箱根駅伝の熱い戦いはランナーだけの話ではない。彼らが履き疾走するシューズメーカーのシェア争いが年々熾烈になっている。スポーツライターの酒井政人さんは「王者ナイキをアディダスやプーマなどが猛追しており、各社が投入する新モデルがレース展開を激変させる可能性もある」という――。
東京箱根間往復大学駅伝競走公式サイトより

■厚底戦争2024! ナイキを猛追するアディダス、プーマ

果たして、今年はどこが勝つのか。大学ではない、シューズの話だ。

近年、箱根駅伝ランナーのシューズシェア率に熱視線が注がれている。2023年正月の第99回大会は以下の通りだった。

ナイキ 61.9%(130人)
アディダス 18.1%(38人)
アシックス 15.2%(32人)
プーマ 3.3%(7人)
ミズノ 0.4%(1人)
ニューバランス 0.4%(1人)
アンダーアーマー 0.4%(1人)

このシェア率は23年11月の全日本大学駅伝でも大きな変化はなかった。関東の大学15校ではナイキが54.2%、アディダスが20.8%、アシックスが15.0%、プーマが6.7%だったのだ。おそらく2024年の第100回大会も全日本大学駅伝に近いシェア率になるだろう。

しかし、「厚底ウォーズ」はさらに激化している。なかで目を見張るのはナイキ、アディダス、プーマの3ブランドだ。

今冬、3社は箱根駅伝をモチーフにしたデザインが施された「駅伝パック」ともいうべきシューズのコレクションを出している。

最初に仕掛けたのはナイキだった。2018年の冬から「EKIDEN PACK」の販売を開始。今年はレース用2足、トレーニング用2足、入門用1足の全5モデルというラインナップだ。

昨冬からはプーマが「EKIDEN RUSH PACK」を投入して、全4モデルで展開。そして今冬からはアディダスも「ADIZERO EKIDEN COLLECTION」として参入している。こちらのシューズは全7モデルだ。

箱根駅伝の順位にも影響を与えるプーマの“新兵”

ナイキの「EKIDEN PACK」に新モデルは含まれないが、プーマの「EKIDEN RUSH PACK」とアディダスの「ADIZERO EKIDEN COLLECTION」には新シューズも含まれている。これらが24年の箱根駅伝の順位にも影響を与える“新兵器”になるかもしれない。

●プーマ

プーマは23年の99回大会の箱根駅伝でシューズ着用者を前年の1人から7人に急増させており、100回大会では独特なイエローカラーのシューズがデビューする。今まであまりなかった色だけに、聴衆の目を引きそうだ。

写真提供=プーマ
ファストアール ニトロエリート 2 - 写真提供=プーマ

プーマの4モデルのなかでフルアップモデルとなる「ファストアール ニトロエリート 2」(税込3万5200円)はデザイン的に極めて面白い。同社独自の「NITRO ELITE FOAM」を前足部だけだったところを踵にも採用し、カーボンプレートがフルレングスを越えて、爪先部分から少しむき出しているのだ。

機能面でも効果がある。地面との接地面が増えて、ストライドが拡大。前モデルと比べ、エネルギーを蓄える力が22%、反発性が46%もアップしたという。その結果、3時間30分00秒のマラソンランナーで平均2分30秒、2時間30分00秒のマラソンランナーで平均1分24秒のタイム短縮が可能ということが判明した。

平均キロ3分00秒で走る箱根駅伝ランナーは21kmほどの距離なら30秒ほど速く走れるだろう。筆者も「EKIDEN RUSH PACK」の商品説明会&トライアルセッションイベントで着用したが、前モデルと履き比べてみてその推進力に驚かされた。

プーマは箱根駅伝のシューズシェア率を、前述のように22年の1人(0.4%)から23年は7人(3.3%)に急増させた。同社ランニングカテゴリーリーダーの今井健司氏は、「24年大会では15人(出場230人で6.5%)を目指します。将来的には30%を目標としています」と話していた。12月6日には城西大男子駅伝部とパートナーシップ契約を締結。同大は昨秋の出雲駅伝と全日本大学駅伝で過去最高順位となる3位と5位に入っただけに、タッグを組むことで第100回大会はどんなインパクトを残すのか楽しみだ。

■青学大選手がアディダス“世界記録シューズ”を履く?

●アディダス

一方、アディダスの「ADIZERO EKIDEN COLLECTION」はどうか。唯一のアップデートモデルが「アディゼロ タクミ セン 10」(税込2万2000円)だ。「山を制する駅伝ランナーへ」というコピーがついており、山上り・下りのある箱根駅伝を強く意識している。

写真提供=アディダス
アディゼロ アディオス プロ 3 - 写真提供=アディダス

このシューズは、アディゼロシリーズ最軽量のレース用モデルで、ミッドソールはそこまで厚いわけではない。グラスファイバー素材を使用した5本指状のバーが推進力を生みだしながらも、接地感にこだわり、起伏時の体重移動がスムーズなモデルだという。

アディダスは箱根駅伝のシューズシェア率が21年に1.9%まで落ち込むも22年は13.3%、23年は20.0%とじわじわと拡大中。同社マーケティング事業本部 ブランドアクティベーション シニアディレクター山本健氏は、「箱根駅伝は(シェア)50%を中期的なベンチマーク、目標として、ランニングカテゴリーを強化していきたい」と気合十分だった。

さらに、ワールドマラソンメジャーズ(世界で最も著名で大規模な6つのマラソン大会=東京、ボストン、ロンドン、ベルリン、シカゴ、ニューヨークシティマラソン)では22年大会の優勝者の半数が「アディゼロ アディオス プロ 3」を着用していたという。

アディダスは2023年も絶好調で、ボストン、東京、ニューヨークシティを制すと、ベルリンでは約138g(27cm)しかないという超軽量厚底レーシングモデルの「アディゼロ アディオス プロ エヴォ 1」を履いたティギスト・アセファ(エチオピア)が2時間11分53秒という驚異的な女子の世界新記録で突っ走っている。

同モデルは9月25日よりアディダスのアプリで限定抽選販売。価格は税込み8万2500円だった。アディダスと契約を結んでいる青学大や國學院大の選手がこの“世界記録シューズ”を履く可能性もあるかもしれない。

■王者ナイキは新モデルを箱根ランナーに履かせる?

プーマやアディダスが猛追しているわけだが、厚底の王者ナイキはどうなのか。

●ナイキ

学生ランナーは、ナイキの「アルファフライ 2」(税込4万150円)と「ヴェイパーフライ 3」(税込3万6850円)を履く選手が依然として多く、過半数を占めている。第100回の箱根では新モデルを着用する選手がいるかもしれない。

なぜならナイキは「アルファフライ 3」(税込3万9650円)の“プロトタイプカラー”を1月4日から順次発売するからだ。完全生中継される大会はPRとしては最高のタイミングになるだろう。

写真提供=ナイキ
Nike Alphafly 3 “Prototype” - 写真提供=ナイキ

開発中だった同モデルを着用したケルビン・キプタム(ケニア)が23年10月のシカゴマラソンで2時間00分35秒の世界記録を樹立しており、すでに実績は十分ある。踵から爪先への体重移動がスムーズになり、カーボンファイバープレートの幅を広げたことで推進力と安定性もアップしたようだ。

以上、各メーカーの“新モデル”が箱根駅伝の高速化に拍車をかけそうだが、もうひとつ今回の箱根に“新たな風”が吹き込むかもしれないシューズがある。

2年連続の「駅伝3冠」を目指す駒澤大のスピードスター・佐藤圭汰(2年)が箱根駅伝史上一度も登場したことがないブランドを履く可能性があるからだ。

箱根駅伝史上初お目見えブランドデビューか

それは、スイス発のランニングブランドであるOn(オン)だ。佐藤は出雲駅伝と全日本大学駅伝でこのブランドの「クラウドブーム エコー 3」(税込3万2780円)という厚底シューズで区間賞を獲得。トラック10000mでは同社のスパイクで日本人学生歴代2位の27分28秒50(U20日本記録)をマークしている。箱根駅伝でも爆走すればOnが、一躍注目を浴びることになるだろう。

写真提供=On
クラウドブーム エコー 3 - 写真提供=On

もちろん、アシックス、ミズノの日の丸ブランドも負けていない。両者ともシェアを少しずつ上げており、今大会でも数字の上積みを虎視眈々(たんたん)と狙っている。

学生ランナーたちの正月決戦は24年のシューズ市場を占う意味でも非常に重要な舞台になる。どんな戦いになるのだろうか。

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酒井 政人(さかい・まさと)
スポーツライター
1977年、愛知県生まれ。箱根駅伝に出場した経験を生かして、陸上競技・ランニングを中心に取材。現在は、『月刊陸上競技』をはじめ様々なメディアに執筆中。著書に『新・箱根駅伝 5区短縮で変わる勢力図』『東京五輪マラソンで日本がメダルを取るために必要なこと』など。最新刊に『箱根駅伝ノート』(ベストセラーズ)
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(スポーツライター 酒井 政人)