結審後会見を行う原告ら(女性の夫、息子)と代理人の明石順平弁護士(6月27日 都内/弁護士JP編集部)

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7日間にわたる泊まり込み勤務の末に急死した介護福祉士で家事労働者の女性=当時68歳=に労災が支給されず遺族が国を訴えた裁判の控訴審が、6月27日東京高等裁判所(水野有子裁判長)で行われた。

原告である女性の夫が「妻は高齢者の命を守り続けた“労働者”です。国にも妻が100%労働者だったと認めてほしい。納得のいく判決を書いていただけるようお願いいたします」と意見陳述し、結審した。次回9月19日に判決が言い渡される。

一審判決「介護」部分のみ「労働時間」扱い

女性(Aさん)は利用者宅で掃除や洗濯、食事の用意などの「家事」と、おむつ交換や補助などの「介護」を担っていた。利用者(90代)は認知症を患い寝たきりで、介護保険の区分ではもっとも重い「要介護度5」の認定を受け、1人では日常生活を送れない状態だった。また、利用者の介護忌避感も強く、「ばかやろう」「でていけ」などの暴言もあったとされ、この利用者宅は過去に12日間で担当者が7人も変わるような状況にあった。

さらに、住み込み期間(1週間)中の休憩時間は、深夜0時~5時のみ。同利用者宅に派遣されたことのある人の証言によれば、寝る場所は利用者の隣とされ、休憩時間であってもゆっくり休むことはできなかったという。

現行の労働基準法116条2項は「家事使用人」を労働者として認めておらず、労働法が適用されない。しかし、1988年に労働省(現厚労省)は、個人家庭と労働者の間に事業者がおり、労働者が事業者の指揮を受けて働いている場合は家事使用人にはあたらないとし、「家事使用人かどうかは従事する作業の種類や性質を勘案して労働者の実態を見て決定する」と通達を出している。

Aさんは紹介所Y社を通じて個人宅に住み込みで介護と家事業務を行っていたが、Y社は、Aさんとの間で「介護」についてのみ雇用契約を結び、「家事」については利用者宅と直接契約をさせていた。一審では、この契約をもって“介護部分のみ”を労働時間と見なし「過重労働には当たらなかった」と判断。原告の労災不支給取り消しの訴えを棄却した。

原告代理人の明石順平弁護士は、「Aさんの業務は『介護』と『家事』が渾然一体となっており、分離して考えることはできない状況だった。1日24時間、気が休まることのない中、介護と家事を1週間続け、急性心筋梗塞で亡くなった。一審判決は、女性の業務の”実態”をまるで無視した不当判決だ」と批判。棄却後に控訴していた。

控訴審が長期化した理由

控訴審は2023年1月から開始された。控訴審では「1回結審」と言われ、第1回期日で当事者の言い分を聞き弁論を終結することも多い中、本裁判では実に1年半にわたり審理が重ねられた。

結審後の会見で明石弁護士は、審理が長期化した要因について、「(高裁の)裁判官は業務起因性(業務と発症原因の因果関係)に興味を持っていた」と振り返る。

Aさんが亡くなった場所が低温サウナであったことから、国は急性心筋梗塞の要因がサウナによるものだったと主張。これに対し、明石弁護士は「サウナといってもAさんが亡くなったのは40℃ほどの低温サウナだった」と説明。国と原告側の双方の主張についてこう続けた。

「一審の際、国は『サウナで人が亡くなることもあり得る』と立証したかったのでしょうが、出してきた証拠はなぜか『和温療法』という体を温め病気を治す療法の説明だった。この和温療法は、重度の心不全の人を60℃ほどの部屋に入れて温めるというものです。60℃で人が亡くなるどころか心不全が治ると言っている。このことからも、40℃の低温サウナに入っていたAさんが急に亡くなるとは考えにくく、1週間休みなしで働かされたことによって心筋梗塞が生じたことは明らかだとわれわれは主張しました」

また、同代理人の指宿昭一弁護士は、控訴審の訴訟指揮を執った藤井聖悟裁判官が非常に熱心だったといい、「家事使用人だから労災不支給ではなく、きちんと連続長時間労働とその死亡との因果関係を検討していくという方向性を示してくれました」と話す。なお、今年4月に藤井裁判官は異動。現在は水野有子裁判官が裁判長として指揮を執っている。

裁判官が途中で変更になる影響について、指宿弁護士は「裁判官も人間なので影響がまったくないかと言われるとわかりません。ただ、今回の裁判は裁判官3人の合議体で審理が行われていますので、これまでも基本的な方向は確認しながら進めていたはずです。1人交代になったからといって全面的に判決の方向性が変わるものではないと私は思っています」と説明した。

Aさん息子「母は奴隷なのか」

会見には、自身も介護に従事するAさんの息子が登壇。判決を前にした気持ちを、次のように語った。

「労災の不支給が決まった時、『家事使用人は労働者ではないから』(労災申請を)却下すると書かれていました。まったく実態を見ていないずさんな判断で、母は“労働者”でなければ何なのか、奴隷なのかと怒りを覚えました。地裁判決は残念な結果でしたが、9月に(高裁で)良い判決が出ることを心から願っています」

家事使用人を労働者として認めていない労働基準法116条2項をめぐっては、差別的だとして国会にも取り上げられ、厚労省は家事使用人の実態調査や雇用ガイドラインを作成するなど法で守られていない家事使用人の保護を進めていたが、裁判のあった27日、ついに厚労省が法改正に向けた調整に入ったと報じられた。法改正を後押しするか、司法の判断に注目が集まっている。