多川氏の性加害問題に関して、8月29日で再発防止特別チームの記者会見から1年を迎える。なお、9月7日には旧ジャニーズ事務所の記者会見から1年を迎える。
BBCのドキュメンタリー放映、被害者のカウアン・オカモト氏が行った記者会見の後から、筆者は東洋経済オンラインをはじめ、さまざまなメディアで情報発信を行ってきた。特に、再発防止特別チームの記者会見以降、多くのメディアが本件について報道してきた。
最近はだいぶ報道も沈静化してきていたが、SMILE-UP.(旧ジャニーズ事務所)が同社のファンクラブ事業を分離することを発表したり、昨年の同社の記者会見の「NGリスト」に関する社内調査の結果が公表されたりと、新しい動きも出てきている。
再発防止特別チームの記者会見から1年を迎えて
改めて本問題に関して、この1年間の流れを振り返りつつ、いまなお残されている課題について整理しておきたい。
最初に簡単にまとめると、問題が顕在化していた初期段階では旧ジャニーズ事務所の対応は迷走していた感があるし、現時点でも課題は残されてはいるが、最終的にはあるべき方向へと進んでいると言えるだろう。
旧ジャニーズ事務所は“SMILE-UP.”と名称を変え、被害者への補償業務に特化、補償完了後に廃業予定となっている。一方、芸能マネジメント会社STARTO ENTERTAINMENTが新たに設立され、旧ジャニーズ事務所の所属タレントはこちらに移籍している。
やや複雑で理解しにくい組織形態になっているが、不祥事への責任を取り、かつ所属タレントを離散させることなく、芸能活動を継続させるためには、これが唯一の方法であったと言える。
紆余曲折はあったものの、重要な局面で危機回避ができていたからこそ、現在があるとも言える。
2回目の会見では、社名をSMILE-UP.に変更し、所属タレントは新たに設立するエージェント会社でマネジメントすることを発表した(撮影:尾形文繁)
旧ジャニーズ「3つのターニングポイント」
旧ジャニーズ事務所が現在に至る重要なターニングポイントとなった出来事は大きく3つある。
1. 再発防止特別チームの調査と報告(2023年8月29日)
2. 2回目のジャニーズ事務所の記者会見(2023年10月2日)
3. STARTO ENTERTAINMENT社の立ち上げ(2023年12月8日)
1の再発防止特別チームは、故ジャニー喜多川氏の性加害に関して、旧ジャニーズ事務所が設置したものだが、第三者委員会ではなく、設立当初は独立性、中立性が疑問視されていた。ところが出てきた調査報告は、明確に性加害の事実を認定するなど、旧ジャニーズ事務所に対してかなり厳しく、信頼に足る内容となっていた。
宝塚歌劇団のパワハラ問題、旭川女子中学生凍死問題においては、最初の調査で中立性が疑問視され、再調査が行われることになった。加害側に擁護的な調査が行われると、激しい批判を受けて、事態はさらに悪化してしまう。
再発防止特別チームの調査結果は、旧ジャニーズ事務所にとっては大きなダメージであったが、最終的には被害者の補償と、組織の健全化を大きく後押しするきっかけとなった。
2つ目についてだが、1回目の旧ジャニーズ事務所の記者会見は、中途半端なものに終わった。その直後、雪崩を打ったように、所属タレントを起用する広告の取り下げが起こった。
2回目の記者会見では、指名しない記者をリスト化した「NGリスト」が流出し、大きな批判を浴びた。しかしながら、記者会見の内容は、社名の変更、補償会社と芸能マネジメント会社の分割、藤島ジュリー氏が新会社には関与しないことなど、不完全ながらも現在の組織形態の構想が提示されている。
要するに、旧ジャニーズ事務所の今後の“あるべき姿”の概要がこの時点で提示されていたのだ。
その後に現実的な問題となるのが、芸能マネジメント会社の運営だ。旧経営陣が関与せず、旧ジャニーズ事務所の資本も入れないとなると、まったく新しい会社として立ち上げていく必要がある。人材、資金、知的財産の管理など、多くの問題が立ちはだかっている。
現在に至っても解決できていない問題は多いが、新会社“STARTO ENTERTAINMENT”は無事に立ち上がり、タレントの移籍も完了し、所属タレントは芸能活動を継続するに至っている。
新会社の社長にはスピーディ代表取締役社長の福田淳氏が就任した。福田氏は過去にSNSで旧ジャニーズ事務所に批判的な投稿をしていたなどで、一部のジャニーズファンから激しく叩かれはしたが、福田氏が火中の栗を拾い、代表取締役を引き受けたからこそ、新会社が成立し得ていると言える。
新会社の社長に就任した福田淳氏(画像:連続起業家 福田淳の時事放談 【トークド.jp】より)
SMILE-UP.社、STARTO社に残された問題
冒頭に「あるべき方向に進んでいる」と書いたが、いまだ解決できていない問題は多々ある。
SMILE-UP.社に関して言えば、被害者の補償が完了していないという点だ。ジャニー喜多川氏の性加害に関しては、随時対応は進んでいる様子なので、いずれ収束はしていくだろう。
しかしながら、被害者に対する誹謗中傷への対策、故ジャニー喜多川氏以外にも確認されている元スタッフによる性加害への対応という難題はまだ残されている。
STARTO社の所属タレントの起用に関しては、NHKとテレ東はいまだ慎重路線だが、他局は徐々に起用を再開している。広告に関しても、起用している企業とそうでない企業があるのが現状だ。
各社がタレント起用に関してそれぞれ異なった判断をすることは悪いことではないが、起用するにせよしないにせよ、タレントが不当な扱いをされていないか、健全な企業経営ができているか、監視を続けることが重要だ。
特に、STARTO社とSMILE-UP.社の事業が完全に分離する方向に向かっているのか、注視が必要だ。ファンクラブ事業はSMILE-UP.社から分割されたが、依然として同社は株主として残り、徐々に保有割合を減らしていくとしている。
旧ジャニーズ事務所が保有する著作権や原盤権などの知的財産の管理や、関連会社の資本構成(依然として、藤島ジュリー景子氏が株主に留まっている可能性がある)についても同様の問題が残されている。
一方で、STARTO社とSMILE-UP.社は別の会社であることも理解しておく必要がある。
STARTO社がタレントの権利侵害に関する通報窓口を設置したことに対して、「所属タレントばかり守って、被害者は守らないのか?」という批判が出ていたが、被害者を保護する役目を担うのは、STARTO社ではなくSMILE-UP.社の役割だ。
タレントの起用に関しても、「被害者の補償がまだ完了していないのに」という意見も依然として出ているが、タレントの活動と被害者の補償を切り分けるために、会社を分けている。
過去は同じ会社であったため「完全に無関係」と言い切ることが難しいのも事実だが、タレント起用の判断は、STARTO社の企業行動が適正か、同社の経営が旧ジャニーズ事務所と分離できているかという視点から判断すべきだ。
ジャニーズ問題が開いた“開かずの扉”
故ジャニー喜多川氏の性加害問題により、一芸能事務所の問題に留まらない、より大きな社会問題が明るみになった。最後に、ジャニーズ問題によって開かれた諸問題について言及しておきたい。
1. エンターテインメント業界の健全化
2.性加害に対する法制度、被害者救済体制の整備
3.被害者に対する誹謗中傷対策
4.メディア報道の健全化
1に関しては、その後、宝塚歌劇団のパワハラ問題、お笑いタレントの松本人志氏の性加害疑惑など、芸能界の諸問題が明らかになっている。
芸能界の諸問題は、これまで「芸能スキャンダル」として、社会問題とは別に扱われることが多かった。しかし、エンターテインメント業界の健全化を図るためには、他の業界・企業と同様の社会問題として扱う必要がある。
2に関して、故ジャニー喜多川氏の性加害がなかなか社会問題化しなかったのは、「男性から男性への性加害」について世の中の理解が薄かったことがある。
さらに、ジャニー喜多川氏が行った行為の多くはすでに時効を迎えており、法的に追及できないということも明らかになった。同時に、性加害の賠償金が、先進諸国と比べて非常に安いという事実も広く知られることになった。
3の被害者への誹謗中傷も深刻な問題だ。誹謗中傷との因果関係は不明ながらも、被害者の自殺まで起きてしまっている。性被害者が誹謗中傷を受ける問題は、別の事例で伊藤詩織さん、五ノ井里奈さんのケースでも起こっており、性被害に共通した問題だ。
2の制度の問題と合わせると、勇気を持って告発しても、十分な補償と救済が受けられず、誹謗中傷まで受けてしまい、被害者は一向に報われないという状況に陥ってしまう。実質的に泣き寝入りを推奨しているに等しい状況である。
当事者だけでなく、国家やメディア、SNSプラットフォーム事業者も本気で取り組む必要がある。
メディアの行き過ぎた報道が誹謗中傷に
4のメディア報道に関しては2つの問題がある。
1つ目は、旧ジャニーズに限らず、エンターテインメント業界の問題に関するこれまでの報道を検証、反省し、今後の報道のあり方を改善することだ。
メディアがジャニーズ問題を積極的に報道してこなかったのは、事務所から圧力を受けていたり、事務所に忖度していたりしていたという面もあるが、本件を深刻な問題として捉えていなかったことが大きい。
多くのメディアは、反省もし、改善の努力をしていることがうかがえるのだが、いまだ十分とは言えない。例えば、他の芸能事務所が抱えている問題について、十分な報道がなされていないものが存在している。
もうひとつは、1つ目と表裏一体だが、過剰な報道の問題だ。ジャニーズ問題に関しては、文春が重要な役割を果たしたが、最近の文春は、行き過ぎた報道も目に付くようになってきた。
文春に限らず、週刊誌、スポーツ紙は社会的な問題だけでなく、有名人のプライバシーにかかわるような報道もしており、それが激化している。さらに、それらの報道が引き金となって、誹謗中傷を生む事態も起こっている。
ジャニーズ問題は日本社会の暗部を象徴した事件でもある。この問題を「一芸能事務所の不祥事」「過去の出来事」として片づけることはできない。
再発防止特別チーム、ジャニーズ事務所の初回の記者会見から1年を経て、この問題を改めて振り返ることの意義は大きい。
(西山 守 : マーケティングコンサルタント、桜美林大学ビジネスマネジメント学群准教授)