ブラックホールは、アインシュタインの一般相対性理論によって1915年にその存在が導き出され、2019年にはついにその様子の撮像にも成功した天体ですが、物理の法則と矛盾する性質を持つ不可解な存在でもあります。そんなブラックホールの問題を解決するために考案された仮説的な天体「グラヴァスター」の振る舞いをシミュレーションする研究により、このグラヴァスターがブラックホールの正体として有力な候補となる可能性があることがわかりました。

Phys. Rev. D 109, 084002 (2024) - Observational imprints of gravastars from accretion disks and hot spots

https://journals.aps.org/prd/abstract/10.1103/PhysRevD.109.084002

Black hole singularities defy physics. New research could finally do away with them. | Live Science

https://www.livescience.com/space/black-holes/black-hole-singularities-defy-physics-new-research-could-finally-do-away-with-them

ブラックホールは、ドイツの物理学者で天文学者のカール・シュヴァルツシルトが、アインシュタインの一般相対性理論を用いて予言した天体です。長年にわたる宇宙観測により、ブラックホールの存在を裏付けるような天文現象がいくつも見つかっていますが、シュヴァルツシルトの記述には未解決のままになっている欠点もいくつか存在します。

そのうちのひとつが、ブラックホールの中心に位置する、重力や密度が無限大となる領域「特異点」の存在です。基本物理学では無限大は存在してはならないとされており、何らかの理論に無限が出てきた場合、その理論は間違いや不足があるとみなされます。

そこで、特異点を持つブラックホールの代わりとして考案されたのが、「重力真空星(Gravitational vacuum star)」、つまりグラヴァスター(Gravastar)です。

ポーランド・グダニスク大学の物理学教授であるジョアン・ルイス・ローザ氏は、グラヴァスターについて「ブラックホールが持つ問題は、理論の何かが間違っているか、不完全であることを示しているので、代替モデルが必要とされてきました。今回私たちが研究したグラヴァスターは、そのような代替モデルの1つで、特異点を必要としないのが最大のメリットです」と説明しました。



グラヴァスターは、ブラックホールと同様に大質量の天体から生まれます。そのような大きな質量を持つ天体が寿命を迎えると、星が放出するエネルギーが重力に打ち勝つことができなくなって崩壊しますが、グラヴァスターはブラックホールのような特異点の代わりに、ダークエネルギーによって安定性が保たれている薄い球状の殻を持つと考えられます。

従って、グラヴァスターは宇宙を加速膨張させている反重力エネルギー、つまり真空のエネルギーもしくはダークエネルギーでできた星であるとみなすことができると、ローザ氏は述べました。

2024年4月に、高エネルギー物理学を扱う学術誌・Physical Review Dに掲載された研究の中で、ローザ氏らの研究チームは、超大質量ブラックホールが仮にグラヴァスターだった場合、その周囲に存在する巨大な高温物質の塊がどのように振る舞うのかを分析しました。研究チームはまた、ブラックホールの周囲を光速に近い速度で周回する高温ガスの塊「ホットスポット」の特性についても精査しました。

その結果、グラヴァスターがこれまでの観測記録と矛盾しないことや、ブラックホールとグラヴァスターによって引き起こされる物質の放出には顕著な類似点があることが示唆されました。また、グラヴァスターがブラックホールによってできる影、つまりブラックホールシャドウを形成することも判明しました。



ブラックホールモデルでは、このような影は空間のゆがみによって形成された事象の地平線に光が閉じ込められることによって発生するといわれていますが、事象の地平線を持たないグラヴァスターでは、代わりに重力赤方偏移という別の現象によって影が作られます。

重力赤方偏移とは、重力場中の光の波長が長くなる現象のこと。グラヴァスターが持つ強い重力場の中を光が通過すると、エネルギーが失われるため、それを外から観測するとブラックホールが作るような黒い影に見えると考えられます。

今回のローザ氏らの研究で、グラヴァスターがブラックホールの代わりになる可能性が示されましたが、この理論は観測によって裏付けられる必要があります。ローザ氏は、「私たちの研究結果を実験的に検証するために、ブラックホールを探索するイベント・ホライズン・テレスコープや、チリのヨーロッパ南天天文台に追加されたGRAVITY+などによる次世代観測実験に期待しています」と述べました。