(撮影:尾形文繁)

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テスラの「モデルY オースティン2023」も分解展示されている(記者撮影)

最新EV(電気自動車)の構成部品を自分の手に取ったり、目でじかに確かめたりできる場所が岐阜県瑞浪市にある。自動車シート周りの部材などを手がける中堅商社の三洋貿易が運営する「瑞浪展示場」だ。

廃校となった中学校の校舎を活用して2022年3月にオープン。自動車メーカーの技術者をはじめ、部品メーカーや化学製品メーカー、自治体の担当者など数多くが来場した。三洋貿易の新谷正伸社長は「EVに関する情報発信の聖地にしていきたい」と意気込みを語る。

今年2月に大幅リニューアルされ、5月にメディアとアナリスト向けの内覧会が開かれた。リニューアルで追加されたうち、とくに目を引くのがテスラの「モデルY オースティン2023」の分解展示だ。テキサス州オースティンの「ギガファクトリー」で製造されたモデルとなる。

スペースXの技術を車に応用

分解展示から伝わってくるのはテスラ奇想天外な設計思想だ。

写真】アメリカ国土の形をしたテスラ「モデル3」のインバーター基板や「オクトバルブ」など(11枚)

素人目にもわかるのはボディの構造だ。モーターなどの熱を遮断し、車体の剛性を確保するためのフロアパネルがない。ボディに床がないのだ。代わりに、車体下部につけるバッテリーパックをボディの一部として使っている。


「モデルY オースティン2023」には遮熱のための床がない(記者撮影)

「EVのモーターの熱は70〜80度。遮熱はプラスチックでいいのではないかと、果敢にチャレンジした結果、非常に革新的な造り方になった」。瑞浪展示場の施設責任者で、三洋貿易産業資材第二事業部の光部亮人部長がそう解説してくれた。

この設計を可能にしたのは、バッテリーパックの上部に使用している特殊な充填材だ。ピンク色で固く軽い。実はこの素材、宇宙船にも使われている。

テスラCEOのイーロン・マスク氏は、宇宙事業会社のスペースXのCEOでもある。「スペースXの技術を車に応用し、イーロン・マスクの総合力でこの車が実現していると言える」(光部部長)。


ピンク色の部分がバッテリーパックの上部に使われている充填材(記者撮影)

自動運転をつかさどるECU(電子制御ユニット)も展示されている。半導体チップが整然と並び、見た目にも効率化が進んでいることが伝わってくる。

テスラはECUに実装しているチップを内製している。日本のメーカーでは内製率は3割と言われるが、テスラや中国BYDでは6〜7割に達するという。内製には当然リスクも伴うが、新しい技術に迅速に対応できるメリットもある。

「モデルY 2020」に搭載されて話題になった「オクトバルブ」も置かれていた。8つの穴を持つバルブユニットだ。

一般に空調やパワートレイン、電池パックはそれぞれ独立した冷却回路を持つが、オクトバルブの発明で冷却水が流れる経路を変えながら、車両全体で熱を管理することができるようになった。

部品が減り、軽量化、コストダウンが可能になる。結果的に航続距離の延長にもつながる。マスク氏自身も絶賛したという部品だが、「オクト」を意味するタコの図柄もあしらえる。「こうした遊び心に彼らの余裕を感じる」と光部部長はため息をつく。

「宏光MINI」は徹底的なコスト削減

展示された部品一つひとつを見比べていくと、各メーカーの思想の違いが見て取れる。

バッテリーから供給される直流電力を交流電力へ変換する装置のインバーターは熱を発する。テスラでは半導体を冷やすための冷却フィン(突起物)を立てて表面積を大きくし、冷却機能を高めている。

一方、上汽通用五菱汽車(中国)の格安小型EV「宏光MINI」では、空冷方式を採用している。「パソコンのような部品で、これで本当に冷えるのか。おそらくリスクもあると思うが、コストダウンを優先している。こうした発想は日本のメーカーにはない」(光部部長)。


テスラ車と「宏光MINI」のインバーターにある冷却装置。テスラ車は冷却フィンで表面積を最大化して熱効率をあげている(写真左)。一方の宏光MINIは空冷方式を採用している(記者撮影)

シートの構造を見ても、宏光MINIはかなり簡素化しており、使う部品も徹底的に減らしてコスト削減に挑んでいる。こうした設計思想の違いは、データだけからでは実感として伝わらず、分解して始めてわかるものだ。

三洋貿易は2016年にアメリカのエンジニアリング会社、ケアソフト社の日本総代理店となった。販売しているのはケアソフト社の自動車ベンチマークサービスだ。EVをはじめとした最新車両を分解・解析し、得られた情報をデータベース化してベンチマークデータとして提供している。

自動車関連メーカーは当然、自ら競合商品を分解して研究を深めている。だが、EV化の流れが加速する中では、新興メーカーが次々に立ち上がり、新しい技術や製品が現れては消えていく。

光部部長は、「これだけプレーヤーが多くなってくると、メーカーは自分たちで情報を追い切れない。そこでわれわれのデータベースを活用して競合品の調査ができる」と話す。

展示場には9万点以上の部品が並ぶ

世界中のEV160台分の部品データを集め、高精度の3Dモデルで可視化するケアソフト社のサービスは世界中で200社ほどが利用する。国内でも約40社が利用し、その利用者向けに現物を展示するのが、瑞浪展示場というわけだ。

現在展示場には、世界のEV16台分、9万点以上もの部品が並ぶ。アメリカや中国のEVばかりではない。フォルクスワーゲンの「ID.4」やメルセデス・ベンツの「EQS」、日産の「アリア」なども展示されている。各国、各メーカーの思想の違いが学べる。

展示場を訪れた取引先からは、「最新のテスラモデルを分解展示しているとは思わなかった。発想そのものがパラダイムシフトで、日本にはない思想に愕然とした」(化学品メーカー担当者)、「EVの設計思想はエンジン車とはまったく異なるもの。彼らのモノづくりの考え方をしっかり頭に入れていきたい」(自動車メーカー担当者)といった声が寄せられている。

三洋貿易の産業資材第二事業部の伊藤研一営業グループ主担当は、「部材を実際に見て手に取ることで、データだけでは伝わらない質感や触感もわかる。そこから部材の機能が具体的にイメージできる。百聞は一見に如かずだ」と話す。

世界に後れを取ると言われる日本のEV開発。瑞浪展示場は日系メーカーが世界にキャッチアップしていくための重要な情報拠点といえそうだ。

(森 創一郎 : 東洋経済 記者)