スタッフのおもてなしスキルの向上に役立つワークショップ「観察力・想像力を養う教育プログラム」を実施している(写真:スーパーホテル提供)

顧客満足度調査9年連続1位(※)のスーパーホテルには、緻密なマニュアルもなく、スタッフの8割をアルバイトが占めます。なぜ、優れたおもてなしを提供できるのか、京都大学との共同研究から見えてきたポイントを、『スーパーホテル「マニュアル」を超えた感動のおもてなし』より一部抜粋・再構成のうえご紹介します。

(※J.D. パワー“ホテル宿泊客満足度<エコノミーホテル部門>”)

京都大学とスーパーホテルとの共同研究

京都大学経営管理大学院では、「サービス」を対象とするMBAコースを開講するなど、次世代のサービス革新を担う人材の育成に努めてきました。その一環で、京都大学とスーパーホテルは、「共同研究」という形で、サービス・おもてなしについて深掘りしています。

この共同研究では、まず「優れたおもてなし」の優秀さとはどういうものなのかについて、スーパーホテル側と京大側とで共通認識を作り上げました。この認識にズレがあると、求めるアウトプットが正確なものではなくなってしまうからです。

スタッフのホスピタリティマインドを計測するための観察調査は、調査者が手元に持つチェックイン業務に関するマニュアル・チャートを参照し、そこに書かれている手順通りに手続きを進めているかどうかを確認しながら進められました。

マニュアルは、あくまでも基本的な流れとして設定されたものです。お客様の様子や実際の振る舞いに臨機応変に対応すれば、多少はマニュアルから逸脱することはあります。場面ごとで、お客様へのサービスレベルがよりアップするようなマニュアルからの逸脱であれば、それはむしろ歓迎すべき行動や振る舞いといえます。

スタッフの動きを観察していると、優秀者も標準者にも、ある程度、マニュアルとは異なる行動や振る舞いが見られました。しかし、そのこと自体は問題ではなく、研究チームが注目したポイントは、その理由にありました。
マニュアルと異なる手順でチェックイン手続きが進められた際に、その後のインタビューで「あのとき、なぜ、あのような行動をしたのですか?」と問うと、標準者の多くは「自分だったら、こうしてほしいから(あるいは、自分だったら、こうしてほしくないから)」という理由でした。

自分自身がお客様の立場だったら、という視点が軸になって、よりお客様のためになる行動や振る舞いを行っていたということです。

これは、ある意味で主観的な状況判断だといえます。あるいは状況判断が主観的というよりも、状況観察の視点が主観的だということもできます。

相手の行動の原因を考えて対応できるかどうか

たとえば、時計を頻繁にチラチラ見ている人を見たときに、「きっと、この方は短気な性格で、イライラしがちな人なのだ」と解釈するケースと、「ひょっとしたら、この方は何か次の予定があって、それに遅れそうで急いでいるのかもしれない」と解釈するケースもあります。

フロント業務でのシーンを例にすると、チェックイン手続きの際にそのお客様が時計をチラチラ見ていたとすると、「短気でイライラしやすい人」と判断するか、「何か予定に遅れそうで急いでいるのか」と推測するかということです。相手の性格など内面に起因する行動だと考えるのか、その人のおかれている状況(その人を取り巻く環境)に何か原因があると考えるのかの違いです。

心理学的には対応バイアスといい、他者の行動が、内的属性に基づいて生じたものだと評価する傾向のことをいいます。時計をチラチラ見る様子を見て、「イライラしやすい短気な性格の人」と判断するのは対応バイアスです。

相手の行動を見て、それが内的属性(性格など)に起因するとしたならば、対応の幅は狭くなります。「性格なのだから仕方ない」となってしまいます。

たとえば、「時計をチラチラ見ている、イライラしている、短気な性格、できるだけ急いで手続きをすませよう」となり、チェックイン手続きの中で支障のない部分を省略して、チェックイン手続きをできるだけ早くすませるようにするのです。

自分が短気な性格でイライラしていたら、チェックイン手続きは早くすませてほしいと思うだろうなという主観的な状況判断と、それに伴う行動ということになります。

しかし優秀者の多くは、そうした視点を持っていませんでした。相手の行動の原因を内的属性ではなく、その人がおかれた環境に見出そうとします。「何か、急いでいるのだろうか」と。

そう考えられると「チェックインの後、何かご予定がおありですか?」と尋ね、「ある」といわれれば手続きを急ぎ、「ない」ということなら、相手をリラックスさせられるような会話を心がけながら粛々と手続きを進めるといった、臨機応変な対応が可能になります。

入店の瞬間にお客様を観察する

お客様を観察したときに、その見える部分(イライラしてそうとか、時計を何度も見るとか)の情報から、何をどう解釈するかは人によって異なります。

さらには、もうひとつスタッフによってポイントが異なるのが、「どこに注目して観察しているか」という点です。

イライラしてそうとか、時計を何度も見るというのは、そのお客様の全体的な観察によって見つけられますが、もっと細かい情報を得るためには、さらに細部を見る必要があります。

この点においても、優秀者と標準者では違いが出ました。優秀者の場合、お客様が入店された瞬間(フロントにいて、お客様がエントランスに入ってきた瞬間)に、表情・しぐさ・服装、そして荷物までを確認していました。

荷物の大きさを見て、一泊の予定なのか、連泊の予定なのかをある程度予測します。その日、たまたま連泊の予定のお客様が少なければ、どのお客様なのかを推測することも可能です(優秀者は事前に、かなり細かく予約情報を確認している)。

それによって、出迎えの一言にも、連泊のお客様によく使うフレーズを使うようにするとか、館内案内のときにはコインランドリーの説明をしっかりしようといった、そのお客様への接客ポイントを自分なりに組み立てていました。

ワークショップでおもてなしスキルを向上させる

優秀者は、お客様がおかれている状況を把握しようと努め、お客様の様子を細かく観察して、一つひとつの情報からお客様の理解へとつなげていき、状況に応じた臨機応変な対応で接客を遂行しようとしていることがわかりました。

とても大切なことだとはわかっても、それをすべてのスタッフに一朝一夕に課することができるかといえば、非常に難しいことのように思われました。

しかし、じっくりと時間をかけて、ものの見方、捉え方、そして考え方を身につけてもらうことは可能だと考え、ワークショップという形でお客様観察について身につけてもらうようにしました。

お客様役が入店されてから、フロントでチェックイン手続きをすませるまでの動きを、寸劇のような動画にして、数名のワークショップ参加者がそれを見て、どこに注目し、何を考えたのかをディスカッションするワークショップです。

目的は、「こんなお客様のときには、こうしてほしい」というような、接客サービスを型にはめるような研修ではなく、あくまでも広い視点でお客様の様子を観察することの重要性を理解してもらう研修であり、そのためのワークショップという位置づけでした。

実際、同じ動画を一緒に見ているにもかかわらず、人によって注目したポイントも違えば、同じポイントに注目しながらも、違う感想を持つなど、まさにスタッフによって千差万別でした。


『スーパーホテル「マニュアル」を超えた感動のおもてなし』P.100より

こうしたワークショップを2〜3回やった程度では、着実に、そして適切にお客様の様子を観察できるようになり、それによってサービスレベルが飛躍的に向上するということはないかもしれません。

しかしながら、このワークショップを通じて、同じものを見ていても、着目ポイントも、そこから読み取る情報も、人によって違うということを実感できます。

ワークショップを通じて気づきが生まれる


そこに気づくと、自分のものの見方が必ずしも唯一絶対のものでなく、また、得た情報をどう解釈するかも一様ではなく、そこにはバリエーションがあって、もしかしたら、そのバリエーションのほうに正解があるのかもしれないと、想像力を働かせることができるようになります。気づきが生まれるといってもいいでしょう。

優れたおもてなしを実践するためには、その気づきこそが大事なのだということを、このときの調査は私たちに教えてくれました。

そして、その知見を基に実施している「観察力・想像力を養う教育プログラム」というワークショップは、着実にスタッフのおもてなしスキルの向上に役立っています。


『スーパーホテル「マニュアル」を超えた感動のおもてなし』P.101より

(原 良憲 : 日本学術会議連携会員)
(嶋田 敏 : サービス学会理事)
(星山 英子 : スーパーホテル経営品質本部執行役員)