発酵と腐敗は同じ!?ブームの火付け役・小倉ヒラクさんが語る発酵食品の魅力

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クックパッドのポッドキャスト番組「ぼくらはみんな食べている」。食や料理に熱い思いを持ち活躍するゲストを迎え、さまざまな話を語ります。クックパッド初代編集長の小竹貴子がパーソナリティを務めます。第5回目・6回目のゲストは、発酵デザイナーの小倉ヒラクさんです。

「体が弱いから発酵食品を食べなさい」と言われた過去


小竹:“発酵デザイナー”という肩書きなのは、たぶん世界でヒラクさんだけですよね?

小倉さん(以下、敬称略):僕は海外でもよく仕事をしていますが、お前だけだと今のところは言われています。目に見えない微生物の働きをデザインを使って見えるようにするというミッションのもと、もう10年以上、微生物や発酵関係の仕事をしています。




小竹貴子(左)、小倉ヒラクさん(右)

小竹:もともとはデザイナーさんですよね?

小倉:グラフィックや映像のプロダクトをいろいろとデザインしてきましたが、20代半ばのデザイナー駆け出しのときに、働きすぎと遊びすぎで体を壊してしまったんです。

小竹:えぇ…!

小倉:もともと喘息や免疫不全で子どもの頃から体が弱かったのですが、それがぶり返しちゃって…。熱とかはないのに、朝、目を覚ましても具合が悪すぎて布団から1時間近く出られないみたいな状態になっちゃったんです。

小竹:突然ですか?

小倉:だんだん弱っていった感じです。そのときに会社の後輩がたまたま味噌屋の娘さんで、「私の先生に会いに行きましょう」と言われて会ったのが、今は引退されていますが、東京農業大学の名誉教授で発酵学者の小泉先生だったんです。

小竹:うんうん。

小倉:常に血圧が低く、肌の水分が失われてクマもできていて、そういう状態の僕を見て、「君は体が弱いから発酵食品を食べなさい。まずは朝ごはんを変えなさい」と小泉先生は言ったんです。

小竹:当時はどういった朝ごはんだったのですか?

小倉:当時は宵っぱりだったので、朝は食べないか、コーヒーとパンみたいな感じでした。でも先生に言われたので、お味噌汁とお漬物と納豆とかの和食の朝食にしました。発酵食品は薬ではないので、食べてすぐに治るわけではないのですが、2週間くらい続けていたらだんだん朝起きられるようになったんです。

小竹:2週間で変わるんですね。

小倉:ちょっと変わり始めて、1ヶ月くらいしたらかなり元気になってきましたね。発酵を取り入れたことで体が治るというよりは、基礎体力がついて元気になったと感じました。

小竹:なるほど。

小倉:これはどうしてなのかというところから、小泉先生の本を読み始めました。そしたら、発酵は人間の健康に作用しているとか、そもそも地球の生態系は微生物によってできているとか、いろいろな話があって。これは面白そうだと思って、自分でも味噌を仕込んだり甘酒を作ったりし始めたのが15年くらい前です。

小竹:15年前ならそんなに昔ではないですね。

小倉:そのとき、僕はイケてるデザイナーとかクリエイターになりたかったんです。イケてる広告やパケージのデザインをしたいなと思っていて(笑)。

小竹:意外とミーハーだったのですね(笑)。

小倉:一方、当時は今とは全く違い、発酵は地味なイメージで…。自分の目指すイケてるクリエイターの世界とは真逆のものにだんだん惹かれていきました。そこから3〜4年くらい助走期間があって、発酵醸造蔵のデザインをやるようになったんです。

“発酵デザイナー”と名乗るようになった理由


小竹:そこから発酵界隈のデザインをし始めたのですか?

小倉:当時の発酵食品は筆文字みたいなベタなデザインが多かったのですが、地域でBtoBの卸しだけをやっていたお店屋さんとかに、デパートに卸したいからパッケージを作ってほしいと言われて、そういうことをやっているうちに、発酵業界でデザインをする人がほぼいなかったのでニーズが増えたんです。

小竹:依頼が多かったのですね。

小倉:気づいたら発酵関係の仕事ばかりやっていて。日本中の醸造蔵にも行って、お話を聞くだけではなく、一緒に仕込みの仕事とかもさせてもらったりして、本格的に「微生物に呼ばれている気がする」と感じ始めました。

小竹:微生物に呼ばれている(笑)。

小倉:普通のデザイナーはもういいと感じ、デザイナーをドロップアウトして、小泉先生が教えていた東京農業大学に社会人入学をして、2年間くらい微生物の勉強をしました。

小竹:微生物の勉強ってどんなことするのですか?

小倉:日本全国の蔵から土や木片や花が持ち込まれてくるのですが、そこから酵母菌を捕まえて育てて、どんな酵母なのかを調べるみたいなことをやっていて、それを手伝っていましたね。
小竹:すごいですね。

小倉:あと、僕の専門は麹だったのですが、「普通の人でも麹が作れるメソッドを開発しろ」と先生に言われ、いろいろな道具を渡されて、「これを使って半年で料理好きな人たちが麹菌を育てられるような技術を作れ」って。




麹のワークショップの様子

小竹:研究というか開発ですね。

小倉:醸造の世界は学問で、基本的には応用研究なんです。例えば、数学は基礎研究で、何かの形式を作るとか何かの法則を見つけるものなのですが、発酵学は応用なので研究と開発がいつもくっついているんです。

小竹:そうなんですね。

小倉:いろいろな酵母が持ち込まれて育てる。その先には、それを使ってご当地酵母のパンを作るみたいなことが待っている。 必ずその後に作るというのがセットなんです。

小竹:なるほど。

小倉:僕はそのときに発酵学のマナーというか美学を叩き込まれている。「何かを調べたら役に立てろ」というのが基本なんです。

小竹:研究は民間の仕事みたいなイメージがありますが、生活に役立つような応用までもやるのですね。

小倉:僕は在学中に先生に気に入られて、よく一緒に出張に行っていました。そのときに微生物や発酵をテーマにした産業開発や街づくりの話などが持ち込まれるんです。で、「君はデザイナーをやっていたからプランニングや開発もできるだろう」みたいに先生たちに言われて…。

小竹:うんうん。

小倉:それまではパッケージやウェブサイトのデザインしかしていなかったのですが、蔵の人たちと一緒に街づくりのプログラムを作るとか新しい商品を作るとか、発酵そのものをデザインしていくという道に入ったのが、今から10年くらい前です。そこから“発酵デザイナー”と名乗るようになりました。

“発酵そのもの”をデザインしていくのが仕事


小竹:グラフィックのデザインを超え、コンセプト部分からの事業作りなどをして、なおかつ発酵のことも詳しいといった感じですよね。

小倉:発酵デザイナーというと一般的なデザイン領域だと思われがちですが、僕は発酵そのものをデザインする仕事だと思っています。発酵のコミュニケーション部分をデザインするのではなく、発酵そのものをデザインする。そういうことをやる人はいなくて、今のところはほぼ僕のみという状態です。

小竹:世界で1人ですね。

小倉:でも、ニーズはたくさんあるんです。微生物を使った技術や文化は本当にいっぱいあるので、困り事にも満ちているんです。

小竹:例えばどういうこと?

小倉:藍染めって発酵技術なんです。藍染めの原料になる「すくも」という腐葉土みたいなものがあるのですが、あれは複雑な発酵技術によってできています。ただ、その技術を受け継ぐのが難しくて…。

小竹:うんうん。

小倉:藍染めはアジアやヨーロッパで注目されてきていて、工房が徳島に多いので、徳島に海外のインターンシップが結構来るんです。3ヶ月住み込みで藍染めの技術を習ったりするのですが、そういう人たちに職人芸の勘だけではもう教えることができないという話になって。

小竹:「俺の背中を見ろ!」ではダメということですね。

小倉:そう。それで今までブラックボックス化していた藍の発酵を、研究施設や県や藍の醸造家と一緒に調べてくれないかと言われました。目標は潜在地ではなくてもある程度の技術を手渡せるようにするという感じで。だから、発酵のメカニズムを仮説を立てて伝えていくみたいなこともやっていました。

(※藍染プロジェクトは新型コロナウィルス感染拡大の影響により残念ながら未完成のまま終了)

小竹:ヒラクさんはわかりやすく人に伝えるというデザインもできるので、全てを一貫してできますよね。

小倉:だから、必要な人が1人ではない。微生物の働きをモニタリングする役割とか、それを実際にモデル化して伝えられるようにする役割とか。微生物の働きが僕たちに役立つものになるまでには距離があります。それをオーガナイズしていくのが僕の大事な仕事ですね。

「発酵」は古くから受け継がれた伝統技術


小竹:そもそも発酵について、ヒラクさんはどう定義していますか?

小倉:目に見えない微生物が人間に役に立つ働きをしてくれることを“発酵”と言います。これが最もエッセンシャルな発酵の部分です。例えば、今ここにも菌がめちゃくちゃ飛んでいます。目に見えないだけで、何十万個の菌があらゆるところに満ち溢れています。

小竹:何十万個も…。

小倉:大概は人間の役に立たないし害もなさない菌ですが、ごく一部の菌が役に立つ、あるいはごく一部の菌が役に立たずに腐らせるみたいなことをします。地球上にあるものはほとんど、有機物も無機物も微生物に食べられて変わってしまうという影響を受けます。どうせならいい風に変わってほしいじゃないですか。

小竹:そうですね。

小倉:目に見えない菌が変化を起こしている。放っておくと腐っちゃうからせっかくならおいしくしたい。どうしたらおいしくなるだろうということの再現性を突き詰めていくときに生まれるのが発酵という技術です。

小竹:どうやって突き詰めたのでしょうか?

小倉:例えば、ぶどうを地面に落として放っておくと腐ります。でも、ぶどうを潰してジュースにしてタンクに入れて風通しのいいところに置いておくとおいしくなり、しかも腐りにくくもなる。同じぶどうでもやり方によってワインになるというレシピを見つけたときに、発酵が生まれているんです。

小竹:そこに発酵があると気づいていたのですかね?

小倉:明確に気づいていたみたいで、エジプトの壁画にも残っています。僕たちは目に見えるものしか信じないですが、醸造家の人たちは目に見えないものを感じる力があります。おそらく昔の人も生きるか死ぬかの瀬戸際なので、目に見えないものを感知する力があったはずで、発酵するかしないかみたいなものを結構シビアに捉えているんです。

小竹:すごいですね。見えないものがそこにいて、それがおいしいものに変わるのがわかるということですよね。

小倉:クックパッドにもパンを作るレシピがいっぱい載っていますが、あれも発酵技術の継承です。微生物などの目に見えない自然現象と素材を組み合わせてどうするかということは昔から研究されていて、僕もその伝統を受け取って今の時代に合うように考えています。

「発酵」と「腐敗」は同じこと!?


小竹:発酵にはカビなどの有害なものもありますが、どう区別しているのですか?

小倉:区別はないですね。微生物が働いているという意味で同じなので、発酵も腐敗も一緒です。

小竹:例えば、お腹を壊すとかおいしくないとかは、人が感じているだけ?

小倉:そうですね。僕が言っているのは、「あなたがおいしいと思えば発酵、まずいと思ったら腐敗」です(笑)。

小竹:国とか文化によって、これは腐敗という人もいたり発酵という人もいたりするということ?

小倉:明らかに発酵、明らかに腐敗というのはありますが、中間が曖昧なんです。5人はおいしいと思うが、5人はやばいと思うみたいなものがいっぱいある。北欧の方のニシンの漬物でとんでもないのがあったり、日本だとくさやみたいなものがあったり、韓国には食べたら気絶するエイの漬物があったりします(笑)。

小竹:うんうん(笑)。

小倉:発酵なのか腐敗なのかというのはすごく悩ましくて、毒みたいな味をしているものでもおいしいと思う人が一定数いたら、ずっと受け継がれる文化になっていくので、それも発酵なんです。でも一方では、例えば和食文化がどれだけ流行っても、納豆はいまいちみたいな国もあるんです。

小竹:そうなんですね。

小倉:発酵と腐敗の境界は曖昧で、発酵と腐敗の際みたいなものが郷土食とかローカル文化の中に残っています。そういう際みたいなものを調査していくのが僕の仕事です。

発酵の世界は「ワンチーム」でやっている


小竹:「発酵はオープンソースだ」とインターネットに例えてお話をされていますが、これはどういう意味ですか?

小倉:発酵はおそらく1万年以上前からあって、例えばワインの技術などは数千年前からずっと引き継がれてきていますが、ワインの特許や商標を取っている人はいないんです。

小竹:そもそもないということ?

小倉:いや、誰が発明したのかがわからない。お味噌も知財を持っている人がいない。お味噌は手作りの文化なので、何百年もかけて各地のお父さんお母さんたちが引き継いできたものなんです。そこにマージンを払うとかはなく、みんなで共有しているんです。

小竹:うんうん。

小倉:山間の村を調査していくと面白いのですが、共通のプラットフォームがありながらも谷を越えると作り方が変わるみたいなこともあるんです。

小竹:はいはい。

小倉:みんなで共有をしてそれぞれが工夫をして差異が生まれ、その差異をまたみんなで共有して新しいものが生まれていき、それがずっと履歴になって残っていくというのは、古き良きインターネットのフリーカルチャーだなと思って。

小竹:うんうん。

小倉:そういうものがあって、発酵文化はすごく豊かになってきたのだというのを感じてきました。

小竹:味噌でも地域によって違ったり家庭によって違ったりして、どんどん個別に最適化されている感じがしますしね。

小倉:そうですね。僕にとってはインターネットは非中心の世界なんです。ここがダメになってもこっちは生き延びるみたいな…。真ん中がなくて全てを所有している人がいない分散型の世界で、そこでは知識も基本的にシェアされる。それってすごく発酵的なんですよね。

小竹:今もそういうことができているのですかね?

小倉:もともと割とフリーカルチャーで手作りの文化だった。それで、戦後の近代化による産業化が起きて、そこには知識の囲い込みみたいなものもあって、各メーカーがそれぞれの技術とかの特許を取ってみたいな感じでやってきて。

小竹:うんうん。

小倉:だから、僕のお父さんお母さんたちの世代は自分のやっていることを隠したがる人が多い。手作りだった文化が工業化していった時代の人たちだと思うんです。僕たちの世代、40歳前後から30代の人たちはオープンにしている人が多くなってきているんです。

小竹:なるほど。

小倉:今までだと、業界の集まりがあっても当たり障りのない話しかしなかったけど、今の若い醸造家たちはすごくオープンで、作り方とかもどんどんシェアしちゃう感じです。




酒蔵での様子

小竹:ヒラクさんのポッドキャストでも、醸造家の方がバンバン喋っていますもんね。

小倉:そうそう。こんなに話しても大丈夫なのかと思うくらい喋っています。あれは親の代ではなかった流れで、もう一度インターネットカルチャー的なものが回帰してきているのが、今の若い世代の発酵文化の特徴ですね。

小竹:シェアをしながら、業界自体を磨いていくという感じ?

小倉:根本的には醸造業界や発酵の世界ってワンチームなんです。僕が住んでいる山梨にはワイナリーがいっぱいあって、僕が住んでいる2万数千人の小さい町にワイナリーが50軒くらいあるんです。

小竹:すごいですね。

小倉:大手のワイナリーもあれば小さいところもある。それがぶどうやワインを作っている時期の夕方になると、ワイナリーとかぶどう農家が自分が作ったワインを持ち寄ってお互いに飲んで情報交換をしているんです。

小竹:今年のぶどうはどうとか?

小倉:そうです。その結果、何が起きるかというと、産地としての実力がボトムアップされていくんです。

小竹:全体に知識が共有されるんですもんね。

小倉:だから、ワインの文化が地元に根付いていくんです。マーケットとしての競合でもあるけど、同時にワインというカルチャーを作り上げていく仲間なんです。自分たちが腕を磨くことで、地域がワインによって輝き、存在意義を得られて観光資源にもなるという意識が芽生えるんです。

小竹:うんうん。

小倉:あと、ワインに憧れて若い人がたくさん働きに来る。そうやって雇用ができていくようにもなるので、決まったパイを奪い合うよりは自分たちで腕を磨いて新しいパイを作り出していくという感じのマインドセットになるんです。

(TEXT:山田周平)

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【ゲスト】


第5回・第6回(5月3日・17日配信) 小倉 ヒラクさん


発酵デザイナー / アートディレクター /「発酵デパートメント」オーナー / ポッドキャスト『#ただいま発酵中』YBSラジオ『発酵兄妹のCOZY TALK』パーソナリティ。東京農業大学で研究生として発酵学を学んだ後、山梨県甲州市に発酵ラボをつくる。「見えない発酵菌たちのはたらきを、デザインを通して見えるようにする」ことを目指し、全国の醸造家や研究者たちと発酵・微生物をテーマにしたプロジェクトを展開。絵本&アニメ『てまえみそのうた』でグッドデザイン賞2014受賞。著書『発酵文化人類学』『オッス!食国 美味しいにっぽん』『アジア発酵紀行』『日本発酵紀行』など。

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Instagram: @hirakuogura

【パーソナリティ】 


クックパッド株式会社 小竹 貴子


クックパッド社員/初代編集長/料理愛好家。
趣味は料理🍳仕事も料理。著書『ちょっとの丸暗記で外食レベルのごはんになる』『時間があっても、ごはん作りはしんどい』(日経BP社)など。

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