清掃車から流れるメロディのひみつに迫ります(写真:years/PIXTA)

皆さんの住む地域では清掃車から音楽は流れてくるだろうか? 筆者が幼少期から住んでいた兵庫県尼崎市では、清掃車が来る時には「赤とんぼ」のメロディが流れていたので、ごみ収集はメロディを鳴らしながら作業すると思いこんでいた。

その後移り住んだ京都市では清掃車からメロディは流れておらず、また、東京に出てきて住んだ練馬区と板橋区でも清掃車からのメロディは流れていなかった。ごみ収集の調査で入った神奈川県座間市では収集時に「乙女の祈り」を流しており、清掃車に「赤とんぼ」とは違うメロディがあるのを知った。

本稿では清掃車のメロディにスポットを当ててみたい。今では考えられない理由での放送中止騒動もあった。

清掃車のメロディの提供元のひとつは「ノボル電機」

清掃車から流れるメロディは業務用拡声音響装置から流れている。この装置を製造する会社のひとつ「ノボル電機」を取材した。同社は1945年に大阪市東成区で創業し、ホーン型スピーカーの設計や製造を手掛け、2018年に大阪府枚方市に本社工場を移転している。

2018年に社長に就任した猪奥元基氏は、「これまで蓄積してきた技術を多くの人々に身近に感じてほしい」との思いから、一般消費者向け新ブランドの「ノボル電機製作所」を立ち上げ、スマートフォン用の無電源のスピーカーやホームオーディオなどにも参入している。

創業当時、ノボル電機では拡声器の製造を行っていたが、アンプとセットで買ってもらわないと自社ブランドの育成やシェアを伸ばすことができないと判断し、1950年頃からはアンプの製造を始めた。

同時期に自治体より、「拡声装置を利用してごみ収集が終わったことを住民に簡単にお知らせする方法がないか」という相談を受けた。

同社は、「何かメロディを流せばいいのではないか」と考えオルゴールを利用することを決め、機械式のオルゴールを拡声するトランジスタアンプ(オルゴールアンプ)を開発。ぜんまい式のオルゴールユニットをメーカーから購入し、それをアンプの中にそのまま設置してモーターでオルゴールを回すようにし、そこから出る音を増幅して拡声させる仕組みにした。


ノボル電機本社工場と猪奥社長(筆者撮影)

このようにして開発されたオルゴールアンプにより、清掃車がメロディを鳴らしながら家庭ごみを収集するようになっていった。

当時はポリバケツを利用したごみ排出が始まった頃であったため、メロディが流れてくると住民はごみが収集されたと認識し、バケツを自宅に引き上げていった。

清掃差別がもたらしたオルゴールアンプの進化

ノボル電機が開発したオルゴールアンプは、時代の流れというわけではなく、意外な理由で機械式から電子式に変えられていった。それは今で言うところの「清掃差別」と受け止められるエピソードがあったからである。

当時のオルゴールは宝石箱に仕組まれており、高級感あるイメージを持たせて販売されていた。ごみ収集車にオルゴールを載せて使用することにメーカーから異論が出て、ノボル電機へのオルゴールの供給を止めてしまった。


現在のオルゴールアンプ(筆者撮影)

当時ノボル電機では、すでに多くの自治体の清掃車に機械式のオルゴールアンプを供給していたため、代替手段を考案する必要があった。

そこで機械式を諦めて電子式のオルゴールの開発を始め、アナログ回路からデジタル回路へと内部構造を変えた。今では考えられないエピソードの中で、オルゴールアンプは進化を遂げた。

オルゴールアンプは、後述するSDカード式の音源によるアンプで代用が利くため生産数は年間200〜300にとどまる。しかし、省スペースで済むという利点があるため、現在でも市場を独占している。

1970年代頃から市場にカセットプレーヤー付車載アンプが出回りだした。ノボル電機では1976年にカセット付きプレーヤーをリリースし、主に地方自治体の広報車向けの販売を行っていた。

しかし、1980年代からCDの販売が始まり、カセットテープの利用が減少。また、繰り返し再生していくとテープが劣化して音声が変質したり、機械に巻き込まれたりするトラブルも生じた。


SDカード対応の車載用拡声装置(筆者撮影)

このような状況の中でノボル電機は電子媒体へと切り替えていく方向に舵を切ろうとしたが、スマートメディア、メモリスティック、MD、SDなどの多種類の媒体が存在するため、資金的にすべてに対応する製品の開発ができず、媒体を絞る必要があった。

今後の主流になる媒体を技術的な視点から検討した結果、SDカードを搭載することを決めた。

清掃車から流れてくる「赤とんぼ」の謎

冒頭で述べたように、地方自治体によっては清掃車からメロディを流しながらごみ収集を行っている。自治体ごとにメロディが異なるが、気のせいか「赤とんぼ」が多いように思える。その理由をノボル電機でも調査したが、半世紀以上も前のことで当時の開発担当者への確認がとれなかった。よって、「一説である」という前置きで話を聞くことができた。


清掃車への搭載状況。赤枠部分が車載用拡声装置(筆者撮影)

先述のとおり、オルゴールアンプの製造当初は、オルゴールメーカーから機械式のオルゴールを調達していたが、アンプ1台に対してオルゴールは1つしか入れられないため、利用者は標準的に提供されていた8つの定番曲(「赤とんぼ」、「五木の子守歌」、「おさるのかごや」、「エリーゼのために」、「乙女の祈り」、「故郷の空」、「おうま」、「草競馬」)の中から1曲を選択して注文する形になっていた。

そこで一番リクエストが多かった曲が「赤とんぼ」であった。

現在では、オルゴールアンプが電子式になってSDカード対応となっているが、これまでどおり定番の8曲から選べるようになっている。また、現在のオルゴールアンプについては、デフォルトを「赤とんぼ」にして出荷している。

このような状況から推察すると、ごみ収集時のメロディに「赤とんぼ」が選択される理由としては、他の自治体が選択したのと同じ曲を自らも選んでいった(倣った)からだと思われる。

また、ごみが収集されてその場からなくなっていくイメージや、収集車が去っていくイメージを彷彿させる点からも相応しいメロディだと判断したのではないかと考えられる。また、装置的には「赤とんぼ」メロディがデフォルトに設定されている点からも、「赤とんぼ」が選択されやすかったと思われる。

収集時にメロディを流す自治体では、収集するごみや資源ごとに曲を変えて流しているところもある。

興味深い例としては、大阪市では、ふつうごみの収集時は故・島倉千代子「小鳥が来る街」を、資源ごみは「赤とんぼ」、容器包装プラスチックは「草競馬」、古紙・衣類は「しゃぼん玉」を流している。「小鳥が来る街」は1966年から使用されており、1964年の大阪市の「緑化百年宣言」の際にレコード会社が無償で制作したのが契機となっている。

また、東大阪市では一般家庭ごみ収集時には「赤とんぼ」、かん・びん収集時には「おうま」、不燃の小物収集作業時には、東大阪市イメージソング「東大阪めっちゃ元気な『まち』やねん」(つんく氏作曲)を流している。

収集時にメロディを流す自治体では、ごみの出し忘れや事故対策にもなるため、「清掃車からのメロディの音量を上げてほしい」と要望する声もある一方、「夜勤明けで寝ているのでうるさい」「赤ちゃんが起きてしまうので音量を下げてほしい」という声もある。音量を調整するなどして対応しているが、住民からの相反する意見がある中で担当の清掃課は苦心している。

清掃車の拡声音響装置の多目的利用

筆者は清掃行政についての研究を進めており、住民に身近な清掃行政が擁するリソース(人、モノ、情報)を組織横断的に多角的に活用すれば、住みやすく安心・安全が確保された地域社会になっていくと考えている。今回は清掃車から流されるメロディについて述べてきたが、そのための拡声音響装置に着目すれば、それは広報用にも利用可能であると思われる。


座間市の清掃車の拡声音響装置(筆者撮影)

昨今、局地的な自然災害が増えているが、自治体組織が縦割りになっているため、行政からの機動的な情報伝達が難しい状況になっているのではないかと危惧している。

その際には、もし清掃車に拡声音響装置を装備していれば、普段収集している地域への情報伝達を機動的に行える可能性が高くなる。しかも複数台によって行われるため、情報伝達のスピードが増すことも予測される。

清掃車から流れるメロディを煩わしいと思う住民が存在するが、清掃車の拡声音響装置は危機管理上においても有用に機能すると考えられる。

清掃車に拡声音響装置を装備していない自治体があるが、危機管理の観点から装備を検討してもよいのではなかろうか。


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(藤井 誠一郎 : 立教大学コミュニティ福祉学部准教授)