Vチューバーはファンから送られる大量のコメントに反応しながらライブ配信を行う。画像はホロライブ所属の「兎田ぺこら」。チャンネル登録者数は200万人超 © 2016 COVER Corp.

旧・ジャニーズ事務所の解体で、2023年は揺れに揺れたエンタメ業界。その裏で、密かに躍進を遂げたのが「Vチューバー」だ。

Vチューバーとは「バーチャルユーチューバー」の略語で、YouTube上でアニメのような二次元キャラクターに声を当てる形で、動画投稿・ライブ配信を行う配信者たちを指す。年末のNHK紅白歌合戦でも、「すとぷり」というVチューバーのアイドルグループが初出場を果たし、話題となった。

Vチューバーは今やファンに限らず、投資家の間でも注目の的となっている。

Vチューバー業界で2強とされるのが、Vチューバー事務所「にじさんじ」を運営するANYCOLORと、「ホロライブプロダクション」を運営するカバー。それぞれ2022年と2023年に立て続けに上場している。両社の時価総額はともに2000億円近くに達し、国内最大のユーチューバー事務所であるUUUMと比べても約20倍の規模にまで拡大した。

飛躍の背景にビジネスモデルの変化

Vチューバーの歴史は2016年にまで遡る。同年12月に活動を開始した「キズナアイ」が元祖とされ、それからすでに7年近く経つ。

なぜ今になって、Vチューバービジネスが再び大きな注目を集めるようになったのか。カバーの谷郷元昭社長は「ビジネスモデルが変わったからだ」と指摘する。

キズナアイなどの初期のVチューバーは、動画を撮影して編集し、YouTubeにアップするという、一般的なユーチューバーと同じ形式をとっていた。しかし2018〜2019年ごろから「ライブ配信」が主流になり、「バーチャルユーチューバー」というよりも「バーチャルライバー」に変わったのだという。

一般的なユーチューバーと同じ「撮影→編集→投稿」というやり方では、編集作業に大きな労力がかかる。一方のライブ配信であれば、編集自体が必要なくなるため、作業効率が大幅に改善される。カバーのようなVチューバー事務所は所属タレント向けに配信用のアプリを開発・提供しており、そのアプリを使用してタレントが簡単にライブ配信を行える。


「結果的にたくさんのタレントが事務所に所属するようになり、ビジネスとしてスケールしやすくなった」。カバーの谷郷社長はそう分析する。実際、カバーの売上高は直近3年で約14倍、ANYCOLORは直近4年で約29倍に伸びている。

Vチューバー事務所の業績が急拡大している背景には、収益源の多様さも関係している。

2023年には、YouTubeで広告単価の低い「ショート動画」が普及した反動で、長尺動画の再生数が伸び悩み、UUUMの収益柱であるアドセンス(YouTube広告)収入は大きく落ちこんだ。SNS上などでは、「ショートショック」というワードまで飛び交った。

実態は「YouTube外」で稼ぐモデル

同じYouTubeを主戦場とするVチューバー事務所にとっても、この現象は向かい風のように思える。

しかし、カバーやANYCOLORの売上高のうち、アドセンス収入は全体の数パーセント程度にすぎない。前述の通り、Vチューバーはライブ配信がメインであるため、そもそも動画の再生数が増えづらい。結果的にYouTube上での収入は、加入すると特典などを受け取れるメンバーシップの会費(月額課金)と、配信中にファンがタレントに対して送る投げ銭(スーパーチャット)がほとんどを占めている。


さらに、それら以上に売り上げの成長を牽引しているのが、タレントのグッズ販売と、タイアップ・ライセンスの収入だ。実質的にVチューバービジネスは、YouTubeで儲けるというよりも、YouTubeで認知度を拡大し、YouTubeの外で儲けるという構造になっている。

YouTube以外の場でのVチューバーの活用は急速に広がっている。


Vチューバーを起用したライブコマースの様子。画像上部左は澄、同右は千夜イチヤ(画像:auコマース&ライフ)

ECサイト「au PAY マーケット」を運営するauコマース&ライフの中森健二執行役員は「Vチューバーは、ファンを巻き込む力がほかのタレントよりも強い」と話す。ライブ配信で商品を紹介・販売するライブコマースにVチューバーを起用したところ、紹介した商品の流通額が4.7倍に拡大したという。

2023年7月からは、Vチューバーを起用した「ショッピング with V」というコーナーも開始した。

「単にフォロワー数が多いタレントを起用してもうまくいかない。Vチューバーなどのタレントには熱量の高いファンがついていて、配信の視聴数や購入数などのエンゲージメントの高さにつながっている」(中森氏)

Vチューバーはもともと、二次元キャラクターと相性の良いゲーム関連企業とのタイアップ案件がほとんどを占めていた。しかしこうした“波及力”が評価されてか、最近ではさまざまな業種の企業とのタイアップ案件が増えてきている。

人気タレントの独立リスクは限定的?

タレントとしての人気が高まるにつれ、事務所から独立してしまう懸念はないのか。

カバーなどのVチューバー事務所は、動画の配信システムを開発するエンジニア以外に、デザイナーなどを雇って自らキャラクターの制作も手がけている。そのため、それらの著作権なども会社側が保有することになる。

業界関係者によれば、配信収入は事務所とタレントで半分ずつ分け合うのが一般的とされ、その他のグッズ販売などタレントの寄与度合いが小さい収入については、会社側の取り分がより大きくなる。

Vチューバーグループ「ぶいすぽっ!」などを運営するBrave groupの野口圭登代表は、「昔は事務所に所属していない個人でも、ある程度競争ができる環境だった。ただ、ファンの求めるコンテンツの質が高まったことで、個人でやるには資金的に厳しい状況が生まれている」と指摘する。

こうした背景から、タレント自身の人気が拡大しても事務所を離れてしまうリスクは今のところ限定的とみられる。野口氏によれば、現状2万ほどのVチューバーが国内外に存在しているが、個人のVチューバーを中心に活動継続が難しくなるケースも珍しくないようだ。

矢野経済研究所の調査によれば、2023年度のVチューバーの市場規模は800億円を見込み、同人誌やトレーディングカードゲームの市場と同じ規模にまで成長している。

ただ、カバーの谷郷社長が「Vチューバーはいまだグッズ販売でしかうまく収益化できておらず、IP価値を最大化できていない」と話す通り、現状の市場規模は将来的なポテンシャルに対してまだまだ小さいという見方が多い。

アニメのように、キャラクターを活用したゲームの展開などが進めば、市場規模は一段と拡大する可能性がある。

英語圏を中心に海外でも人気拡大

昨今の海外でのアニメ人気拡大も、Vチューバービジネスを展開する企業にとって追い風だ。「アニメキャラクターがまるで生きているかのように感じられるコンテンツとして、海外でVチューバーが支持されるようになっている」(カバーの谷郷社長)。

ANYCOLORとカバーはともに外国語で配信を行うVチューバーも複数抱えており、英語圏を中心に急速に人気が高まっている。両社に続く“第三極”とされるBrave groupも、2023年だけでアメリカ、イギリス、タイ、中国の4カ国に現地法人を設立するなど、海外展開に本腰を入れる。

アニメに続き、Vチューバーは日本を代表するエンタメコンテンツとなれるのか。ファンや投資家から並々ならぬ期待がかけられている。

(郄岡 健太 : 東洋経済 記者)