この1年、筆者は複数回にわたってソニー・ホンダモビリティの川西泉社長への取材を積み重ねてきた。その中でも一貫していた川西社長のメッセージとは?(筆者撮影)

2022年10月に始動したソニー・ホンダモビリティ(SHM)。共同作業が始まって3カ月足らずのCES 2023では、同社の手がけるEV(電気自動車)のブランド名が”AFEELA(アフィーラ)”と発表され、短期間ながらも試作モデルまで展示されていた。

あれから1年。CES 2024では、新たな試作がお披露目された。突貫工事でデザインされていた車体は細部に有機的な表情が加えられ、真っ白なTシャツとストレートのブルーデニムにも例えられるようなシンプルな外観コンセプトは変わらないものの、より量産品を意識した仕様になってきた。

試作モデルとしても第2世代に入ったAFEELAは、この1年で何が変わったのか。そこから見えてきたのは、多くの一般的な自動車メーカーとは異なる角度から、EVの付加価値を創造しようとしていることだ。

集まる期待と冷ややかな目線の両極

SHMが誕生する前、ソニーが単独でコンセプトカー「Vision-S」を開発していたころは、当時業績が急回復していたソニーがどんな新しい提案をしてくるのかと、その自由な発想に熱視線が集まった。

「自動車がネットにつながり、電動、自動化が進むことでスマホ的になっていく」といったビジョンに加えて、機械的価値からコンピュータソフトウェアによる価値で定義するクルマ(Software Defined Vehicle:SDV)へと変化させるイノベーションに対する期待は大きかった。

”iPhoneのようなクルマ”と言われるテスラのように、常識にとらわれない新しいクルマを生み出してくれる期待感が、ソニーの自動車への取り組みにもあったのだ。

これは現在も大きくは変わらない。ソニーとホンダはともに、そのジャンルの寵児として業界を刷新してきた。両社が組むことにより、”これまでの自動車メーカーにはない”価値を生み出し、常識を打ち破る何かをしてくれるという期待は今なお大きい。

一方で冷ややかな目線があるのも、これまた事実だ。

ホンダのノウハウや自動車部品調達能力、自動車の販売、メンテナンス網などを活用できるとはいえ、各国ごとの法規制もある中、周囲の想像を超えるようなクルマが本当に作れるのか?

いや、作れたとしても”売れるクルマ”になるのか? 新たな自動車の潮流を生み出すほどの爆発力があるのか? といった見方だ。さまざまな法規制がある自動車のジャンルでは、ソニーがこれまで築いてきた”ユーザーとの接点”を重視した商品アイデアを生かせないという意見もある。


CES 2024では、AFEELAの運転をシミュレーションできるコーナーも設けられた(筆者撮影)

AFEELAは決してカジュアルに買える製品ではない。

まだ価格は発表されていないが、自動車としては最高峰の高性能半導体を搭載し、高速ネットワークで車内を網羅。レーザーレーダーを含む45個の多様なセンサーと5G通信機能を搭載し、車内にはOLEDの表示パネルがあらゆる場所に設置されている。

前後に配置された高出力の電動モーターは総合出力で482馬力に達し、91キロワット時のリチウムイオンバッテリーを搭載するというから、テスラの「Model S Plaid」(1596万9000円)に匹敵、あるいはそれを超えるラグジュアリークラスのクルマになることは間違いない。

はたして最終的な製品として出荷が開始される2026年までに、新規参入ブランドが価格に見合う価値を創造できるのか? 冷ややかな目線が同時に集まるのは、そうした疑いを現時点では拭えないからだろう。

“エンタメ重視のクルマ”ではない

もっとも、冷ややかな目線には、少なからぬ誤解もある。

ダッシュボードの左右いっぱいに広がるパノラミックディスプレイや、後部座席向けに配された2つのディスプレイ、360 Reality Audioのオーディオシステムなどの設備に加え、オーディオ&ビジュアル機器メーカーとしてのソニーのイメージから、”エンタメ重視”の印象を持つ読者も多いのではないだろうか。

しかし取材を通して筆者が感じるのは、ソフトウェア技術による新たな自動車の価値創造を行うため、AFEELAは自由度を限りなく上げて、開発者が新しい取り組みに携わることができる設計にしているということだ。

いわば、”SDVエンジニアの遊び場(あるいは実験場)”のような作りのクルマである。

エクステリアに関しては、1年前の試作車両では”車外とのコミュニケーションツール”に活用することを目的に、車体の前後に配されていたディスプレイは、法規制との兼ね合いからヘッドライト間に配される前面のみ採用され、後端部からは取り除かれた。

ダイナミックかつ複雑な曲面を組み合わせ、生物的な躍動感を持つフォルムを持つ車が多い現代において、”特徴がないことが特徴”ともいうべきシンプルで控えめなスタイルも、新たな試作はおおむね引き継いでいる。

SHMの川西泉社長は以前から、AFEELAのスタイルについて、特定のキャラクターを感じさせないことを意識していると話していた。


川西社長はAFEELAのスタイルについて、特定のキャラクターを感じさせないことを意識していると語っていた(筆者撮影)

高機能携帯電話がソフトウェア・デファインドなデバイスであるスマートフォンに変化する過程で、まるで真っ白なキャンバスのようにシンプルなデザインへと変化したように、自動車も”SDV”になることでデザイン価値が変化すると見ているのだろう。

このようにとらえたとき、AFEELAの試作車両は一義的には、高性能なセンサーを多数搭載し、そこから同時並行的に集まってくる膨大なデータを軽々と処理する半導体とネットワークを車体に持つ「センサーカー」だ。

膨大な情報をセンサーで集め、5Gネットワークを通じてクラウドと結びつき、センサーからの情報を並列処理しながらリアルタイムにさまざまな機能を実行できるハードウェアのプラットフォーム。それがAFEELAということである。

テスラのEVと決定的に異なる点

そのコンセプトは、よく比較されることになるだろうテスラとも方向性が異なる。

例えばセンサーで集めた情報の最大の活用先は、ADAS(先進運転支援システム)だ。テスラは高コストなLiDAR(レーザースキャンによる空間計測センサー)の採用を嫌い、また条件によって拾えるデータが不安定になりがちなレーダーも使わず、現在はTesla VisionというイメージセンサーのみでのADASへと舵を切った。

合理化の一環とも言えるが、センサーの数を削ってしまってはソフトウェアによる進化は期待できない。

一方のAFEELAは45個というセンサーの数が注目されがちだが、フロントガラス中央上部にあるLiDARはもちろん、事前イメージ処理回路なども内蔵できる多数のイメージセンサー、レーダーなどを複合的に扱う仕組みそのものに対して大きな投資をしている。

一般的な自動車は発売時点の機能や性能を目標に定めて作られるものだが、AFEELAはセンサーから集まる膨大な情報量をリアルタイムに並列で扱う処理回路も、発売後の発展も含めた目標設定がされている。ソフトウェア処理の基盤となることを意識しているから、隙間なく把握できる情報はすべて集めておけるようにしているわけだ。

これはSHMの川西社長の古巣でもあるソニー・インタラクティブエンタテインメントが作ってきたプレイステーションが、長期的にソフトウェアによって進化していく基盤であることを意識していることに似ている。

川西社長がCESの発表会で使った資料には、4つの大きなSoC(システム・オン・チップ)ブロックが掲載され、そのうち2つがADASに振り分けられているように見えた。

発表時の講演ではサラリと流したが、「資料に盛り込んだ処理ブロックは、見る人が見てくれればという想いでしたが、それぞれが独立した高性能のSoCであることをイメージしています」と川西社長。

ADAS向けだけでも、業界トップクラスの能力を持つSoCが2つ使われる。45個のセンサーが同時に並行して読み取っている膨大な情報を受け止めるためだ。

「AFEELAは当初から、高速道路など特定条件下での自動運転機能である“レベル 3”のADASを実現し、それ以外の市街地などでも運転支援機能としては最高クラスの”レベル 2+”を実現することを前提に開発してきました。そのために必要な資源は徹底して投入しています」(川西社長)

状況識別にAIの機械学習を活用

周囲の状況を判別し、どのように運転するかについて、当初はセンサーからの情報を基に”ルール”で判別する手法を用いていたが、いくら多くのセンサーを使っても、明るさや光源の方向、天候や路面状況、路肩やレーンを示す特徴などは、想定条件から逸脱することは避けられない。

そこでAFEELAには、ニューラルネットワーク処理を強化した半導体を搭載し、機械学習を進めることで状況を識別する精度を上げていくようだ。

雑多な情報を有益な情報へと変えることは、機械学習処理が最も得意とする応用領域だ。ルールベースでは、情報過多が誤動作を引き出すことも少なくないため、テスラのようにイメージセンサーだけに絞るほうがよい結果を得やすいこともある。しかしAI処理ならば、センサーからの情報は多ければ多いほど高い精度が得られる。

川西社長への取材は、SHMの誕生からCES 2023、その後の複数回のインタビューや今回のCESなどで少しずつ積み重ねてきたものだが、一連の取材の中でのメッセージには一貫性がある。

それはここまでに書いてきたように、SDVとしての価値を最大限に引き出すため、搭載する処理回路やセンサーの選定で”上限”を定めないこと。天井を高くして、開発者がより高みを目指せる基盤にすることが1つ。

もう1つは、その基盤で安全・安心を築くことに加えて、SDVとしてのセンサー、情報処理のプラットフォームをエンターテインメント”にも”活用し、SHM自身がそのプラットフォーム上でさまざまなソフトウェアを作成、追加するだけでなく、パートナー企業にも開放していくという考え方だ。

CES 2024では、川西社長がプレステ5のコントローラーでAFEELAをステージに呼び出すデモを行った。「ソフトウェアを書けばそういうことができる」(川西社長)ことを視覚的に見せたもので、コントローラーでのリモコン操作を主要機能に位置付けているわけではもちろんない。

繰り返しになるが、AFEELAはソフトウェアで価値創造するための真っ白なキャンバス、エンジニアのプレイフィールドだ。そうした目線で見ると、一連の発表の意図がクリアに見えてくるのではないだろうか。

Epic Gamesとの提携の意味

例えば、「Epic Gamesとの提携」「Unreal Engine 5.3(UE5)への対応」といったキーワードが大きく訴求されることは、自動車産業寄りの価値観では理解できないかもしれない。

Epic Gamesが開発したUE5は、ゲームを開発するための基盤技術だ。このゲームエンジンにより、リアリティが大きく向上して本物の風景に近い映像をリアルタイムに描けるようになった。評価のカギは”リアルタイム”と”映像品位の高さ”にあり、UE5を扱えるエンジニアも数多くいる。

安全・安心のために贅沢なソフトウェア開発基盤を用意したうえで、そのリソースを活かして、車内の多彩なディスプレイ、空間オーディオシステム(360 Reality Audio)を通した表現力を提供できるようにしたい、ということだ。

では、具体的にどのようなクルマになるのか。

SHMはAFEELAのドライブシミュレーターをEpic Gamesと開発し、CES 2024では、AFEELAで街中を走る体験を行えるようにしていた。現時点では搭載するセンサーとの連動シミュレーションなどは行われていないため、単にパノラミックディスプレイや操縦桿タイプのハンドル、レバー類がどのように動くかを体験するだけのものにすぎない。

あくまでも「こんな表現もできるよ」という一例なのだが、その中ではテスラやアルファベット傘下のウェイモが得意とする”イメージトランスフォーマー”の応用があった。

イメージトランスフォーマーは、ADASがとらえている周辺状況を視覚的に再現したもので、車線レーンや信号、歩道、パイロン、自転車、歩行者などを表示する機能だ。「自動運転黎明期にあっては、ADASがどのように周辺環境をとらえているのかが視覚化されるだけでも興味をそそられる」(川西社長)。

シミュレーターでは、テーマ設定に応じてイメージトランスフォーマーで作り出した周辺状況のグラフフィックスに、エンターテインメント性の高いグラフィックス(街中を怪獣が壊しにくるなど)を重ね合わせるといった遊びが盛り込まれていた。

視点の先はSDVの開発エンジニアに?

しかし、それが当然ゴールではない。

センサーを用いた娯楽性に関しては、以前から集めた情報を基にして旅の思い出をムービーとして生成するアイデアや、センサー情報を夜中に車内で分析してクラウド上の地形データと照らし合わせ、時間ごと、場所ごとの歩行者や渋滞などの情報も含めて機械学習させるなどの話も出た。

360度の空間再現性を実現できるオーディオシステムは、ADASがとらえる周囲の危険な状況を音によって知らせる(ある方向から何かが近づいている、といった形で伝えるなど)ことも可能だ。

さらには、プレイステーション向けにドライブシミュレーターを開発しているポリフォニー・デジタルとともに、ソフトウェアでAFEELAの振る舞いを調整するなど、”感性領域”の追求を行うことも発表した。

ポリフォニー・デジタルは、現実の自動車が持つ振る舞いのフィーリングをプレステ上で再現する技術を開発してきた。そのノウハウを用いて、気持ちよく操れる自動車になるよう、AFEELAというクルマにも”ソフトウェア”でドライブフィールを作り出す。

「これがSoftware Defined Vehicleだ」。CES 2024で川西社長は、そう自信を持って話した。未完成のAFEELAを紹介するその目線は、”SDVで新しいことがしたい”と思っているソフトウェア開発者へと向けられたものだったのかもしれない。

(本田 雅一 : ITジャーナリスト)