「ゴミ屋敷に住む20代弟」を救い出した姉の述懐
天井近くまでゴミが山積みになっていた(画像:「イーブイ片付けチャンネル」より)
うつ状態に苦しみ仕事を退職した20代の弟と、ある日音信不通になった。胸騒ぎを覚えた姉が自宅を訪ねると、そこに弟の姿はなかった。そして、およそ自分の弟が住んでいたとは思えない荒れ果てた部屋に、姉は言葉を失ってしまった。
本連載では、さまざまな事情を抱え「ゴミ屋敷」となってしまった家に暮らす人たちの“孤独”と、片付けの先に見いだした“希望”に焦点をあてる。
もしも家族の部屋がゴミ屋敷になってしまったら、いったいどうすればいいのか。ゴミ屋敷・不用品回収の専門業者「イーブイ」(大阪府)を営み、YouTube「イーブイ片付けチャンネル」で多くの事例を配信する二見文直社長(以下、文直氏)が、先のゴミ屋敷を通して解説する。
動画:【ゴミ屋敷になった弟の部屋】20代の身に起きた異変とキッカケ
母が亡くなった4年前からゴミが溜まりだした
玄関の扉を開けると姉はすぐに部屋の異常に気づいた。奥の部屋へと続く通路からすでにゴミを足で掻き分けていかないと前に進めない。通路から部屋に入る扉はゴミが邪魔して開かない。こんなところに本当に弟が住んでいるのか……。
(画像:「イーブイ片付けチャンネル」より)
しかし、部屋に弟の姿はない。連絡手段もなく、姉はすぐさま警察に弟の捜索願を出した。
「弟は元々あまり家族と連絡を取る子ではありませんでした。1年ほど前からうつになってしまって、それでよく連絡を取るようになったんですけど、自宅まで行くことがなくて、こういう現状を把握することができなくて」(姉)
後から知ったところによると、部屋にゴミが溜まり出したのは行方不明になる4年前から。それは、ちょうど母が亡くなったタイミングだった。姉はそれがきっかけになったのではないかと思っている。
ゴミが積み上がったキッチン(画像:「イーブイ片付けチャンネル」より)
「片付けがちょっと苦手な子ではあったんですけど、ここまでではなかったはずです。2カ月ぐらい前ですかね、一度まったく連絡が取れなくなって。仕事もうつで休職の後に退職になっていたので、お金も貸したりしていて。定期的に連絡を取っていたんですけど、急に連絡が取れなくなったので、ちょっと心配になって家に行ってみたらこういう現状だったっていうのを初めて知りまして」
現在、この部屋には誰も住んでいない。このまま放っておくわけにもいかず、かといってもう一人いる姉妹と力を合わせてもどうすることもできず、イーブイに片付けの見積もりを依頼した。
水回りは映せないほどに汚れていた
文直氏の弟・信定さんが通路のゴミを掻き分けて部屋に入ると、頭が天井についてしまった。背が高いとはいえ、部屋全体にゴミが積み上がっていることがわかる。扉を閉めようとすると、ドアノブの高さまでゴミの山が迫っていた。壁際になるとゴミの山はもっと高くまで積み上がっている。窓際に布団が敷いてあるが、その様子を見る限りはゴミに埋もれながら日々眠っていたようだ。
ペットボトルがあらゆるところにある(画像:「イーブイ片付けチャンネル」より)
とくに多いのは生活ゴミだ。ペットボトル、弁当やカップ麺の空容器、お菓子の袋などが無数に散乱している。壁際に投げられた小さいゴミ袋の中もやはり生活ゴミ。初めのうちはなんとか袋にまとめていたがゴミ出しまでには至らず、次第にまとめることもやめてしまった様子が見て取れる。ベランダもゴミだらけだ。4年間、あまざらしになったゴミは水で分解され、すでに粉状になっている。
キッチンはかろうじて使える状態だったが、インスタントラーメンに入れていた卵の殻が何個もそのままで放置されている。トイレや浴室など水回りの状態もかなり悪い。生活ゴミがバスルームにまで侵食していたが、それよりも汚れがひどい。一度も掃除をしていないであろうバスタブには髪の毛がワサっと溜まっていて、カメラには映せないような状態だった。
「マンションの契約書、年金手帳、貴重品類以外はすべて空にしてしまって大丈夫ですか?」(信定さん)
「はい、すべて処分でお願いします」(姉)
電子機器やゲーム機なども残っているが、これらも含めていったんすべて捨てるという。作業開始から30分で玄関とキッチンの片付けが済んで動線が確保されると、部屋のゴミもみるみるうちに減っていった。
(画像:「イーブイ片付けチャンネル」より)
理由なくしてゴミ屋敷にはならない
文直氏によれば、医師の診断の有無にかかわらず「うつが原因でゴミ屋敷になってしまった」と話す依頼者は多いという。ただ、少し意地悪な見方をすれば、「診断を受けていない場合、うつを言い訳にしている」ように捉える人もいるだろう。極論、業者にとっては依頼主の病状は関係ないとも言えるが、そこには文直氏なりの考えがある。
「医師がうつと言ったからうつ、逆に医師の診断を受けていなかったらうつではない、とは思わないです。病院に行くのも家を出るのもしんどいみたいな状態もあるわけじゃないですか。診断の有無はそこまで重要ではないというか、しんどいことには変わりはないと思うんです」
以前立ち会った現場で、その考えを再認識したという。
「コンビニを経営していた4人家族(父・母・子2人)がいたのですが、ある日父親が事故で亡くなり、その後に子どもも2人とも事故で亡くなり、母親だけが取り残されてしまったんです。ゴミ屋敷になってしまった母親の部屋を私たちで片付けたのですが、あれだけ負の連鎖が起きたらきっと誰でも精神的に参ってしまうでしょう。その末にゴミ屋敷になってしまう可能性はあると思うんです。
このケースは極端かもしれませんが、人によって精神的に耐えられるハードルも変わってきます。職場で嫌なことがあって、たまたまその日に恋人から別れを告げられた……とか。耐えられない人もいるはずです」
ただだらしないわけではなく、ゴミ屋敷になってしまうには必ずと言っていいほどそれなりの理由があるという。何かしらのストレスを抱え、それが原因となって部屋が荒れてしまう。つまり、心の状態が部屋に表れるということだ。
(画像:「イーブイ片付けチャンネル」より)
もしも家族の部屋がゴミ屋敷になってしまったら
一人で暮らす親の家が、兄弟姉妹の家が、もしもゴミ屋敷になってしまったら。関係性にもよると思うが、大半の人が想像しただけで胸が締め付けられる気持ちになるだろう。現在、文直氏と一緒にイーブイで働く信定さんも、実は過去に自身の部屋がゴミ屋敷になってしまったことがあった。信定さんがイーブイに入る前の出来事だ。
「僕に知られたらめちゃくちゃ怒られると思ったらしく、母親が全部片付けたみたいです。弟は自分の意見を溜め込んでしまう癖があるんです。何か嫌なことがあっても、“自分が我慢すればいい”と一人で処理しようとするんですけど、たまに爆発してしまう。だから、弟はゴミ屋敷に住む人たちの気持ちが痛いほどわかるはずです」(文直氏)
もし、信定さんの部屋がゴミ屋敷になっていることを知っていたら、文直氏はどんな行動を取っただろうか。
「昔の尖っていた私だったら自分で片付けさせたと思います。“これも経験や”と言って、また同じことになったときのためにも、自分で片付けさせるなり自分で業者を呼んでもらうなりさせる。ただ、こうして年齢も重ねて、日々YouTubeを配信する中で、考えが変わってきました。今なら何も言わず、とりあえず片付けてあげる。理由を聞くのはそれからでいいと思うんです。最初からああだこうだ言っても話してくれないと思うので、いったん抱えている後ろめたい重荷の部分を取ってあげてから、話を聞くと思います」
姉弟間のコミュニケーションがあったからこそ
警察に捜索願を出した後、弟は無事に発見され、今は実家でゆっくり過ごしているという。
「いろんな返済とかも何もされてなかったので、落ち着いて働けるようになったらちょっとずつでも返せるところは返してもらって、返しきれない部分は家族で負担しながらやっていこうかと。弟の“大丈夫”という言葉を鵜呑みにしてしまったところは良くなかったと後になって思います。“ご飯とか持っていくよ”と伝えてはいたんですけど、弟は“大丈夫”って。“部屋に入れたくないんだな”ってなんとなく思うだけでした」(姉)
片づけが終わった部屋(画像:「イーブイ片付けチャンネル」より)
だが、このような姉弟間のコミュニケーションがあったからこそ、ゴミ屋敷になっていることが発覚し、最終的に解決に至ったのだ。この事例は失敗例ではなく、成功例として捉えてほしいと思う。
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(國友 公司 : ルポライター)