自分自身で選んだ音楽ではなく、プレイリストでの推薦や嗜好性分析による自動プレイなどで音楽を聴くようになり、時代を超えたリスナーとの出会いが生まれている(写真:kyokyo/PIXTA)

エンタメ産業は、その時代のテクノロジーによって業態が変容してきた。典型的な例は音楽業界だ。音楽業界が過去8年にわたって成長を続けている背景には、スマートフォンやワイヤレスオーディオ、デジタル音楽配信サービスといったテクノロジー製品、サービスの普及がある。

CD販売の急激な落ち込みから衰退期にあった音楽産業が、デジタル音楽配信サービスで救われたというストーリーは、すでに承知の方も多いだろう。

しかし、産業規模がCD最盛期を超え、そのビジネスモデルや今後の成長領域などは大きく変化している。さらに、音楽産業の構造変化はオーディオ機器の売り上げも急速に伸ばした。

ワイヤレスイヤホン、ワイヤレススピーカー市場の隆盛は、音楽産業の構造変化がもたらしたものだが、さらなる音楽産業の変化に伴ってオーディオ機器の市場も大きく変容、成長していく可能性がある。

音楽産業とテクノロジー

少し歴史を振り返ってみよう。

音楽を中心とした事業の始まりは、言うまでもなく“実演”が中心だった。録音技術がなかったからだ。優れた楽曲を創作する音楽家は、自らが創作した音楽を実演しながら街を巡る旅に出て稼ぐこともあった。

しかし、印刷技術が発展すると、音楽は楽譜として”出版される”ものとなる。現在でも”音楽出版”は音楽産業における中核にある。

その後、録音技術が生まれると演奏を録音した媒体を販売するようになる。これが”録音原盤事業”で、アナログレコードからCDにかけての”アルバム形式でのパッケージ販売”という事業形態を生み出した。それと同時に録音原盤を、より良い状態で再生するための機器、つまりオーディオ産業が生まれた。


余談だがレコードはレトロブームで再燃の傾向にある(写真:さわ/PIXTA)

CDが録音原盤の販売・流通を身近なものにすると、音楽産業は急速に伸びたが、ご存じの通り1999年をピークに急速に縮小した。日本ではCD販売が根強く音楽事業の柱であり続けたが、グローバルでのCD売り上げ減少は壊滅的なものだった。

それはCD原盤のデータをMP3技術で圧縮し、ネットで共有するサービスが広がったことが引き金だ。1999年、CDを中心とした物理メディアのパッケージ販売はおよそ220億ドルだったが、10年後の2009年には100億ドルを下回った。

iTunes Storeをはじめとしたダウンロード販売はこの落ち込みを補うことはできず、音楽産業全体としては音楽ライブなど”実演”への回帰が進んだ。実演への回帰は、現在も流れとして大きくなっている。

一方で録音原盤の事業も音楽配信サービスの成長で、以前を超える規模に復活し、さらに伸びようとしている。2022年、録音原盤の販売はグローバルで約286億ドルに達し、前述したCD全盛期の1999年を大きく超えている。

写し鏡の”音楽とオーディオ”

視点を少し変えてみよう。

実演だけでは小さな市場しか生み出せなかった作詞家・作曲家は、出版技術によって楽譜販売による印税を得られるようになった。さらに録音技術によって実演家も、演奏そのものを複製、より多くの人に楽しんでもらえるようになり、音楽は産業へと発展した。

この”録音原盤”をめぐる産業の発展は、写し鏡のように発展と衰退が進み、業態の変容も(少しばかり時間差はあるものの)起きてきた。

アナログレコードとともに急速に伸びたオーディオ市場は、機器そのものの小型・低価格化に加え、ソニーのウォークマンを発端に再生機器のパーソナル化が進んだ。CDの登場で一定水準のオーディオ体験が手軽に得られるようになると、カジュアル市場と高級機市場の両極に分離し、高級オーディオ機器は新規ユーザーを獲得できないまま高齢化が進み、並行してCD販売不振の時代を迎えると、オーディオブランドは、さらに先鋭化して既存ユーザーに迎合せざるを得なくなった。

高級オーディオブランドも音楽配信サービスへの対応など、音楽産業の変化に追従しつつあるが、オーディオ産業全体を見渡すと”スマートフォンとストリーミング配信”への移行に伴う変化を飲み込みつつ、売り上げ規模の大きな成長をもたらしている。

オーディオ機器市場は極めて細分化されており、正確な機器販売の規模を示す数字は見つからないが、音楽ストリーミングの成長とともに大きく成長してきた2015年以降、ワイヤレスイヤホン・ヘッドホン市場の急成長とスマートスピーカーの普及で大幅に伸長したとする分析は共通している。


都市部では、使っている人を見かけない日は、ないといえるほど普及したワイヤレスイヤホン(写真:Graphs/PIXTA)

2000年から2010年、すなわちCD衰退期にオーディオ産業全体の売り上げがほとんど伸びなかったように、音楽産業の変化はオーディオという製品ジャンルに影響を与えている。

テクノロジーによる本格的な業態変容はこれから

これらは”現在”についての分析でしかない。

市場予測ではワイヤレス化による市場拡大はまだまだこれからで、少なくとも2030年までは上昇していくと言われている。例えば、昨今の大規模言語モデルによるAIの進化は、これまでは単なる音声操作+アルファにとどまっていた音声アシスタントに、人工知能的な要素が加わることを意味している。

自宅の中、オフィスの中、あらゆる場所にワイヤレススピーカーが置かれ、いつでも自分の音声を識別してAIがサポートしてくれる未来は、数年前ならお伽話に聞こえただろうが、現代においては現実的な目標だ。

オーディオ製品および、オーディオ製品と連動するAIサービスを通じて、音楽配信サービスを利用することが当たり前になれば、好まれる音楽も変化し、音楽産業の構造そのものにも、さらなる変化が生まれる。

アメリカ・ニールセンの調査によると、2018年における録音原盤市場で旧譜が占めた割合は63%だったが、ストリーミングで音楽を楽しむ消費者が増えた結果、2023年は旧譜比率が72.6%にまで向上している。

自分自身で選んだ音楽ではなく、プレイリストでの推薦や嗜好性分析による自動プレイなどで音楽を聴くようになり、時代を超えたリスナーとの出会いが生まれているからだ。

また、技術の進歩などで増加している立体音響技術を用いた”空間オーディオ”も、対応曲の増加とともにニーズが高まってきており、イヤホン、ヘッドフォン、スピーカーのいずれにも進化の余地が生まれている。

しかし、技術革新による音楽市場の拡大は、こうした”録音原盤”の応用だけにとどまらない。音楽産業の原点を”実演”に見るならば、実演ライブをテクノロジーで拡大することにこそ、より多くの成長余地がある。

”ライブパフォーマンス”のDX化

音楽産業は録音原盤の販売とコンサートチケットの販売が、ほぼ拮抗している。PwCグローバルのレポートによると、2024年の録音原盤市場がおよそ250億ドルに対し、ライブチケット販売はおよそ240億ドル。年率4%台で成長すると予想されており、今後しばらくは両輪になっていく。

ところが国内を見ると、少しばかり状況が異なる。

ぴあ総研のレポートによると、日本国内のライブチケット販売は2020年以降の急成長に反し、2024年以降は年率0.9%という低成長が予測されている。一時的なものではなく、少なくとも2030年ごろまで続くとの予測だ。

これは音楽ファンの主体である若年層が日本では急減すると予想されている上、海外と比較した際にスタジアムやコンサート会場の規模が小さいなどといったこともある。それでも経済波及効果は大きいと経済産業省は見積もっているが、こうした国内の状況は新しいアプリケーションを生み出す土壌を作る可能性がある。

音楽ステージなどのライブチケットは映画やスポーツよりも単価が高く、また交通費・宿泊費や飲食、物販などに発展しやすいという。

一方で”実演”に参加できる人数が限られている(からこそ単価も高い)故に、市場の枠が限られていることも事実だ。楽譜の出版から録音原盤をメディアで複製しての販売へと向かったように、技術革新が”ライブ体験の複製”を実現するなら、そこにDX化の余地はある。

例えば5Gの普及は、より高い質の音楽体験をもたらすライブパフォーマンスの伝達を実現する新しいメディアフォーマットの誕生を促す可能性がある。Apple Vision ProやMeta QuestなどのVR機器で、家にいながらコンサート会場にいるような体験ができる日も来るだろう。


メタバースでの音楽ライブイベントも増え始めている(写真:metamorworks/PIXTA)

実際、ライブの臨場感を味わえるコンテンツも登場し始めているが、この技術やノウハウは、音楽ファンとアーティストの距離を縮め、物理的な制約を超えたファンコミュニティを生み出せるものだ。技術的なハードルは高いものの、その波及効果は計り知れない。

(本田 雅一 : ITジャーナリスト)