日本は「自動車輸出世界1位」から陥落したのに…中国EVに補助金を出す日本政府は国内メーカーを滅ぼすつもりか
■一人勝ち状態のテスラを追い抜いた
今年初来、世界の自動車市場でEVの販売増加が鮮明だ。トップは、中国のEVメーカー“比亜迪(BYD)”、2位は米国の“テスラ”。2社によるトップ争いは熾烈だ。吉利汽車(ジーリー)や広州汽車集団の“AION(アイオン、旧広汽新能源)”などの中国企業も高シェアを獲得した。わが国の自動車メーカーはEVシェア争いの上位に食い込めていない。
世界のEV市場における勝負は、ほぼ決まりつつあるといっても過言ではないかもしれない。BYDなど中国勢の価格競争力、新モデルの投入のスピードには目を見張るものがある。それを支える要因として、習政権の産業補助金政策などの影響は重要だ。
そうした中国メーカーの台頭に対して、今後、各国から反発が出ることが予想される。欧州委員会は、米国のように中国製EVに制裁関税をかけることを検討するという。EVをめぐる貿易摩擦は激化するだろう。
一方、わが国は、中国製EVにまで販売補助金を出している。中国EVメーカーの急速なシェア拡大にどう対応するか、国内のEV産業をどう育成するか、わが国として真剣に検討することが必要だ。
■ついに日本を追い抜き世界1位に
2023年の年初以来、世界の自動車市場の環境は急激に変化している。昨年まで、世界最大の自動車輸出国はわが国だった。しかし、2023年1〜3月期、4〜6月期と2四半期続けて、中国の輸出がわが国を追い抜いた。主たる要因は、EVの輸出急増だ。1〜6月、中国のEVなど新エネルギー車の輸出台数は2.6倍増、割合は全体の25%に達した。
足許、世界のEV市場では、BYDのシェア拡大が鮮明だ。報道された内容や、各国のデータ調査企業のプレスリリースなどによると、2023年上期、世界の電動車(EV、PHV、FCV)市場においてBYDは約117万台を販売しトップ。2位は、米テスラの約78万台、3位が独フォルクスワーゲンの約31万台。4位は中国のジーリーの約27万台、5位はステランティスの約22万台だったようだ。ジーリーはスウェーデンのボルボなど先進国の自動車メーカーの株式も保有する。
■EV市場で日本はどんどん差をつけられている
一方、1〜6月期の世界の自動車販売総数の順位は、トップがトヨタの約541万台、2位はフォルクスワーゲンの437万台だった。BYDはホンダ、スズキに続き世界第10位の自動車メーカーに成長した。ジーリーは13位、テスラは15位にランクインした。また、インドのタタ自動車、韓国の現代自動車もEVの販売を強化してシェアを獲得した。
中国EVメーカーの台頭は、これまでの自動車のコンセプトを変えるほどのインパクトがありそうだ。部品点数が少ないため、高度な製造技術を必要としない。それを追い風に、BYDなどは、政府の販売支援などを背景に価格競争力を高めた。
また、世界的な脱炭素を背景に、欧州などはEVの普及策を強化した。それを追い風に中国のEVメーカーはノルウェーなどへの輸出を増やし、欧州市場を開拓する足掛かりにした。また、テスラは、トップ2つの自動車販売市場である中国と米国の両方で生産と販売を強化している。HVを含むエンジン車など自動車市場全体でみると、わが国の自動車メーカーは存在感を保っている。ただ、EVに関して、BYDやテスラなどとの差は歴然だ。
■国家ぐるみでEV攻勢をかける中国
中国のEVメーカーの価格競争力を支える要素として、共産党政権の産業政策の影響は大きい。それに加え、党の支援の下、車載用バッテリー、その部材などの川上から川下まで、中国国内のEV関連産業を育成する方針は強力だ。
2015年5月、習政権は半導体や自動車、宇宙、バイオ医薬品などの産業強化策である“中国製造2025”を発表した。その中で共産党政権はEVを筆頭に新エネ車の普及加速を表明した。中国はEV、PHV、燃料電池車(FCV)を新エネルギー車(NEV)と定め、製造・販売を振興した。
2022年の新車販売台数(2686万台)のうち25%程度が新エネ車、EVは536万台の販売を達成した。急速なEVの生産、販売、輸出の増加を支えるのが、さまざまな支援策である。共産党政権は工場用地の低価格での供与、工場など建屋の建設や工作機械の導入などの設備投資を対象とする補助金政策などを強化した。
2016〜2022年の間、総額570億ドル(1ドル=150円換算で約8.6兆円)の国家補助が行われたとの試算もある。それを上回る補助が行われたとの見方もある。EV生産体制を強化して雇用基盤の安定を目指し、追加的な減税を実施する地方政府も多い。
■バッテリーやモーター製造企業の支援も強化
EVメーカーに加え、中国はパーツ、部材メーカーに対する補助金政策も強化した。主な企業として、世界最大の車載用バッテリーメーカー“寧徳時代新能源科技(CATL)”がある。EVのコストの4割程度をバッテリーが占める。足許、CATLはタイ石油公社(PTT)の子会社に車載用バッテリーの組み立て技術と生産設備を供与することを明らかにした。
リチウムイオン・バッテリーの絶縁材を生産する“上海エナジー”、モーターなどEV駆動装置を手掛ける“浙江方正電機(セッコウ・ファウンダー・モーター)”などへの国家支援も強化した。そのため、主要先進国の企業に比べ中国企業の減価償却などのコスト負担は低い。その分、価格を引き下げることができる。
共産党政権は、世界のEV市場で自国企業によるトップシェアの確保を目指した。BYDなどの販売増加ペースを見る限り、当面、世界の自動車販売市場における中国の存在感は高まるだろう。
■欧米vs.中国のEV戦争は激化する恐れ
現時点で、補助金にささえられた価格競争力を武器に世界のシェアを狙う中国のEVメーカーに、主要先進国の自動車メーカーが真正面から競合することは難しい。欧州委員会は中国EV補助金に関する調査を開始した。
欧州経済を支えてきた“独仏などの自動車メーカーが生き残れなくなる”との危機感の高まりは強い。フォンデアライエン委員長の発言を確認すると、欧州委員会が中国製のEVに対する関税を引き上げる可能性は高い。
米国はEVの生産に対する補助金を支給している。条件は、車載電池の一定割合を北米で調達する、バッテリーに使われる重要鉱物の一定割合を米国、その自由貿易協定(FTA)締結国から調達することなどだ。米国やEUがこうした基準を引き上げたり、中国企業による国内工場用地の取得をより強く規制したりする可能性も高い。
一方、中国も黙ってはいない。9月25日、何立峰副首相は欧州委員会の調査に懸念を表明した。中国で人気の高い高価格帯のドイツ製SUVなどに対する不買運動のリスクは高まっている。報復関税を実施することもあるだろう。EVは、欧米と中国の貿易戦争が激化する、主要なプロダクトの一つになる可能性が高い。
■中国製EVにまで補助金を出していいのか
気になるのが、わが国の対応の遅さだ。現時点で、わが国の政府は、中国から輸入するEVにまで販売補助金を出している。BYDが国内で販売を始めた“ドルフィン”のメーカー希望小売価格 (消費税込)は363万円からだ。
国の補助金(65万円)を活用すると298万円、地方自治体の補助も活用できる場合、さらに低価格でEVが手に入る。国内自動車メーカーのEVとの価格差は大きい。
政府は、日本国内でのEV生産をどのように振興し、米欧などでも現地の企業と公正に競争できる産業をどのように育成するか、政策立案と実施を急がなければならない。それが遅れれば、わが国の自動車市場において中国企業のシェアが高まるだろう。展開次第で、わが国のEVが中国勢に席巻される恐れも増す。迅速に、政府は国としてEV産業をどう育てるか、実効性ある策を早期に打ち出すことが求められる。
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真壁 昭夫(まかべ・あきお)
多摩大学特別招聘教授
1953年神奈川県生まれ。一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学経営学部大学院卒業後、メリル・リンチ社ニューヨーク本社出向。みずほ総研主席研究員、信州大学経済学部教授、法政大学院教授などを経て、2022年から現職。
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(多摩大学特別招聘教授 真壁 昭夫)