昨年、Rugby School Japanを創設するなど、日本の教育界に革新を起こしているフェイフェイ・フウ氏。英国式教育や世界で求められる教養について話を聞いた(写真:CEA)

現在、学校教育の世界だけでなくビジネス社会においても「教養」がブームとなっている。そもそも「教養」とは何か。なぜ「教養」が必要なのか。

3万5000部のベストセラー『読書大全』の著者・堀内勉氏が、都内に複数のインターナショナルスクールを開設し、昨年、Rugby School Japanを創設するなど、日本の教育界に革新を起こしているフェイフェイ・フウ氏に、英国式教育や世界で求められる教養について話を聞いた。

堀内勉(以下、堀内):フェイフェイは、麹町のフェニックスハウスに続いて、昨年にはイギリスパブリックスクールの名門ラグビー校の日本校を立ち上げるなど、日本の教育界で革新を起こしていますが、現在、自身が展開するインターナショナルスクールでは、どのような教育を行い、何を目指しているのか、そのあたりからお話をうかがえますでしょうか。

英国式カリキュラムを展開

フェイフェイ・フウ(以下、フェイフェイ):まず昨年千葉県の柏の葉に開校したRugby School Japanは英国の名門、ラグビー校の姉妹校です。同校は1567年、エリザベス女王一世の時代にローレンス・シェリフ氏によって創立されて以来、450年という長き伝統の中で教育の原型を形造る重要な役割を果たしてきました。本物が日本に来た、というのは歴史的なことです。パブリックスクールですので11~18歳が対象です。

ただ、私たちはその段階に至るまでの、就学前教育(生後18ヶ月から5歳まで)と初等教育(11歳まで)も東京都内で行なっており、それぞれの教育段階において異なるフォーカスを置いています。

就学前教育に関しては、クラレンスインターナショナルスクールという学校を南青山に開いています。そこではアートを中心としたカリキュラムを導入しています。これはチャールズ国王が皇太子時代に設立した「The Prince’s Foundation for Children & the Arts(子どもと芸術のための財団)」と連携して、子どもたちに本物のアートに触れてもらう体験を重視しています。

新生児は無意識=カオス、つまりロジカルではない世界から生まれてくるわけですが、最初は意味はわからなくても目に見える色や形やヴァイオリンの響きや詩を朗読する声そのもので世界認識を形成します。ですから、さまざまな本物の楽器の音や言葉の語感などといったアーティスティックな生体験をしてもらうことを意識しています。

次の段階の初等科教育は、千代田区四番町のフェニックスハウスという別の学校で行っています。フェニックスで重視しているのは「言語」習得です。ここでいう「言語」とは英語と日本語だけではありません。母語や外国語に加え、いわゆる第二外国語つまりフランス語やスペイン語、中国語、ラテン語に触れる機会、さらにはコンピュータのプログラミング言語、また音楽もある意味1つの「言語」だと思いますが、そういった多様なコードに触れてそれらを習得し、この世界は複眼的に理解してもらいます。

言語は、文化そのものであり価値体系でもあるので、複数の言語を理解するということはつまりひとつの考え方の縛りから自由になるということです。問題にぶつかっても、さまざまな角度からクリエイティブに物事を解決する能力を身につけるということです。また、この成長段階の子どもたちは言語習得にもっとも適した年齢でもあるので、多言語・多文化に触れられる環境を作っています。

そして、中等教育にあたるRugby School Japanでは、アカデミックな成功と人格形成を重視した教育を行っています。特に後者は重要で、「Character Formation」(人格形成)と言いますが、英国本校のラグビー校から校長や教員を招いて、全人教育のノウハウを共有してもらっています。

これからの時代は試験中心や知識偏重ではダメだ、と感じている保護者は多いと思います。当然その通りなのですが、しかしだからといってRugby School Japanは脱知識のオルタナティブな学校でもありません。450年以上の経験に裏打ちされた、実証済みのカリキュラムを提供し、アカデミックな成功と人間的な成長を融合したユニークで世界レベルの教育を行なっています。

また、幼少期から中学高校からスイスや英国の海外ボーディングスクールへの留学という選択肢もあると思いますが、やはり10代前半の人格形成期に親元を離れるのは、その子にとっても家族にとってもアイデンティティ・クライシスに繋がります。自分のルーツを忘れないことは国際社会で活躍する上で非常に重要です。

ですので、Rugby School Japanでは Weekly Boardingと言って、月曜日から土曜日の昼まで東京都心から1時間のキャンパスで寮生活、週末は自宅で家族と過ごすというプログラムがあります。共働きの保護者にとっても、平日は思う存分働き、自由に社交し、週末は家族水入らずでファミリーで過ごすということになりますので、家族全員にとって新しいライフスタイルの選択だとよく言われます。


2023年9月3日、Rugby School Japan校舎で最初の入学式が開催された(写真:CEA)スペシャリストよりジェネラリストに

堀内:教育の世界を自分のフィールドとしてやっていこうと思ったのは、どういった経緯からでしょうか。フェイフェイのバックグラウンドはとてもユニークなので、非常に興味があります。ご自身が中国で生まれて日本やアフリカで育ったことと、オックスフォード大学への留学で学んだ経験が強い影響を与えているのだと思いますが。

フェイフェイ:自身のことを少しお話させていただきますと、上海で生まれて7歳の時に日本に来ました。当時の日本は80年代後半のバブルの頃で、とてもエネルギッシュでした。上海では母と配給券をもらって野菜を買いに行くという生活をしていたのに、日本では街中にものがあふれ、近代的なきらびやかなビルが立ち並んでいて、強いカルチャーショックを受けた記憶があります。

それから11歳の時に、父の仕事の関係で南アフリカに行きましたが、大学は日本に戻り早稲田大学で哲学と文化人類学を専門に学びました。その後、オックスフォード大学に留学するのですが、さまざまな国で暮らし、その国の文化や習慣を経験するようになって、1つの言語や民族、国家という枠組みを超えたところで人類の歴史や人間社会が成り立っていて、ぼんやりとですがその中に自分という存在があると考えるようになりました。

何か漠然としたそうした思いをひと言でまとめてくれたのが、仏の哲学者パスカルの 'It is better to know something about everything than everything about something' という言葉です。つまり「何かについてすべてを知っているよりも、すべてについて何かを知っているほうがいい」というルネサンス的な発想ですね。

同時に、自分は中国出身ということもあったので、儒教に代表される古典の世界や文人の基礎教養とされていた琴棋書画を身につけなければという、中国的な文化精神の影響も大きかったと思いますが、基本的にはスペシャリストよりはジェネラリストになろうというのが私自身の目指すところとなりました。

堀内:オックスフォード大学への留学を経て、当時のチャールズ皇太子の下で補佐官を務められました。現在、展開されているフェニックスハウスやラグビーで英国を基盤とするカリキュラムを取り入れていることに強い影響があったのでしょうか。

英国で学んだ「紳士の教養」

フェイフェイ:英国王室でチャールズ国王(当時は皇太子殿下)のもとで8年間務めました。クラレンス(Clarence)宮殿(現在、私と妻とで共同経営するClarence Education Asiaの原点)には、ざまざまな領域と階層の人々が行き交っていました。

経済界や政治界のリーダーはもちろん、芸術界、宗教界の有名人や軍事、外交、科学のあらゆる分野の人々が出入りしていました。サッチャーさんやHSBC銀行会長、NATOの将軍、ハプスブルク家の王子様やペルシア皇帝の孫とランチや宮中晩餐会を共にしました。

その時、私は英国王室唯一の東アジア出身者だったので、いろいろなことを聞かれました。会食の間、2時間半誰とでも話せるのは紳士の基礎教養だとされていたので、最初は熱が出たほどです(笑)。

ただその時の彼らは、所属する組織の役職のお偉い帽子を被っていたわけではなく、周囲の人を自分に惹きつける魅力的な人間として僕の目に映りました。一言で言えば、"グラビティ(Gravity)"(注:人を惹きつけ魅了する力)がある、という点です。

最初から最後まで仕事の話をしない時がほとんどですし、時事問題やその時にロンドンのロイヤルオペラで演じられている歌劇について、また東洋思想や各大陸のマーケットについて話が飛び交います。これらの会話はどちらが正しいか競い合うためにするものではなく、純粋にこの世界に対する好奇心から生まれたものだと感じましたし、私の出会った多くの偉人たちはまるで少年少女のように目を輝かせながら互いの存在を楽しんでいました。

ですから、いま日本で起きている教養ブームは、出世するための戦う武器として、ビジネスの役に立つ幅広い知識を身につけようという切り口な気がしますが、それに対しては少し違和感があります。私にとっては、教養とはすぐに実用的な道具ではなく、自由のための土壌です。すなわち自由に発想し、自分のターム(条件)で生きるための土壌。地中の幅広く深い根と微生物と結びつき、私たちが豊かに生きるために滋養をくれるのです。

先日あるイギリスの友人と話していて、彼がさりげなく"アングロスフィア(Anglosphere)"(注:英語圏諸国)という言葉を使ったのが印象に残りました。産業革命以降、300年近く世界のルールは英国とアングロスフィアが決めてきたと言っても過言ではないと思います。それは経済や国家の基本的な仕組みだけでなく、何を美しいとするかという美意識(美術やファッション)や正しく生きるとはなにかという倫理や道徳についても言えると思います。

アジアの人たちもゲームメークする側に

一方アジアは、日本はバブル期に非常に努力し成功も収めましたし、中国も近年大きな力をつけており、今後は東南アジアも伸びると思いますが、それでもよき「プレーヤー」にとどまっているのが現実ではないでしょうか。

人類社会の多くの重要かつ核心的な分野でのゲームメーキングの主体は、あくまでアングロサクソンのままです。プレーヤーのままですと、せっかく頑張ってもゴールポスト自体が動くことがあります。だからゲームメーキングする側に入っていかないと面白くない。

ただ、イギリスが閉鎖的で陰謀論的に世界を牛耳ってきたのかというとそういう意味ではありません。私が身をもって体感したことですが、イギリスの社交界の中枢でも、ラウンドテーブルの座席はつねにそこにオープンに用意されている、ということです。誰でも豊かな教養の上に成り立つ新しいユニークなアイデアがあれば、扉を叩いてそこで意見を述べることができるし、われわれはその舞台に非常に歓迎されます。

そして、そのような人物であれば、1つの地域の課題や物語を超えた、人類全体の未来の枠組み作りや価値観の形成に貢献できます。ただ、そこに座りにいくアジア人がいるかといえば、あまりいないのが現状です(僕は王室の8年間でSir David Tangという1人にしか出逢いませんでした)。

白洲次郎さんが有名かもしれませんが、明治時代の日本の偉人であれば、世界と対等に話ができ、世界のルールづくりにかかわるような人物がいたと思うんです。

そういった枠をはみ出て未知の領域をこれから定義していく重量級の人材育成には、新たな選択肢も必要だと思っています。国という枠組みのなかで整備されてきた公立とも私立とも違う、完全に国とインデペンデントな教育環境です。現在の日本や中国が定めた学習指導要領だけでそういった重量級の人物を輩出することは可能か? そう思ったことが、学校をつくり、教育の世界に情熱を傾けようと決意した理由です。

堀内:なるほど。そうした思いがあって、人格形成を重んじる中等教育に熱意を傾けているのですね。

フェイフェイ:その通りです。そのために1567年に英国で創立されたラグビー校と日本の三井不動産、国立千葉大学と協力して、Rugby School Japanを昨年9月に開校しました。英国側もアジアを重視していて、姉妹校という拠点を持つことで、国際教育連携を通じて英国の生徒たちにも世界認識とネットワークを広げてもらうという思いがあるようです。


2023年9月3日、完成したRugby School Japan校舎の前にて。CEA共同創設者及び同校副理事長の妻、須田絢日と共に(写真:CEA)

ラグビー校の教育が目指すもの

ラグビー校の日本校は中高一貫校で、いわゆる中等教育を担っていますが、イギリス人の多くが、そして私も同様ですが、中等教育がもっとも重要だと考えています。中等教育というのは、まさに人格形成の時代であり、そこで自身の考え方や価値観などのマインドセットがどう形成されるか。これが教育においてもっとも重視されるべきだと考えるのです。

インターナショナルスクールというのは、単に英語をツールとして教える語学学校ではなく、古今東西の人類と世界の知にアクセスする言語能力とマインドセット=OSを身につけてもらう学び場であると考えています。

そのためには、自分のアイデンティティがしっかり根ざすことを前提としているので、人格形成がなされる中等教育までは、先ほども申し上げましたが、自分自身と家族のルーツのある土地・場所(例えば日本)に暮らすことも重要だと考えています。

堀内:最後に、フェイフェイが考える「教養とは何か」について、あらためて自身の考えを聞かせていただけますか。

フェイフェイ:先に「教養は自由のための土壌」だと述べましたが、私自身が英国の王室時代に得た経験から、教養とはビジネスで成果を上げるためや他者に勝つために知識を習得することではなく、自分自身の発想や世界を広げてくれるもの、自分の中にグラビティをつくるために必要なもの。これこそが教養ではないかと考えます。

後編につづく)

(フェイフェイ フウ : CEAグループ代表、Rugby School Japan 創設者)
( 堀内 勉 : 多摩大学大学院教授 多摩大学サステナビリティ経営研究所所長 )