DeNA、前半戦Aクラスターンの立役者・坂本裕哉「“おかげ”はあっても“せい”はない」ブレイクスルーの影にある“感謝の心”と“貫き通す意思”
◆ 劇的良化を果たした5年目左腕
「最高です!!」横浜スタジアムのライトが落とされ、眩いスポットライトでクローズアップされた坂本裕哉。満員に膨れ上がったベイスターズファンに向かって声を張った。
中継ぎとして初、公式戦では2021年8月以来のお立ち台。思えばその日に挙げた白星が、ここまで自身最後となっていた。それだけに「チームの勝ち負けに直結する場面だったので、先発のときとはまた違う感動がありました。360度からファンの声援をいただけて」と、その光景は今でも心に刺さっている。
そんな坂本のデビューはルーキーイヤーの2020年6月25日、このシーズンここまでチーム打率トップのドラゴンズ打線に向かって真っ向勝負。6回を1安打無失点の快投を披露し、プロ初登板・初先発で白星発進の離れ業をやってのけたが、その後は思うような結果が出せぬ日々が続いた。
だが元来野球が大好きな努力家。プロ入りしてからも決して腐ることなく鍛錬を積んでいた。自費でジムに通いつつ、肉体改造に食事制限、動作解析によるフォームの修正など常にブラッシュアップに励んでいた。
3年目にはオープン戦3試合計11イニングで失点を許さず、与四球も4と課題だった制球力も向上。結果で開幕ローテーション切符をゲットしたが、結果的にはプロ入り以来初の未勝利に終わり「期待してもらってる中、今シーズン結果が残せなくて、自分自身悔しいシーズンだった」と忸怩たる胸の内を吐露した。「全部ひっくり返す」と意気込んだ昨年は、こだわり続けていた先発から本格的に中継ぎに配置転換。しかしホールドは付けられず、防御率も5点台後半でシーズン終了した。
「何をすればいいのだろうか…」努力の分だけ結果が残せる世界ではないことを思い知らされた。
◆ 貫いた信念の末の開花
それでも座右の銘である「達成するまで、意思を強く持ち続ける」の意味を持つ『磨穿鉄硯』は貫き続けた。
入団時に当時のアレックス・ラミレス監督に指摘され、自らもこだわっていた球速アップを追い求めた。「これまでのトレーニングでパワーアップし培った土台を活かして、ホームベース方向に、横振りにならずにまっすぐと力を伝える」にフォーカスした結果、徐々に効果は現れ、昨シーズンはストレートのスピードは劇的に上がっていった。
シーズンオフに坂本の投球を見た大原慎司チーフピッチングコーチは「秋の時点で実際もう勝負できるよっていう球を投げてて、うん、これなら行けるかなっていうところはあったんです」とブレイクを確信していた。
しかし坂本は、順調だった春季キャンプで肩の違和感を発症。奄美でリハビリに励む憂き目あった。アピールしなければならない立場ながら「マイナス思考にはなってなかったです。チームに左のリリーフが少ないこともあるので、焦らずしっかりと治して。なんならリハビリしながらパワーアップしようぐらいのことを思ってました」とポジティブに捉え、日々を過ごした。
開幕一軍の座はプロ入り初めて逃したものの、コンディションも整ったゴールデンウィーク開けには遂に一軍登録。「とにかくやってやるぞ」と心は燃えたぎった。その裏には「親身になってリハビリに寄り添ってくれた二軍のトレーナーさんや、『2軍でやってきたことをやれば大丈夫』と勇気づけてくれた入来(祐作・二軍チーフ投手コーチ)さんと東野(峻・二軍投手アシスタントコーチ)さんのためにも」と意気込んだ。
すると初登板でいきなり150キロを超えるスピードボールを投げ込み、進化した姿を披露。首脳陣の信頼を得ていくと、ブルペン陣の序列も一気に上昇した。そこからは6登板目にして自身初のホールドをマークすると、完全に勝ちパターンの一角として、チームに欠かすことのできない存在へと昇華していった。
劇的良化の要因の一つは、心の整い方。大原コーチは「基本的にガっと入ってしまうので、制御がうまくできないというか…それが力み繋がって制御しきれない部分がありました。『抑えたい』が先行して、力んでボールボールとなって、ストライクを取りに行ったところを痛打される悪循環があった」と昨年までの姿を回想。だが「今は経験を積んで、本当にいい表情で投げているし、いいメンタルで投げてる。緩むようなこともないんで、今は自分のボールがいいってわかったから、怯まないで勝負できている。いい循環ができていますね」と昨年と一転、好サイクルとなっていると分析した。
また「いいポイントがわかったんで、悪い時もわかる。区別ができるようになっている。 いい時のポイント、ここだけを抑えとけばいいよとなるべくシンプルにして伝えてるんで。フォームでもいいときのタイミングだけを崩さないようにしよう、自分で逃がさないようにねと話しています」と、やっと掴んだ大切なモノの確立を望んでいる。
坂本本人も「自分のボールを自信持って投げられれば大丈夫と思えたことが大きいですね。監督やコーチ含め、自主トレを一緒にやれせていただいた森原(康平)さんも同じことを言ってくれたので」と周囲の言葉と、自分の考えが一致したこともブレイクの要因のひとつと明言した。
◆ 未経験の領域へ
ここまで続けた初の中継ぎでのフル回転。オールスター前の3連戦は遂に3連投と過酷な状況も経験した。疲労が肉体を蝕んでいき、思うようなボールがいかないこともあるが「投げさせてもらってることはありがたいです。疲れたと思ったら負け」と自身を奮い立たせている。しかし「今年はケガなく完走する」の目標のため、身体へのケアは何より重要なことは明白。そのため、コンディションを整えるために欠かせない「一軍でもトレーナーさんには本当にお世話になってます」とまるで我が事のように接してくれる裏方さんの存在に、常に頭を垂れる。
酸いも甘いも噛み分けられるようになってきた、プロ5年目の夏。「信頼を勝ち取るのは本当に大変ですけど、それを失うのは簡単」とプロの厳しさも熟知している。それだけに「これからも大事な場面を任せてもらって、チームの勝利に貢献出来るように、コツコツとやっていきます」の言葉にも重さを感じる。
ここまで10ホールドはチームトップタイで、前半戦チームをAクラスターンの原動力となった坂本裕哉。だが苦しくもがいた日々には、関わり合いのある人々からは大切なことだけではない提案も多々あった。ファンからの叱咤も味わった。だが「“おかげ”はあっても“せい”はないんですよ」とさらっと言ってのけるマインドは常にポジティブだった。
ここまでもこれからも、前を向き続ける背番号20。後半戦も感謝の心と鉄の意志を武器に、コツコツと結果で恩を返していく。
取材・文=萩原孝弘
「最高です!!」横浜スタジアムのライトが落とされ、眩いスポットライトでクローズアップされた坂本裕哉。満員に膨れ上がったベイスターズファンに向かって声を張った。
中継ぎとして初、公式戦では2021年8月以来のお立ち台。思えばその日に挙げた白星が、ここまで自身最後となっていた。それだけに「チームの勝ち負けに直結する場面だったので、先発のときとはまた違う感動がありました。360度からファンの声援をいただけて」と、その光景は今でも心に刺さっている。
だが元来野球が大好きな努力家。プロ入りしてからも決して腐ることなく鍛錬を積んでいた。自費でジムに通いつつ、肉体改造に食事制限、動作解析によるフォームの修正など常にブラッシュアップに励んでいた。
3年目にはオープン戦3試合計11イニングで失点を許さず、与四球も4と課題だった制球力も向上。結果で開幕ローテーション切符をゲットしたが、結果的にはプロ入り以来初の未勝利に終わり「期待してもらってる中、今シーズン結果が残せなくて、自分自身悔しいシーズンだった」と忸怩たる胸の内を吐露した。「全部ひっくり返す」と意気込んだ昨年は、こだわり続けていた先発から本格的に中継ぎに配置転換。しかしホールドは付けられず、防御率も5点台後半でシーズン終了した。
「何をすればいいのだろうか…」努力の分だけ結果が残せる世界ではないことを思い知らされた。
◆ 貫いた信念の末の開花
それでも座右の銘である「達成するまで、意思を強く持ち続ける」の意味を持つ『磨穿鉄硯』は貫き続けた。
入団時に当時のアレックス・ラミレス監督に指摘され、自らもこだわっていた球速アップを追い求めた。「これまでのトレーニングでパワーアップし培った土台を活かして、ホームベース方向に、横振りにならずにまっすぐと力を伝える」にフォーカスした結果、徐々に効果は現れ、昨シーズンはストレートのスピードは劇的に上がっていった。
シーズンオフに坂本の投球を見た大原慎司チーフピッチングコーチは「秋の時点で実際もう勝負できるよっていう球を投げてて、うん、これなら行けるかなっていうところはあったんです」とブレイクを確信していた。
しかし坂本は、順調だった春季キャンプで肩の違和感を発症。奄美でリハビリに励む憂き目あった。アピールしなければならない立場ながら「マイナス思考にはなってなかったです。チームに左のリリーフが少ないこともあるので、焦らずしっかりと治して。なんならリハビリしながらパワーアップしようぐらいのことを思ってました」とポジティブに捉え、日々を過ごした。
開幕一軍の座はプロ入り初めて逃したものの、コンディションも整ったゴールデンウィーク開けには遂に一軍登録。「とにかくやってやるぞ」と心は燃えたぎった。その裏には「親身になってリハビリに寄り添ってくれた二軍のトレーナーさんや、『2軍でやってきたことをやれば大丈夫』と勇気づけてくれた入来(祐作・二軍チーフ投手コーチ)さんと東野(峻・二軍投手アシスタントコーチ)さんのためにも」と意気込んだ。
すると初登板でいきなり150キロを超えるスピードボールを投げ込み、進化した姿を披露。首脳陣の信頼を得ていくと、ブルペン陣の序列も一気に上昇した。そこからは6登板目にして自身初のホールドをマークすると、完全に勝ちパターンの一角として、チームに欠かすことのできない存在へと昇華していった。
劇的良化の要因の一つは、心の整い方。大原コーチは「基本的にガっと入ってしまうので、制御がうまくできないというか…それが力み繋がって制御しきれない部分がありました。『抑えたい』が先行して、力んでボールボールとなって、ストライクを取りに行ったところを痛打される悪循環があった」と昨年までの姿を回想。だが「今は経験を積んで、本当にいい表情で投げているし、いいメンタルで投げてる。緩むようなこともないんで、今は自分のボールがいいってわかったから、怯まないで勝負できている。いい循環ができていますね」と昨年と一転、好サイクルとなっていると分析した。
また「いいポイントがわかったんで、悪い時もわかる。区別ができるようになっている。 いい時のポイント、ここだけを抑えとけばいいよとなるべくシンプルにして伝えてるんで。フォームでもいいときのタイミングだけを崩さないようにしよう、自分で逃がさないようにねと話しています」と、やっと掴んだ大切なモノの確立を望んでいる。
坂本本人も「自分のボールを自信持って投げられれば大丈夫と思えたことが大きいですね。監督やコーチ含め、自主トレを一緒にやれせていただいた森原(康平)さんも同じことを言ってくれたので」と周囲の言葉と、自分の考えが一致したこともブレイクの要因のひとつと明言した。
◆ 未経験の領域へ
ここまで続けた初の中継ぎでのフル回転。オールスター前の3連戦は遂に3連投と過酷な状況も経験した。疲労が肉体を蝕んでいき、思うようなボールがいかないこともあるが「投げさせてもらってることはありがたいです。疲れたと思ったら負け」と自身を奮い立たせている。しかし「今年はケガなく完走する」の目標のため、身体へのケアは何より重要なことは明白。そのため、コンディションを整えるために欠かせない「一軍でもトレーナーさんには本当にお世話になってます」とまるで我が事のように接してくれる裏方さんの存在に、常に頭を垂れる。
酸いも甘いも噛み分けられるようになってきた、プロ5年目の夏。「信頼を勝ち取るのは本当に大変ですけど、それを失うのは簡単」とプロの厳しさも熟知している。それだけに「これからも大事な場面を任せてもらって、チームの勝利に貢献出来るように、コツコツとやっていきます」の言葉にも重さを感じる。
ここまで10ホールドはチームトップタイで、前半戦チームをAクラスターンの原動力となった坂本裕哉。だが苦しくもがいた日々には、関わり合いのある人々からは大切なことだけではない提案も多々あった。ファンからの叱咤も味わった。だが「“おかげ”はあっても“せい”はないんですよ」とさらっと言ってのけるマインドは常にポジティブだった。
ここまでもこれからも、前を向き続ける背番号20。後半戦も感謝の心と鉄の意志を武器に、コツコツと結果で恩を返していく。
取材・文=萩原孝弘