民主党大会で受諾演説をするカマラ副大統領(写真:Victor J. Blue)

興奮の渦に包まれたアメリカの民主党大会が終わり、2024年大統領選挙の「熱い夏」は過ぎた。11月の投開票日まで残すところ2カ月だ。一方で、日本では9月に自民党総裁選挙がある。「ポスト岸田」が決まる節目である。

ところが、日米2つの首脳選挙を見比べると、日本の首相候補は、演説や答弁を通して国民を共感させる「コミュニケーション力」はまったく未知の顔ぶれだ。一方で、ミシェル・オバマ元ファーストレディ、民主党指名候補となったカマラ・ハリス副大統領などは民主党大会で、人々の心を揺さぶり、総立ちにさせた。

ハリス氏は今後の有権者との対話や大統領候補討論会に向けて、さらに特訓を受けている。アメリカでこうした様子を見ていると、日本では政治家が一定の能力を持たずとも、首脳になれるのかと思ってしまう。

民主党大会の「クライマックス」

8月22日夜、民主党大会最後の日、大統領指名候補のカマラ・ハリス副大統領は、受諾演説を行った。大会のクライマックスだ。

「私の全キャリアを通じて、私にとってのクライアントは、1つしかない。それは人民だ」

「この選挙によって、私たちの国家は、貴重な、またとないチャンスを与えられている。それは、辛い、皮肉に満ちて、分断的な過去から前に動き始めるチャンスだ。前に進む新たな道だ。それは、どんな政党や派閥に属しているということではなく、アメリカ人として進むべき道だ」

「最も高い志に基づき、私たちを団結させる大統領になる。人々をリードし、耳を傾ける大統領になる」

短いセンテンスで、単語の前後に十分な間をおき、強調する部分は声を枯らした。大げさではない手振りを加え、演説に渾身を込めた。そもそも大統領の影になりがちな副大統領であったために、彼女がこれだけ必死に演説をする姿は見たことがない。

それだけに、今回の演説だけで「presidential(大統領らしい)」とメディアや国民に言わせなくてはならない。おそらく相当の練習をしたに違いない。しかも、バイデン大統領が選挙戦から撤退を発表し、彼女を候補にした7月21日からわずか1カ月で、影の薄い副大統領から大統領候補への変身を強いられた。

「自信に満ちた、信念がある、大統領らしい」演説だったと翌23日のニューヨーク・タイムズ。これは、ハリス氏ほか選挙陣営が最も欲しており、膝を打って喜んだ見出しだろう。

受諾演説の「大失敗」は許されない状況だった

ハリス氏は、アメリカ史上で初めての黒人として副大統領になった。11月に勝利すれば、初の女性大統領になるだけでなく、南アジア系としても初の大統領になる。つまり、歴史を生み出す人物として期待され、受諾演説での失敗は許されない状況だった。

さらなるプレッシャーもあった。ハリス氏の登壇の前に、演説の達人たちが連日、これまで見たこともない盛り上げに一役買った。

大会2日目には、バラク・オバマ元大統領とミシェル元ファーストレディが登壇。タイプは異なるが、人々に希望を持たせる演説で定評あるカップルだ。

「アメリカのホープ(hope=希望)は、カムバックする」

と、ミシェル・オバマが冒頭に宣言した。2008年大統領選挙で、バラク・オバマ候補(当時)が、選挙戦の標語にした「ホープ」という言葉に会場の2万人が歓声を上げる。ミシェル氏は、人々を興奮させただけでなく、「行動せよ(Do something)!」というキーワードも投げかけた。

「不正に対して文句を言うな、何か行動せよ」

というフレーズは、ハリス氏の母親でインドから移住した故シャーマラ・ハリス氏の言葉として有名だ。カマラとサラの姉妹をシングルマザーとして育て、なおも不正や差別と戦う運動に参加する強い女性だった。ミシェル氏は彼女の言葉を引用し、会場から「行動せよ!行動せよ!」というコールを引き出した。

オバマ大統領もあの決めぜりふを

直後にステージに立ったオバマ元大統領は、こう言った。

「カマラは、自分自身の問題には気を留めない。あなた方の問題に集中するだろう」
「将来へのビジョンのために投票しよう。イエス・シー・キャン!」

同じく2008年の標語だった「イエス・ウィ・キャン」を、ハリス氏に当てはめ、長年の支援者を興奮させる。

さらに、独裁的で分断的な共和党大統領指名候補のトランプ前大統領の姿勢に対してこう加えた。「民主主義というのは、お互いを気遣う、お互いの生を重んじ、相互に尊敬するもので、それが私たちのメッセージであるべきだ」。

ニュース専門局MSNBCに出演した公民権運動家で黒人のアル・シャープトン氏は、こうコメントした。「オバマは、ホープにまた火をつけた。ホープが再び、この国を1つにする」。

3日目はビル・クリントン元大統領で、彼の表情から出てくる「チャーミングさ」は、演説の好感度をさらに増幅させる。クリントン氏は、トランプ氏は「分断をあおる」「責任をなすりつける」「他人を卑下する」人物だと指摘。

「トランプはme,me,meだ。カマラが君たちの大統領になったら、毎日がyou,you,youで始まる」

ステージに上がるだけで人々が総立ちになる演説のスターたちが、計算し尽くされた語り口で、人々を十分に興奮させた。それぞれが有権者とつながり合うコミュニケーション力を発揮した。その締めがハリス氏。絶対に、彼女が人々が望んでいた大統領候補であると人々を安心させ、奮い立たせなければならない。

しかし、ハリス氏は難業を成し遂げた。ステージから去っても、興奮した人々はダンスを続け、会場から長いこと去らなかった。同氏の選挙戦が、「フリーダム」や「将来」に向けて動き出すことを、中継を通して全米に印象付けた。

さらに、USA Todayによると、ライバルである共和党員までを味方につけ、238人がハリス氏「公認」を明らかにしたという。G.W.ブッシュ元大統領、故ジョン・マケイン上院議員(2008年大統領候補)、ミット・ロムニー上院議員(2012年大統領候補)の側近らが、書簡にサインして公表した。ハリス氏が、トランプ氏よりも大統領にふさわしいとしている。

次のテレビ中継は9月10日、トランプ氏との大統領候補テレビ討論会だ。ニューヨーク・タイムズによると、ハリス氏は、ヒラリー・クリントン元国務長官とともに準備を進めている。

クリントン氏は2016年の大統領選挙で、トランプ氏に敗北。女性初の大統領になるチャンスを逃した。その後ハリス氏と食事するなど信頼関係を築き、ワシントンでのネットワーク作りを助けてきたという。

日本の首脳はコミュ力を試されることがない

自民党総裁選を始め、日本の政治家の場合はどうだろうか。有権者の心をつかむために、ここまでの努力を強いられるというのは聞いたことがない。きちんとコミュニケーションを取っているのかどうかが試されることもない。日本は議院内閣制で、多数党が首相を選び、国民が選べない制度だ。しかし、首相になったら、国民の代表であり、国民のために働く身となる。

派閥はなくなったものの、依然として推薦人集めが焦点。最後の内閣総理大臣指名選挙も人集めに終始する。その前に、真に国民に迎え入れられる技量や能力があるのだろうか。アメリカ大統領選挙における候補者のすさまじい努力と戦いぶりを見る時、日本の選挙はかなり物足りない気がする。

(津山 恵子 : ジャーナリスト)