新人がすぐに退職してしまう原因は、上司である自分にある可能性も…(写真:EKAKI/PIXTA)

「来期のノルマは○○円だから、頑張ってね」

こんな目標設定に覚えはないだろうか。『マネジャーのための人事評価で最高のチームをつくる方法』を上梓した川内正直氏は、「このように、ノルマを押し付けるだけでは目標設定とは言えない」と話します。

「信頼関係ができているから大丈夫」「昔からこのやり方でやっているから問題ない」と、あまり考えずに目標設定をしていては、若手社員のモチベーションを奪いかねません。結果的に、「思っていた成長ができないので辞めます」と有望な若手社員が辞めてしまう例もあるようです。

川内氏は「目標が高すぎる・低すぎるという話ではなく、目標設定のプロセスに問題がある」と指摘します。今回は、人事評価の鍵となる、目標設定について解説します。

人事評価は目標設定が9割

そもそも人事評価とは、「部下とともに目標を設定して、評価をつけて、それを本人に伝え、また目標を設定する」というサイクルのことだ。

人事評価と聞くと、管理職は「評価をつけること」ばかりに気を取られがちだが、大事なのは「部下とともに目標設定をすること」だ。目標について部下とすり合わせ、双方向の合意を得ておくことで、納得感を醸成することができる。

納得感がないまま走り出してしまうと、必ず不満につながる。例えば、上司と部下でイメージしている「成長」にズレがあることから、「この目標を達成したところで、自分の成長につながるのだろうか……」と不安を覚える部下もいるだろう。

また、目標のすり合わせが不十分だったことで、「頑張ったのに、どうして評価が低いんだ」と憤りを感じる部下もいるかもしれない。いずれにしても、一方的に目標数字だけを与えては、部下のモチベーションを損ないかねない。

目標設定の段階において、一人ひとりの部下との間で納得感を醸成できていれば、部下が「この目標を達成して成長につなげよう!」と前向きに取り組むことができるし、結果的に評価が低かったとしても、「そういえば、そういう約束だったな」と評価に対しても納得できる。人事評価は「目標設定が9割」と言っても過言ではないくらいに、重要なプロセスだ。

では、どのような目標を設定すればいいのだろうか。部下の「やってみたい!」「できるようになりたい!」という「成長意欲」を喚起し、結果として「自分は成長できたな」という「成長実感」を持たせる目標設定ができれば、若手社員の成長を加速させられるほか、優秀な若手社員から選ばれ続ける職場になることができるだろう。ここからは、そのために押さえておくべき考え方について紹介する。

目標設定で部下の「成長意欲」を引き出そう!

部下の「成長意欲」を引き出すために、活用してほしいのが「モチベーションの公式」という考え方だ。

モチベーションの公式
目標の魅力(will) × 達成可能性(can) × 危機感(must)

これがモチベーションを生み出す公式だ。「やりたい(will)」という思いと、「できそう(can)」という期待と確信を持ち、「やらなければ(must)」という危機感を持てると目標達成へのモチベーションは高まる。


(画像:『マネジャーのための人事評価で最高のチームをつくる方法』)

■目標の魅力(will):やりたい!を高める「ラダー効果」

「3人のレンガ職人」の話をご存じだろうか。同じ仕事をしている3人のレンガ職人に何をやっているのか尋ねたら、1人目は「石を積んでいます」と行動を答え、2人目は「教会を作っています」と目的を答え、3人目は「地域の人々の心を豊かにする場所を作っています」と意義を答えた。

もっともモチベーションが高いのは、3人目のレンガ職人だと想像できるだろう。このように、はしごを登っていくように視点を引き上げ、仕事の意味や意義を問い直すことで、モチベーションや仕事の質を高めることを「ラダー効果」と呼ぶ。目標設定では、この効果を活用して管理職がより上位の目的や意義を伝えることが望ましい。

■達成可能性(can):やれそう!を高める「マイルストーン効果」

目標の意義を理解しても、その目標が「自分には実現できそうにない」と感じると、やる気が起きなくなってしまう。人は、達成可能性を感じることでモチベーションが高まるのだ。部下に達成可能性を感じさせるためには、目標を分割することが重要だ。

とてもたどり着けないと思う遠い場所でも、マイルストーン(1マイルごとに置かれている石)をたどればいずれ到達できるのと同じ。ゴールまでのプロセスを明確にしたうえで、途中に実現可能性が高い小さな目標を設定するとよい。

■危機感(must):やらなきゃ!を高める「コミットメント効果」

「明日は絶対遅刻するなよ」と言った人は、言った手前、自分が遅刻するわけにはいかなくなる。このように、自分の行動を一貫したものにしようとする心理的な圧力を「コミットメント効果」と言う。目標設定においても、コミットメント効果を活用することで「絶対にやり抜かなければいけない」という危機感が生まれ、モチベーションを維持しやすくなる。

目標設定では、この3つを意識することで、成長意欲を高めることができる。

「目標=ノルマ」と捉えている管理職は少なくないが、両者はまったく異なる意味を持つ。良い目標設定は、自分自身で追いかけるものを掲げ、主体的に働き、より能力を解放していくためのものである。一方で、ノルマは、誰かが決めたものを強制的に押し付けられるというニュアンスが強い。そのため、目標設定の際にノルマという言葉を使うべきではない。

一方的に押し付けるのではなく、目標の魅力(will) × 達成可能性(can) × 危機感(must)のすり合わせを通して、部下が「挑戦してみよう!」と成長意欲が湧き上がるような目標設定を心がけたい。

目標を分解して部下が「成長実感」を持てるようにする

部下が「成長実感」を得られるようにするためには、まず「SMART」のフレームワークで目標を明確化することが有効だ。以下のS・M・A・R・Tの要素を満たす目標を設定してほしい。

■S(Specific/具体性)

何をやるべきなのかを具体的にすることだ。例えば、「○○を効率化する」ではなく、「○○の作業を機械化し、所要人数を○人削減する」というように効率化する内容を明確にするのがポイントだ。

■M(Measurable/測定可能性)

数値化・定量化して測れるようにすることだ。具体的には、「○○を向上させる」ではなく、「○○の発生率を○%まで低減させ、生産性を○%アップさせる」というように、目標達成度の目安や実行頻度などの測定指標を示すことが大切だ。

■A(Achievable/達成可能性)

現実的に達成可能であるかどうかという観点だ。「絶対にミスをしない」という目標は立派だが、達成可能性は低い。「ミス発生率を○%まで低下させる」など、リカバリーの余地がある目標にするのが望ましい。

■R(Reasonable/妥当性)

個人目標が組織目標に沿っているか、組織方針から見て妥当かという観点だ。個人目標を会社や部署、チームなどの組織目標とつなげて、個人目標の達成がどのように上位組織の目標達成に貢献するのかを明確にすることが重要だ。

■T(Time-bound/期限の明確性)

期限やスケジュールを明確にすることだ。特に中長期にわたる目標の場合、途中経過など細かくスケジュールを切った目標にするなどの工夫が必要だ。


(画像:『マネジャーのための人事評価で最高のチームをつくる方法』)

これで、目標を明確化することができた。ここからさらに目標を分解することで、「成長実感」を持たせやすくなる。

「成長実感」を得るためには目標の「分解」が必要

『「職場が"ゆるい"から」と若手が辞める2つの背景』で、「成長期待曲線」と「成長実感曲線」にギャップがあるために、部下が成長実感を持てず、焦ったり、モチベーションが下がったりすると述べた。私たちは、一つ経験値を積み上げたら確実に一つ成長したという手応えを期待するが、自分が期待する成長イメージと、実際に得られる成長実感には大抵ギャップがあるのだ。


(画像:『マネジャーのための人事評価で最高のチームをつくる方法』)

だが、目標を分解することで「成長期待曲線」と「成長実感曲線」のギャップが少なくなるので、成長実感を持ちやすくなる。例えば、5つの学びで1つのレベルアップが可能な目標を設定したとすると、下図のようになり、ギャップが縮小することがわかる。


(画像:『マネジャーのための人事評価で最高のチームをつくる方法』)

目に見える成果が出ていないときでも、部下は日々の積み重ねによって成長しているものだ。管理職としては、目標を分解して、少しでも成長実感を得られるような目標設定をすることが大切だ。「ノルマは○○円」という目標だけでは、日々の成長は感じにくいだろう。

ここからは、具体的にどのように目標を分解するのかを解説する。最初に目標を「対象」と「基準」に分けて、その後で「方法」に落とし込むのがポイントだ。例として「顧客満足度を上げる」という目標で考えてみよう。


(画像:『マネジャーのための人事評価で最高のチームをつくる方法』)

1、対象

対象とは「それって何?」ということだ。つまり、「顧客満足度とは何を指すのか?」を定義する必要がある。これが曖昧だと、評価の際にズレが生じてしまう。対象を分解する際は、「量と質」、あるいは「プロセスと結果」という観点を用いるとうまくいく。対象は、量(何社の顧客に満足してもらえたか)と質(大いに満足してもらえたか)に分解することもできるし、プロセス満足度と結果満足度という分解もできる。

2、基準

基準とは「対象をどう見るか?」ということだ。「どんな物差しで顧客満足度を測るのか?」「どの目盛を超えたら達成なのか?」といったことが明確になっていないと、上司と部下の間で「できた・できなかった」の認識が一致しない。「量と質」の観点で基準を分解するなら、「顧客満足度アンケートで、担当顧客10社のうち7社以上(量)で満足度8点以上(質)の回答を得る」などが一例になる。

3、方法

方法とは「どんな行動によって達成を目指すのか?」ということだ。7社以上から満足度8点以上の回答を得るためにはどんな行動が有効だろうか? これは、部下の実績や能力によって変わってくる。

量よりも質に強みを持つ部下なら、質を落とさずに量を増やせるよう「業務標準化による効率改善を毎月○件実行する」などが良いだろう。量に強みがあるが質が安定しない部下なら、「ダブルチェック実施率○%」などが一例になる。

部下の可能性を

目標設定において納得感を醸成することで、「自分はこんな成長を望んでいない」「こんな評価は納得できない」という不満は減らせるだろう。目標を分解して、成長実感を得やすくすることで、「成長を感じられないから辞めようかな」という部下も減らせるはずだ。


さらに、一度成長実感を得られれば、「また同じような経験がしたい!」「あれもできるようになりたい!」というように、もう一度成長の喜びを感じたくなるものだ。離職を防ぐだけでなく、さらなる成長に向けて、部下の可能性を引き出すきっかけになるだろう。

今回解説したポイントを意識して目標設定を見直してみてほしい。

(川内 正直 : リンクアンドモチベーション 常務執行役員)